日記・コラム・つぶやき

どうでもいいこと詰め合わせ

・右のRPGブログパーツ、“記事更新回数が30を超えると(ただし同一日での更新は除く)、レベルアップする”というので、密かに楽しみにしてました。思うように更新できなかったけど。で、「遊び人」から「ギャンブラー」に進化。なんかキケン度が増してる気がする。

・「のんびり」と「気長に」と言われてもどうにもこうにも焦ってしまう性分なので、イヤでもやる気が起きなくなるよう、デカダンと明晰の極の如きフランス文学を読み始めることにしました。つまり橋本治の「窯変 源氏物語」だす。

・明日から大阪いってきます。てか、節約バス旅行のうえ、日曜夕方には帰ってくる正味滞在3日の旅?ですが。そしてあっちに行っても観光とか一切なしで、マタ~リしてきます。

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そしてまたウロツキ

とりあえず職を辞しました。またかよ……って感じですが。月末までの残りは有給ぶっこみ。
もうへろへろ。つか、実際のところ、睡眠薬+安定剤で、集中力が飛びまくる状態なのをムリヤリ回してたけど……それゆえ昨日で完了できてたはずのシゴトに(いつもの如く)ミスがあって、最終日っつーのにギチギチなスケジュール。必死こいたけど完了できず。身から出た錆だけどトホホ。
ま、これで、一日が終わるたび、毎日毎日カレンダーに×をつけてた日々も終了。

とはいえ、もともと乱調から立ち直り始め&慣れない職場でKY状態→失敗ばかり→乱調→悪いめぐりあわせを呼び込む→さらに乱調→さらに事態が悪化、の負のスパイラルに陥ってしまっていたので、シゴトの流れ自体はともかく、客観的に見れば、さほど悪い職場環境や待遇ではなかったと思う。
それに、全体像が頭の中に入るまで何もできない飲み込みの悪さゆえ、単純ミスを連発して毎日罵倒されてる「うわ、コイツとは関わりにならんとこ」状態の「まるで使えない浮いた人」に対して、心配して何くれと声をかけてくれたり、いつも変わらず自然体で接してくれる、有難い人たちも、ちゃんといた。
また、派遣会社といえば「対応が悪い」のが通り相場だが、今回お世話になったところは終了の申し出に「体が第一ですから」と誠実に対応してくれた。

だから、「なんでこんなことになっちゃったんだろう??」と思う部分も多々ある。
でも、そう思えるようになった時に辞められたのは、幸せだろう。
なんというか、巡り合わせとか、相性ってもんはあるのだから。

辞める直前には、梅雨入りしたからムリだと思っていた屋外昼ごはん(鬱の時は自然がホントに効くんだ)ができた上、話に聞くだけだった「生まれたてのカルガモの雛たち」を見られて可愛さに感動したり、最終日には、人数が多すぎて入れないと思っていた昼定番のお店が貸し切り状態で空いてたり、「なんか祝福されてんのかな?」的な良い思い出もたくさん作れた。
皆様から寄せられた「元気になれ~」というありがたい想いのおかげかもしれない。


家に帰ったら、去年、小笠原で放流したウミガメの「里親証明書」が届いていた。
ちなみに、先日、懐がさびしい中だけど里親更新代を払ったら、その翌日、ごくわずかながら「税金とりすぎてたので返します」という通知がお役所から来てたっけ。

そして……小笠原で買った時計を職場に持って行っていたのだが、家に帰ってみたら、なんと、シゴトを終えて会社を出た時間を指したまま、見事に止まってた。電池切れだった。


この季節、横浜駅に降りると、生臭くて懐かしい潮の香りがする。
こうして夜中に部屋の窓を開けていても、やっぱり潮の香りがする。
稚いウミガメを放流しても、成長して産卵に戻ってこれるのは100頭に1頭だとか。
ウミガメに明日の保証なんかないけれど、ウミガメは広い広い海を泳いでくしかないのだ。

ま、明日は熱だしてぶっ倒れてそうだけどね。まずは睡眠薬なしでも眠れるようにリハビリしよ……。

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土いじり

鬱のときは自然が効く。ホントに。
だが、ここんとこ、休みになると微熱が出ちゃってるので、出かけるのは結構たいへん。
今日も微熱は続いてたのだが、それでも気晴らしにと実家の花壇(といってもプランター群)をいじった。鬱々として放置しているあいだに、すっかり枯れ果てて見苦しいものになっていたし。
土の入れ替えもせず、単にちょこっと引っこ抜いたり植え足したりして、一時間程度しかやらなかったけど。

昔々、どっかの酔っぱらいがそのプランター群にゲロ吐いてくれやがったことがあり、激怒したハハが貼り紙を出したことがありました。その文面。
「-吐いた方へ- お花も土も死んでしまいます! やめてください!!」
「土も」のくだりで、そんなこと思いも寄らなかった私は、「やっぱ園芸が好きなんだなぁ」と思ったっけ。

いまは何つーか鬱状態な日々で、植物でいえば「球根化」ですが(当分は続きそうだし)、それにしたって回りに土の養分がなきゃ干涸らびて死ぬだけなわけで。人間だって、光が見えないときには、いろんな人々からの愛情を栄養に何とか根っこ増やして生きてるんだよなぁ、なぞと改めておもったりして。

てなわけで、祝うトシでもない日なんですが、あらためて皆様に、深々と感謝。

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アキバは遠くなりにけり

「ぷらっとほーむ」の本多のオヤジさんが6日に亡くなられたそうな。
私はディープなマイコン・電子系マニアではないので、実際おはなしすることなんてなかったが、そんな私でさえも顔は知ってた、アキバ名物なオヤジさん。私がよくアキバに行ってたのは十年以上前か、いかにも工学系な学生たちと商売そっちのけで楽しげに話してたり、ヤマギワ近くのドトールで偶然となりの席になったときに「こんどサーバセンター作るんだわ」なんて元気な話をしておられたことを思い出す。

わけのわからん再開発で、食い物屋は増えたのはまだいいが、人を食い物にする会社も増えた、人出を食い物にする観光地にもなった。そいでもって、あんなワケのわからん事件も起きてしまうし。
なんか、ねぇ。「軽犯罪」どまりの街であってほしかった。

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書いたつもりが消えていた

……せっかく昨日エントリ書いてたのに消えてしまったので、記憶をもとに再投稿。

日曜は、長姉のとこにいって、甥(もうすぐ22歳)と遊んできた。
なんでも、マンガを描きたくなったとかで懸命に描きはじめてるのだが、「デッサン力がない」とか人にいわれて悩み、回り回って、絵が好きなオバに「何か話をしてやって」ときたわけだ。
私のデッサン力なぞは中学生レベルなのだが、創作する人間とのトークは人生でもっとも楽しいことのひとつ。よって「つまらないデッサンをどうやって楽しいものに変えるのか」を中心に、スパークに煽りまくってきてしまいました。
描けないというからには、どんなトンデモない絵がでてくるかと思ったのだが、けっこう見られるものになっててビックリ。今どきGペン使いとは珍しいが、それでも、何百枚も費やして描けるようになったという線は流麗で、かなり感心した。伸び盛りだなぁ、などとしみじみするオバであったことだよ。

……って、お絵描きできるモードまで戻れますよーに(苦)>自分

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新月の季節

睡眠障害からはじまって不眠、疲労感、情緒不安定、んで鬱。
処方箋だしてもらう身になろうとは、よもや思わなんだ。

まるでブレイクの「ユリゼンの第一の書」の挿絵の溺れるユリゼンのよーに、
あちこち出かけたり何だりして抗ってきたが、自分でもうすうすわかってはいる。
原因なんて、言えばさまざまだが、本当は、外的なもんなんかじゃありゃしない。
変わりつつあり、変わるべき時なのだ。
とはいえ、アカツキを前に、ただ呆然と、徒手空拳。

アカツキといえば、(前にも私から聞いた人はいようが)、こんな話をおもいだす。

はるかむかし、横浜大空襲のとき。
うちのお祖母さんと伯母さんが、防空壕に逃げようとしたのだが、
お祖母さんが、「焼け死んでは可哀想」と、飼っていたニワトリ二羽を、
籠ごと土中に埋めてやろうと、穴を掘り始めた。
空襲警報が鳴り響くなか、必死こいて二人で穴を掘って、何とか埋めた。

防空壕で恐怖におびえながら、夜があけると、一面はただただ焼け野原だった。
なんにもなかった。
お祖母さんと伯母さんは、呆然としてた。
それから、ニワトリのことを思いだして、ふたりで土を掘り返しはじめた。

ニワトリは生きていた。
なんにもない、一面なんにもない焼け野原の朝を、ニワトリが二羽、
うれしげにバタバタと、わがもの顔でウロつき始めた。
お祖母さんと伯母さんは、手を取り合って、嬉し涙にくれた。
通りがかった(おそらくは焼け出された人たち)も、ただ呆然とその光景を
見ていたそうな。

ほんとうに、何もない焼け野原で。

……こういう状態だと、いつにも増して文章が書きにくくてナンギだ。
とても孤独にも感じるが、それでも、文章を書いてると、誰かへの、
何者かへの想いが、やっぱり、よみがえる。


今日は新月の日。まっくら闇の夜、んでもってMoon Void。
メールにもコメントにも、なんか努力を要していた昨今だけど、
「♪駄目になったボクを見て キミはびっくりしただろう?」な人にも、
「いや、もともとダメ&エキセントリックなのはよく知ってるからさ」
な人にも、闇に乗じて、月の砂漠から叫んでみるテスト。

「生きてるよー! 何十年経っても、相変わらずの大バカだから、
生きてるから、だから、苦しんでるんだぜー!!」
「あなたが私をどう思おうと、私はあなたが大好きだし、あなたの
幸せを願っているんだぜー!」

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毒をもって毒を制す

先週というか先々週というか、その辺りからだるだるした風邪をひいて、不調に不調がかさなるイヤげなミルフィーユ状態。そんななかでも季節はめぐり、そこらで見かける緑がやたら美しい。

明確なものにせよ曖昧なものにせよ、答えがわかったら、なにがしか書き出していけるのだけれど、いまは答えがまるで見当がつかなくて、何もかけない。朝が来たはいいが、何をしていいのかわからない。そんな感じ。

そんな時は、とりあえずお湯わかしてお茶のんで、日のめぐりに乗っかっていく。それもまたよきかな。

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自然と人

今日は、「六ヶ所村ラプソディー」なる映画の自主上映会にいった。週末皆勤の図書館のすぐそばでやってたから。こういうのを見るというと「原発政策反対派ですか?」と訊かれそうだが、このモンダイは色々読むほど複雑なので、実は反対とも賛成とも言えない。まぁ、反対派・賛成派の両方に取材した内容ということなので、純粋にドキュメンタリーとして見にいった。

で。制作側の意図とは違うかもしれないけど、単純に「生き方の選択」として見て、考えさせられる映画だった。
そして自然の素晴らしさと苛酷さ。地場産業の振興の思いをかけて育てた花畑が、たった30分の雹で壊滅的な被害を受けてしまうあたりなぞ、ただ絶句。小笠原で体感したことをあらためて思いだした。自然は別に人間を愛しも憎みもしない。ただ自分の時計を刻んでいるだけなのだ。そしてその中で、人も人なりの時計を刻んでいくしかない……。

ちょうど最近、吉野せいの圧倒的なノンフィクション「洟をたらした神」を読んだところだったので、土に生きる人の根太さをあらためて感じさせられた。圧倒されてばかりでも仕方ないのだけれど。

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エネルギー, Oh, エネルギー

昨日と今日、ふつか連続で甥っ子とあそんだ。
特に今日は一族郎党で城ヶ島までドライブ。雨が降っていたので当初は海へ行くつもりはなかったのだが、途中で雨もあがり、陽も射してきて、磯遊びなぞもしてみた。甥っ子は三歳で、これが人生初のナマ海遊び。いったい彼の目に海だの魚だのカニだのはどのように見えたものだろうか。

成長まっさかりの三歳児なもんで、数か月ごとに会うたび、語彙は増え、目方も増え、背丈も伸び、赤ちゃん赤ちゃんしていたものが、すっかり子供らしくなった。人間はじめて三年、いろいろな環境の変化にさらされ続け、まいにちまいにち人生初体験に遭遇し、ものすごい情報量を試行錯誤で処理しては成長してるわけだ。
たいへんだろうなぁ、とも思うけど、泣いたり笑ったり、おどけたりふくれたり、百面相でぽんぽんと鞠のように跳ねている姿を見てると、わけもなく感動させられてしまう。意味もなく走って跳ね回って、ほんとに無心に大喜びしてる時なんかは、オレンジの皮を剥いた時のように、ぱあっと空気に光の飛沫が舞うようにさえみえる。
親は大変だろうが、傍目に見る分には、実にいいもんです。こどもが心から大はしゃぎできるヨノナカは、きっと空気がピカピカだろう。

それと……おもしろいことに、こどもってやつは、おいでおいでとオトナが媚びてみても無視するのに、オトナが何か熱心にやっているとそばに寄ってくるね。小笠原でスケッチしていた時の野鳥(近づこうと思って目を向けただけで逃げてたのに、風景スケッチに熱中し始めた途端、向こうから遠巻きに近づいてきてた)を思いだして、なんだか微笑ましい。

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もうすぐ連休

二週連続で休んでしまっていたが、お絵かき教室に行った。静物画はまだグリザイユの下描きなんだけど、いったいいつ終わるのかわからない……。しかもモチーフが次週には動かされてしまっているので、並べ直しから始まるわけで。いつまでたっても形がとりきれない(笑)。

少し前は、通勤電車のなかで中島敦なぞ読んでた。「光と風と夢」、はじめて読んだけど好きだなぁ。「山月記」は有名だけど、「狐憑」や「文字禍」もすばらしい。あとは岡本かの子の「金魚繚乱」とか「生々流転」とかも読んでた。
ここんとこ、電車の中で読む気が失せているが……。
連休に読むべく、「昭和文学全集」を借りてきた。川端康成と横光利一と岡本かの子と太宰治のつめあわせ。川端の代表作って実はあんまり読んでないので、しっかり楽しみたい。うん。

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四半世紀どころか半世紀

最近テレビで、チベット暴動のニュースが報じられてる。聖火リレーへの抗議などが世に広まっている。
チベットのみならず、モンゴルなども、辺境の地は大変な目にあっているらしい。ゴビ砂漠なぞは核実験のせいで放射能汚染がひどいとかいう話もずいぶん前に聞いたが……。
温暖化の影響や資源の奪い合いもあって、リタイヤして南の島や閑静な里でのんびり暮らすなんて成功者のステレオタイプな夢も、そんな場所自体がなくなってしまうことでご破算になりそうだ。
私は行けないが、26日には東京渋谷で、『慈悲を生きる~ダライラマ14世とチベット』上映会という催しもあるそうだ。あらためて考えてみれば、これほど苛酷な人生を負わされた人も稀だと思う。人間って外道にもなれるが偉大にもなれるのだ。
しかし。おもえば私がThe Clashの「Washington Bullets」を口ずさんでた頃から四半世紀くらい経っている。その間、チベット問題をはじめ、世界各地の悲劇が改善されたかどうか。このカリブ風に明るくそして絶望的な曲を聞くと、何ともせつない気持ちになる。

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さびしいのぅ(小さな世界)

ローカルネタ。mixiで知ったのだが、横浜駅東口のそごうのからくり人形時計が、明日で引退らしい。あの「It's a Small World」が聴けなくなるのは、ビミョーにさびしい。あの剽軽なような、間の抜けたような、どっかうらさびしい時報は、なかなか好きだったんだけど。

そうそう、「It's a Small World」のアトラクションといえば、園内が混んでいるときに行くだけの、ディズニーランドきっての脱力系と目されているけど、あれはLSDギンギンで入っておサイケな空間を幻覚バリバリに楽しむノリ……つまりディズニーの「ファンタジア」がドラッグムーブメントの頃にもてはやされたのと同じ文脈の、ヤバ系文化として見たほうが正解なのではないかな。

ゆうえんちのノリは、いつも愉快で滑稽でどこかコワくて少しもの悲しい。日本も高齢化が進んでオトナばかりの世の中になってしまったから、そうしたアヤシイ「ゆうえんち」は姿を消していって、オシャレでスマートで全然こわくも悲しくもない「あーばん・りぞーと」ばかりになってゆくのであろ。

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外ごはん

一年で一週間か二週間のさくらの季節。先週の職場でのお昼休み、咲き誇る桜の下で花見なお昼をした。
のんびりした春気分にすっかり味をしめて、強風の昨日もむりやり外で食べてみたりした(凍えた)。さらにいえば、花粉症なんだけど。
春の青空は見上げると実にいい感じだ。冬の冴えた空に比べると、ぼけっとふわっと穏やかな水色。あの青をみていると、開港広場での花見なお昼や山下公園でのお昼なんかも思い出す。多摩川の土手なんかで食べてみたいが、お昼に出かけるにはちと距離がありすぎる。
もすこし暖かでよい陽気になったら、積極的に外ごはんしたい。花粉症なんだけど。

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花あかり

土曜はよく晴れていた。
以前すこしだけ世話になったNPOの人から花見メールが来ており、家から徒歩圏&図書館のそばだったので、顔を出して差し入れだけしてみた。「いろいろなことは水に流す」という日本流をしてみるテスト。
そのあとは近くの公園の日だまりで一人すわって、桜を見上げていた。それから本を借りに行った。
お絵かき教室が月末休みだったので、夜は家でのんびりと絵を描いた。不慣れもあって、描いても描いてもあまり進まない。まぁ、中学の美術部レベルの発展段階なんだから良しとしよう。

日曜は曇っていた。いつもの図書館への散歩コースをたどるおり、「もう花見も終わるかもねぇ」とコンビニでおにぎりを買って、花見客がシートを思い思いに広げている公園に行き、ベンチで食べた。食べている最中に雨がぽつぽつと降ってきた。傘はもっているので、そのまま図書館に行き、適当に本を借りて近くのドトールでお茶を飲んだ。雨は止まず、どんどん勢いを増していく。窓のそとを見ながらも、本を二冊完読。
帰り道、さっきの公園を通りかかると、もう花見客は誰もいなかった。
白く曇った空を背景に、さくらがぼうっと仄白く耀きながら、春の雨に打たれていた。

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満月夜半のひこうき雲

今日は有給もない身分のくせに会社をやすんで、四連休ごろごろ。
昨日は雨でどこにも出ずに、本を読んだり、家でぺたぺたお絵かきをしてただけなので(しかもさしたる進展もなし)、今日こそは何か有意義なことに使おうと思ってた。

おかげで天気は良くないというのに、むりやりシーツ一式なぞ洗濯し、灯油を買い足し、実家のプランタにまた花を植え込み、さらに気づくと、ファンク☆シスターズとお茶約束をしていた。シスターのぴかぴかスマイルがすっとこ暗黒星雲の重力に晒されてるとのことで、煤払いしたくて出かけたのだが、役に立てたかどうかは謎。でも自分的にはとても有意義でたのしいひとときを過ごせた。

帰り道、夜空の高くに円いお月さま。淡い雲が薄墨のように拡がっている。
そのせいで、近くの駅まで来てふと見上げたときには、月に照らされて銀色に光る飛行機雲が、空の高くをすーっとたなびいていた。
夜のひこうき雲がなんか珍しくて、銀色の雲の道に見とれた。その雲の先頭で、赤い夜間灯の点滅が空の遠くに向かってた。
見上げる視界の手前では、今にも咲きそうな風情の桜のつぼみが、月光に照らされて淡い雲のようにかがやいていた。

今、ぐにぐにモヤモヤしてる人みんなに、よい春がおとずれますよーに。

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春分なもんで

ブログのタイトルを変更しました。
過去記事や過去テンプレートに至るまで全変更になってしまったのは残念だけど(テンプレをネタにしたエントリが多いので)、取っておこうとするとRSSフィードや個別記事に変更が反映されないもんで……。名前変えたといえ、リンクしてくださってる方は、放置でまったく問題なしです。どっちも「あか」で始まるのは変わらないし。
以下、新タイトルをかんがえてて心にうかんだことなど、つらつらと。


メゲてしまったりペコペコに平たくなってる時、さわやかな朝日を浴びると、生命力の復活を「うお~!!」というほど実感させられる。あらためて、人間って植物みたいだよなぁ、とか思ったりして。(たとえば人間の一生を高速撮影したら、小さな苗が大きく育って花咲いて膨らんで萎れて枯れていくしねぇ)

自分もふくめ、「これからのヨノナカや、これからの自分は、このままでいいのかなぁ」と考えがちな人は多々いるであろ。そうして先行き不透明な夜の中で悶々と悩んでいるうち、決められた時がたって朝がやってきて、自分をとりまく現実の景色がありのままに見えてきちゃうっっーか見せられちゃうっつーか。
その時、目の前にあるのは「んじゃ、どうする?」って話なわけで。

そこで「よし!」と目指す方角へ走り出せる人は話が早いのだけど、のそのそした自分は、新しく目にした世界を「おー」とか「ほー」とかいいながら、おっかなびっくりウロウロと探検しはじめそうな感じ。そのうち何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。
人生もそうだろうし、旅もそうだろうし、毎日もそうだろう。何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。
さらに言ってしまえば、出会いがあるのが望ましいってわけでもなく、ただその世界に居るだけでもかまやしないだろう。おそらく、人間はそう多くを望まれてる存在でもないだろう。多くを望むのは人間同士だけだし、つきつめれば自分だけだ。

朝日は昇り、古い月は沈む。日々あたらしい世界で、みなそれぞれに楽しくあそぼう!

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春の陽射しの中でもろもろ

花粉にまみれつつも、空気がぬくぬくする春は、何となく心たのしい。
法事は先週にもう済ませたが、この土曜がハハの命日だった。時間が経つのは早いような遅いような。
実家の軒先で、今年も沈丁花が咲いている。変わらず咲いている。

今日は、伸ばし放題になっていた髪を、実に一年以上ぶりに、例の橋本治似の美容師さんに切ってもらってきた。美容師さんが店内で出世して料金高騰&複数客かけもち、しかも珍しく予約制度がない店なので、この一年は他の店を放浪していたんだけど、慣れたところに行くとやっぱり落ち着けた。

周囲で梨木香歩の評判がよいので、図書館で見かけた「エンジェル エンジェル エンジェル」を借りて読んだ。キリスト教的感性のない日本では、「罪」の意識を扱う話はなかなかむつかしいけど、思春期の心のうちの繊細さと残酷さを糸口にして、うまく書けてるように思えた。
それよりなにより。うちの近所のクラシカル銭湯で、脱衣場に小さな熱帯魚用水槽が置いてあるのだが、魚の取り合わせがエンゼルフィッシュ(の亜種)とネオンテトラなのだ(わー!)……。さいわい、殺伐な状況には全然なっていない(笑)。

ここんとこブログエントリの間が空いてしまうのは、つまり不調ということだす。とはいえ、常に順境ではっぴーだったら、私のような人間は何ひとつ考えないだろうしなぁ。これも必要な時間なんだろうか。うう。

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日々は地味&謎

珍しく洗濯物を外に干した土曜日は、すさまじい砂埃だった。
ぽかぽかした陽気の青空だったもんが、ドトールから出ると、あたり一面、黄ばんだ霧に包まれて刺すように冷たい風が吹き荒れていた。
黄砂だらふか?などと南関東ではありえない空想も頭をよぎった。茨城あたりの原発が事故ったorテロられた、とかコワすぎる想像もした。しかし後者のような事態の場合、報道はされないだろうなぁ。まぁ、原発事故であんな視界に巻かれたとしたらここでこうして生きてるわけもない。平和ばんざい。

ちょっとあたたかくなると、また寒くなる。季節の進行もまた、こどもの伝い歩きのようにおぼつかないもんだ。それでも日々、ささやかにたのしいことを集めて心に元気を与えている。いくつかを挙げてみよう。
  • 職場の近くのパン屋さんは定時後にはほとんど売り切れだが実に安くておいしい(ごはん党の主張という辺りに注目せよ)
  • 玄米を食べなくなって数年でデブ一直線だがやずやの雑穀米を食べるようにしたので起死回生なるか(たぶん無理)
  • 職場のおともだちに教えてもらった「Moon soap」のマライカなる石鹸は、超へたれ毛の私の髪でもしっとりに洗い上げる&カプチーノの如きシナモン臭でのほほんにしてくれる&フェアトレードなのでWin-Win気分もついてくる
などなど。みんな実にささやかだけど、いいもんですよ、プチたのしみって。

ささやかなしあわせを積み上げて、いつなんどきやってくるかわからない Yeah! に備えたい。いや、備えてどうするってもんでもないんだが。

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ありゃりゃ?

このブログで使わせてもらってる無料カウンターのサーバが、どうも止まっているようだ。いつもならタイトルの下のところに出るはずの数が出ていない。タダで使っているので文句はいえないし、数字はリセットされても仕方ないのだが、オレンジ色の文字とサイズとフォントとが気に入っているので、早く復活してもらいたいなぁ。

今ではこの@NIFTY提供のココログも、無料でアクセス解析だのアクセスカウンターだのを提供しているが、サービスの初めはそんなもんはなかった。はるか昔、ホームページのレンタルやメールサービスの時もそうだったが、デカイ会社はケチケチする。そうでなくとも時には新規加入者ばかりに媚び、時には有料会員ばかりに媚び、で何かとサービスのバランスが悪かった。
さすがにネットでは、そういう親方日の丸的な商売はもうだんだんと見かけなくなったなぁ。とはいえ、そういう「利ざやはしっかり確保」ってな、小売業的にわかりやすい「妥当な商売」が衰亡しはじめたあたりから、社会の格差がぐんぐん開き始めたような気もするんだけどね。ああ、またもや話が脱線。

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ALL YOU NEED IS LOVE

金曜はファンクなシスターたちと飲み会。コワれたよーに手放しで爆笑できるしあわせに浸った。
ここのところ「どうも最近のヨノナカ、愛がなくていけねェや」とやさぐれ入っていたのだが、人間的にすてきなシスターたちと話しているうち、「そーゆー不平を言うまえに、まず自分はどんだけ人を愛せてるのか反省せねば」と、思わされてしまった。

ベタベタした盲目的な親切でなく、相手をよーく見て、頭も使い、言葉も工夫し、心も遣い、自分なりの精一杯で、相手に良かれと行為することは、とーってもムズカシイ。自分のパートナーや家族相手でもムズカシイ、ましてや赤の他人においてや。
しかしまぁ、そこまで完成度の高い愛を差し出さずとも、ぞんざいで落ち度いっぱいの愛でも、まにあえば顔くらいは拭けるだろう。そんなショボいハンカチというか手拭い程度の愛は常に持ち合わせて差し出せてこそ、オトナってもんではないかいな。ううむ、中年なのにオトナの域に達していない自分に鬱。

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吹いた

芥川賞とった川上未映子って、絶望書店でプッシュしていた未映子だったんだね……。

最近は感度のいいサイトを求めてネットを彷徨うことも稀になったなぁ。
都合よくて便利だからネットが好きだったわけじゃない、ただ単純に面白くてワクワクするから好きだったんだ……が。

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そろそろ花粉シーズン

今日は旧暦正月。元旦も正月ではあるけれど、立春とかからが「新しい年」がようやく本格化してくるって感じなんだろうなぁ。
それと同時に、なんだかそろそろ花粉も飛び始めているような気がする……。

花粉症になってずいぶん経つけど、症状の出始めはまだ判断がつきかねる。この目のしぱしぱ感や頭の重さは、ただのドライアイとかただの頭痛だろうか?そうじゃないような気がするんだけどなぁ。うーん。
最高にすてきな季節である春がちょっぴりユーウツになってしまったのは哀しい限りだけれど、海外に出ればスギ花粉に見舞われなくて済むところはたくさんある。だもんで、この季節になるときまって海外逃亡する人もいるらしい。そういう道もあるんだなぁ、と考えればまだ救われる。でもやっぱり、日本の春、薄らぼんやりした色彩がのんびりと間抜けな、東アジアの春が好きなんだよ~。
使われない道路なんかに税金まわしてるヒマがあったら、バカみたいに植樹したあげく放置ぷれいのスギ林をがんがん伐採しろー!!

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今度は何を食べようか?

この数か月、週末はほとんど必ず図書館に行っている……てか、オンラインで図書予約ができるせいで、つい常に上限いっぱいまで予約を入れまくってしまうためだ。週末にはいそいそと引き取りと返却に行く。
こないだ本屋で見かけて読みたくなった、川端康成のエッセイ集「一草一花」が来てたので、興味深く読んだ。
つか、講談社文芸文庫は、版組も読みやすく、美しい装丁もあって嫌いじゃない……というより、かなり好きな文庫なんだけど、文庫で軒並み千円オーバーはツライ。ちくま文庫とかも高いよなぁ。とはいえ、(自分にとって)良い本は何とか生き残ってほしい。こーゆー良心のジレンマに悩むマイナージャンル好きは少なくないのではあるまいか。
川端が岡本かの子をたかく評価していたのには頷いた。てか、岡本かの子の小説をもっと読んでみたい。マイケルジャクチョー(笑)(リンク先最下段の「登場人物」から右一番下をクリック!)のモデル小説「かの子繚乱」のせいで、「アンモラルな情念の女」みたいな人物像を持ってしまったが、実はそーゆーもんじゃなかった気がする。
また、川端の同時代人のうえ親交があったから当然なんだけど、横光利一、古賀春江らにふれたエッセイなどは、好きな作家&画家なので、うれしく興味深く読めた。好きな書き手が、これまた自分の好きな書き手について書いたものを読むのはたのしい。
ちなみに川端は、谷崎の「春琴抄」について、「名作」と褒めてるようでかなり致命的な部分でけなしている(……と私は読解した。当時は「文壇」というもんが支配してたせいで、遠回しでわけわからない物言いばかり跋扈していたようだ……親分支配と権威ばかりまかりとおる窮屈でイヤげな場所だったんだろうなぁ)のには、わらえた。
ちなみに講談社文芸文庫には、川端とも因縁浅からぬモダニズム作家龍胆寺 雄の作品もおさめられているけど、ぱらぱらとしか読んでない。当時の風俗小説としてのきらめきは感じたけど、むしろ文壇追放劇の内幕のほうが読んでて面白いだろうなぁってレベルではあった。

なんにせよ、大正~昭和の戦前の作家って好きだなぁ。いまの日本人作家って、世界の先進国どこでも受け入れられる同時代性、横への広がりは備えているけど、精神の流れっつーか縦の継承が希薄におもえてしまう。翻訳小説をよむときも、その作品を生んだ風土固有の感覚が面白く感じるほうなので、なんかもーちょっと「地酒」っぽい小説が読みたいですな。
いや、どんな地方もコンビニとファーストフードとでミニ東京化した今の日本で、そんな作品ができるんだかどうなんだか自体、微妙なんだけど。農産物も、創作物も、身体と風土からしか生まれようがないんだもん。んむ。

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また雪だー!

さむい地方の人には失笑もののタイトル。
でもやはり、朝おきて外が白いとびっくりするもんなんですよ。さむ~。

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雪が降ったよ

朝、はやくに目が醒めて、外がやけに白っぽいので、窓をあけたら雪だった。
感心して、それでももう少し経ったら消えてしまうだろう、と思いつつ、寝直した。
起きて窓をあけたら、雪の勢いが増していた。びっくりした。でも途中で雨でも降ったのか、地面に積もっていた分は溶けて消えていた。
やすんで、ぼーっと外を眺めていたかったが、そういうわけにもいかないのがヨノナカ。
雪の向こうからひときわ長い霧笛がきこえた。つまり風向きは海から陸に吹いている。冬なんだなぁ。

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ぬくぬく

なんでも関東南部、今夜は雪が降るとか降らぬとか。ほんとかな?
まぁ、男女問わず、カラダに冷えは大敵。夜の安眠の妨げになるし。いま現在は慣れない仕事……三ヶ月経ったんだけど私の場合は何にせよ理解するのに時間がかかる……のせいで、ただでさえ眠りが浅いため、眠りの妨害要因は大変不愉快。
愛する養命酒と、ユニクロの肌着(モイスト何やらというのが実に暖かい!)と、五本指ソックスとで、乗り切りたい。みなさまもご自愛されたし。

あ、そういえば、こないだ田中美津の「いのちのイメージトレーニング」を読みました。読んだ本を逐一載せちゃいませんが、毎週毎週、図書館で借りては読書三昧(笑)。

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モラトリアム夜明け前

そういえばこのブログも、今度の立春で開設まる4年になる。人目を気にせず書き散らすゲットー系ブログだから続くんだろうなぁと思う。さいしょに開設を勧めてくれたさかなさんに改めて感謝したい。

ただ、今になってみると、どーもこのブログのタイトルはビミョーな気がしてきた。
私的には「Occult」をラテン語の原義通りに「隠されたもの」の意味で使っている。……つまり「あからさまに隠されてます」ということで、「裏があってもおもてなし」とか「どんより曇った日本晴れ」とか「クレタ人は嘘つきだと言うクレタ人」というような、パラドックスを含んだタイトルだ。あと、「隠されたものをあからさまにする」意味も入れてある。
要は「鏡の国のアリス」いうところの「かばん語」とかパラドックス含みの語が、昔っから大好きなのだ(ジョイスの「ユリシーズ」はだいすき!)。

しかし、矛盾をたのしむ「心のモラトリアム」にも、もう飽きてきた。
アクセルとブレーキを同時に踏んでどちらに転ぶか賭けるのも、いのちが有り余っている間の楽しみだ。そんなヨユーなどもう無いし、だいたいそれをカコイイなぞとは思わなくなってしまった。
在り方は、もっと単純なもので良いんじゃないだろうか。

と、前フリは長かったが、そのうちタイトルを変えるかも。「漫談ブログ:あかオカ」とかも考えたが、昔の職場の関係者でそんな名の人もいたからイヤげなのでやめとこう(笑)。

※とはいえ。 自分自身を、他の何より(目に見えない神秘をかんがえる徒という意味での)「オカルティスト」と考えてること自体は、今も昔も変わらない。
人間が生きていることの意味、人間が人間を愛することや憎むことや育てることの玄妙さ、様々な考え方や人格の在りようの長所と欠陥、国家や組織や家庭の生成や発展や崩壊、人間の来し方行く末、星空を見上げた時に胸にこみあげる出所不明の感動の理由。
こういう、世界共通の「謎と神秘」に、いまんとこ誰もが納得できる正解は出ていないし、これからも出ないかもしれない。
もちろん、うえの「人間」は「自分」という言葉の置き換えでもある。だから死ぬまで、自分なりの答えさえ出せないかもしれない。ただ、少しでも「わかった」と思ってから死にたい。そういう想いは十有五の年からずーっとある。
つまり自己規定とかいうより、「あー、こりゃしょーがない、そういう生まれつきなんだわ」と観念してるというレベルの話だ。うん。

※ちなみにケッタイな心霊話を指して「オカルト」と言うほうが多いようだけど、個人的にはそういうもんは「ヨノナカにたくさんある、わからないこと」のひとつでしかなかったりする。そういう現象があっても、いまの時点では未解明のエネルギーの類が起こすもんではないかいな。電気が活用される前の「エレキテル」、ニュートン以前の「りんご落ち」みたいなもんで、時代が下ったら賢い人が解明してくれるんじゃなかろうか。ということで、私にとっちゃ「何か役に立つんなら有難いが、困ることになるなら係わりたくない」、つまり「無関係なこと」でしかなかったりする……。

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空気の底 (宇宙の番外地)

晩ごはんのあとは、たいていは連れとよしなしごとを話す。ときには話は宇宙に飛ぶ。
エネルギーの話をしていたときだろーか。 「そうはいっても、人間が取り扱えるエネルギーなんて限られてるからねー。ジェット燃料とか、核分裂とか核融合とか、反物質による対消滅とか、いろいろ検討しても制御の問題とか寿命の問題とかで、いまんとこ、隣の恒星にも行きつけないんだよ?」 「うーむ」
想像を絶するよーな宇宙の規模にくらべると、人間のちいささに呆然とさせられる。
どうにも脱出することのできない、ブラックホールの底というか、空気の底に棲んでいるようなものか。

あらためて考えてみると、人類はエライ辺境地に居るのかもしれない。おーい、と喚んでも、どんなお隣さんにも届きゃしない。よしんば届いたとしても、会うことは叶わない。ま、辺境だとかお隣さんだとか以前に、この巨大な宇宙のどこにも他の生命体はいないかもしれない。
火星や月の写真を見るたびに思う、「宇宙は超・不毛なんだなー」と。少なくとも、あんなところで人間が生きていけそうもない。宇宙飛行士が月面を評して「絶対の荒野」と言ったとか聞いた気がする。40年どころか4日と居られない、苛酷にすぎる荒野だな。

しかし、それならそれで、人類はこの宇宙で孤独な存在でしかないってことで、仲良く平和に過ごしゃいいと思うのだけれど……。やはり、地球が無問題になると、「絶対的な孤独」と向き合って、あらためて「我々はどこから来たのか? 我々とは何者か? 我々はどこへ行くのか?」とか考えなきゃならなくなるから、それを避けたいんだろうか。

機能不全に陥った家族が、家族全体にかかわる根本的な問題からは目をそらし、誰か一人を悪者に仕立てて、家族の態を維持しているというのはよくあることだ。 「あのコがケンカ(戦争)好きだから折檻してやれ」とか「あいつが独善的だから家族が不幸なんだ」とかね。目先の不幸をボヤいていれば、そのうち時間切れになって「死に逃げ」できるからねぇ。人間の歴史も、そんなもんかもしらん。
しかし、それは火星の表面より不毛に過ぎる気がする。

ブログタイトルにこじつけて言えば、「この世は無明の魂の流刑地だ」という考えは神秘主義思想では珍しくないらしい。大宇宙の超僻地で飽きもせず数千年も戦争の歴史を繰り返してることを考えると、そう言われても仕方ない気はする。
だが、たとえば江戸時代の八丈島なんかは流刑地だったけど、気候は温暖だし食べ物はうまいし、初期は思想犯や政治犯が中心だったもんで島の文化も発展し、流人たちも暮らしやすかったとか読んだことがある。
宇宙の片隅にある、「湿って青カビが生えたお餅のような」惑星もまた、「流刑地とか言いつつ実質はオアシス」になったっていいと思うのだけど、どうだろう。宇宙で唯一の知的生命種が 『仲間殺ししかできない凄惨なバカ』 というのは、なんか悲喜劇すぎて、目も当てられないもん。

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おもしろかった田中優さんの講演

ということで、横須賀線にのって、逗子まで行って講演会を聞いてきました。
田中優さんのブログ
てか、「せいぜい30人くらいしか来てくれないかも……」と言っていた講演会、100人はいる会議室で、なお座席が足りないんだが。やはり逗子だの葉山だの鎌倉だのは、意識が高い住人が多いもんなぁ。
講演会の中身はなかなか面白かった。単なる批判に終わらずに、代替策を考えて実践していく前向きさは、聞いてる方の気持ちも明るくしてくれるものがある。
さまざまなトピックがあるなか、私的にいたく感じ入ったのは、家電が省エネ化がえらく進んでいて、特に冷蔵庫は、新製品だと十年前のものに比べて、電気代が年間24000円も安くなるということだった。省エネでしかもお得ということで、NGOバンクで旧型冷蔵庫の所有者に10万円ほど貸し付けて、新冷蔵庫に買い換え&2万×5年で返済という融資もやっているそうな。返済は電気代の差額でまかなえるし、冷蔵庫は15年くらいが耐用年数なので、返済が終わったあとも以前と比べてお得な電気代を満喫できる。こういうWin-Winで小回りの利く発想というのは、いいもんですな。……うちはさいわい冷蔵庫は合格だが、エアコンはそろそろ新しいものに変えねば(汗)。
また、やがて各ご家庭で太陽光発電パネルと(電池を備蓄できる)大型キャパシタを備え付けられるようになれば、電気が、ひいては石油が、人の鼻面を引き回すよーなことにならなくて済むかもしれない、ってな話を聞いて、かつて「大型コンピュータの中央集権型システムは、パーソナルコンピュータによるネットワークに乗り越えられていくだろう」という話があったよなぁ、と既視感にとらわれた。まぁ、大きなシステムと小さなシステム、どっちも大切だと思うんだけど。
個人的にいちばん印象に残った言葉。
「どんなエネルギーを択ぶかでその社会のシステムは決まる」
なんか、個人の在りようにも当てはまる気がした。

かえり、逗子市役所の隣の神社にお参りしてみたら、拝殿の前に狛犬ならぬ「狛カメ」が置いてあって、注連縄が飾ってあって、かわいかった。デジカメ持ってたらよかったなぁ。亀ヶ岡八幡宮というだけのことはある。

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新年そうそう

新年はだらだら過ごしている。
今日はだらだらと寝て、夕方にひとりで散歩にでかけた。ずっと図書館が閉まっているので、いつもの散歩コースには進路は取れず、かといって遠出する元気もないので、近場であまり行かない方向をぐるぐると一時間半ほど散歩した。

様々な職場を経験して色々な街を歩いたはずなのに、夢に出たり、脈絡なく思い出すのは、子供時代に歩いた道や街角ばかりだったりするのはフシギなもんだ。小学生、中学生以来ずーっと行っていなかったような道を歩くと、小さい頃にあった抜け道が消えてたり、その一角まるごと無くなっていたり、あるいは変わらぬままに廃墟化していたりで、何ともいえない感慨があった。まぁ、四半世紀やそこらなら、まだ追憶に耽ることもできるが、百年経ってしまおうものなら、追憶もへったくれもあったものじゃないだろう。追憶するにも有効期限はあるようだ。

ちなみに、近くには市内でも屈指の巨大墓地がある。新年そうそう墓場歩きするつもりはなかったが、ショートカットの進路を取る都合で、周縁を横切ったりした。さいわい、年明けの墓参りに来てた人が多く、花や線香の匂いもかぐわしく、「すさまじきもの」感はなかった。しかし、見渡す限り墓だらけ(建築はせいぜい寺)、みたいな光景は、思えば珍しいものだろう。見慣れてしまってるから何とも思わないが、初見だったら絶句ものだわな。

旧い年は死んで、新しい年がやってくる……新年の動きって節分から始まる気がするのでこう言うんだが。
子供時代はしんどかった坂をさくさく登り、だが続く急勾配にひーひー息を切らし、高台から黄金色の夕陽とシルエットの富士山を見おろす。新年そうそう、旧い記憶を丁寧に埋葬するかのような、不可思議な散歩になってしまった。

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コミケに行って、大そうじやって

昨日はコミケに行ってみた。のほほんと行って、11時頃に着いたらまだ入場規制がかかってて、30分後に入場。……目当ての本のもとへまっすぐ進んだが、完売だった。会場ホールに足踏み入れて一分で終わった私のコミケ(とほほ) 。
とはいえ半分は予測していたことなので、いたしかたない……ということで縁日を冷やかす気分で会場をさまよう。
どうやらアニメとゲームだけではなく、軍事系、廃墟系、写真系、鉄道系、国道系、旅行系などのジャンルも一日目に振られていたようで、やっぱそういうとこは楽しいよね。廃墟系サークルが置いてたチェルノブイリのDVD、買わずとも見てみたかったよーな。創作系の多い三日目が、やっぱ一番たのしいと思うが……さすがに大晦日にコミケに行く気にはなれんなぁ。

で、今日は大そうじ。ふだん掃除をしていないので、段取りは悪いわ、手際も悪いわ、エライことになってしまう。もうそこで開き直って「私はヒレ(鰭)掃除なんだから、きれいに掃除できずとも仕方あるまい」と思うことにした。セイウチが掃除するだけ珍しいこと・素晴らしいことだと思え、みたいな意味不明な恩着せがましさを全世界に向けて放射しながら、それでも短時間で掃除を切り上げてしまう事実。

とはいえ実家の玄関前のプランタ群に、投げ売りに出てたパンジーやシクラメンを植え足したのは我ながらよろし。今年は新年の祝いをおおっぴらに出せないが、花の彩りは何よりの「時の寿ぎ」ではなかろか。
放置で枯れた植物が多くて気の毒だが、寒さの中でも必死に成長してる植物もいて、そういう様を見ると心うたれる。好きなとこに移動できて、エアコンだって入れられて、好きに飲み物を飲める分際でいて、泣き言をほざいてるようでは、こーゆー植物にくらべて生命体としてよほど下等な気がする。生命の純度を上げなきゃね♪

、あとはご近所の人気和菓子店(笑)で入手した、ふにふにの餅が待っている。去年はあまりのおいしさに、年を越す前に餅が消えてしまったので、二枚も買っておいた。つまり、一人2kg食べるのか……(楽勝)。お汁粉用のあんこも同店で入手し、ふつふつとこみあげる嬉しさに瞳孔がグルグルしそうだ(←ゲッター線が出ている)。

さぁ、あとは心しずかに大晦日をたのしみ、正月を手ぐすねひいて待ちわびよう。年ごとにクリスマスの風情も消え、正月の風情も感じられなくなる。いまや何の買い出しも必要なく、新年も働く人が多々いるしねぇ。といっても、風情のなさは、時世のせいばかりではない、重ねてきた年のせいもあるんだろう。今年は特にいろいろと、嬉しくもなく盛りだくさんだったが、まぁ年の終わりが良ければすべて良しって気にもなれようもんだ。
なので今年は全力で正月気分になって新年を迎えたい。あ……みかん買っとかなきゃ(汗)。

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真冬の太陽

ひたすら風邪の続いた一ヶ月、へろへろになって辿り着いた、クリスマス三連休。
実はこの夏、とーとつに甥ができた……姉夫婦が養育里親というものになったゆえだが、そのまだ人生始めて三年目な甥とたのしく遊ぶべく、会いに行った。子供をかわいいという前に、同レベルであそんでしまうせいで、大変にたのしい時間を過ごした。冗談抜きで、子供というのはまぶしいものだ。実は甥っ子や姪っ子にメロメロな友人が数人いるのだが、気持ちがよ~くわかった。初甥や初姪ができた時は自分も若すぎたもんで、ありがたみがわからなんだよ(笑)。
さらに翌日はお絵かき教室(私は年内最終日)で、お絵描き終了後にささやかな飲みのはずが、行ってみるといきなり宴会セッティングになっていた。ので、筆を執ることもなく宴会に突入、なんか激しすぎる昭和レトロ知識の応酬を繰り広げて帰ってきた。参加者は十人程度だったが、アニメの動画をバイトでやってるという美大の学生さんや、グレンラガンのファンというCG屋さんもいたりして、びっくり。いや、ほんと、同じ教室に同じ時間に行ってても、みんなおたがい名前も顔も知らないんだよ。ひたすら描いてるだけだし。
そして今日は、物見遊山に「ららぽーと横浜」へ行き、ゲットー(かつ山手)シスターのゴスペルサークルのステージをたのしんだ。シスターのトッポい格好と見事なラップは現代のブラック・カルチャー風でカッコよい、だがハートからあふれこぼれてくる感動は、浪花節にも通じる伝統のゴスペル。大勢の歌声が響くステージの熱気を、らぶぱわー放射を受けるよーな気分で堪能した。……ちなみに、昔気質の横浜人は音楽のシュミが(どっちかっつーと)黒っぽいように感じるが、気のせいだろーか。日本でいち早くR&Bを取り入れたのが横浜というのはさもありなん。

てなことで、三連休はまいにちまいにち、好きな人たちに会えた。はっぴー感がない冬曇りな日々、好きな人々がそれぞれに日々のイロイロを抱えながらも笑顔を輝かせてるのを見て、灰色の厚い雲が切れてちょっと日だまりに立ったような幸福をしみじみおぼえた。
ということで、受け取ったらぶぱわーをこめて、読んでくれてる皆様に改めて伝えたい。
最近会えた皆さんも、めったに会えてない皆さんも、まだ会えてない皆さんも、しあわせでいてくれ!! ぬくぬくとね♪

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吹いた

Amazonでつらつらとベストセラー本を見てて、このレビューに、吹いた。
引き寄せの法則以前に築き上げなくてはいけないものがあるのではないでしょうか

いや、ご説自体は実にごもっともなんだが……。
「顔も体型も」だけならともかく、「性格・人間性でさえも」という畳みかけ。
すぐ卑屈になるドルジ。ティラミスを笑顔でパクつくドルジ。イヤげなほどに脳内ハイビジョン映像が浮かび来る。
他の箇所にも見られるツッコミも含め、容赦ない。……ネタか? ネタじゃないのか?

一人で胸にしまっておくのがつらかったので、イヤげですが分かち合ってください(含む・脳内映像)。

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これが棚ざらえか

風邪です。リッパな風邪。週の半ばから。
だが有休もないしタスクもあったので、刺身にタンポポを乗せるような仕事ではあっても、休まずに働きました。そいで夜は11時前には寝てました。メールその他の返事は過小にとどめてましたが、そんな顛末ですた。

で、まだまだ真っ最中なんだけど、まだ熱っぽいんだけど、図書館に行ったりお絵描き教室に行ったりはします。洗濯もしてます。たかが風邪ごときで、三連休や年末年始に向かう浮かれ気分に水を差すつもりはないので。

おそらくこの風邪は、体内で、体内なりの年忘れ大会を開いているのではないかと思います。燃えろ俺の小宇宙(コスモ)ってやつですか。夜は石油ストーブを出して暖かくしてドテラ着て養命酒を二杯のんで援護射撃する予定。

そうそう、今年は強敵(とも)と連れだって、コミケ(一日目)に行く予定。今年放映された「天元突破グレンラガン」が妙に好きになったんで、人生初の自発的コミケ行きしてみます。とはいえ、死んでも欲しい同人誌とかは別にないので、雰囲気だけ楽しもうかと。もし会場で遭遇できたら嬉しいなぁ>戦国スキーな方。

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何はともあれ

まだ連日やや熱っぽいこともあって、ブログに限らず、しばらく何も書かずにいたが、何も書かずにいるとなぜかウザウザしてくる。朝の京浜東北線のなかで、よしなしごとを書き連ねたい衝動に駆られたが、そういう衝動というのも困るもんだ。たわごとを発信しないと気が済まない体質になってしまったんだろう。
ということで、生存証明がてら書きます(←一般人ブログの多くはこの理由から発信されてるのではなかろうか?)

・最近、会社帰りの時間に近所の公園で、木の根もとで枯れ葉に埋もれて、ごく自然に寝そべってる猫と何度か遭遇してびっくり。いや、ほんとに自然に埋もれてんのよ、実にいい感じに。のすぅっ、とね。……私的に「枯れ葉猫」と名付けました。

・お絵かき教室、来週からよーやく油絵を習い始めることになりますた。以前にSさんにいただいた道具と、さらに教室の余り物など回してもらって、投資ゼロ・気合いゼロで始める他力本願の道。ありがとうございます>Sさん ……いただいてからもう二年くらい経つのかな?(汗) のっそりのっそりとたのしむこと自体をたのしんでます。

・ウザい毎日の労働も、ごく冷静かつ客観的に検討すれば、もともとの希望条件と恐ろしくマッチしていることに改めて気づく。こんなサエなくてショボい日々を望んでいたのかぁ~>自分 ……願いごとをする前に、叶ってしまった時のことをリアルに、ほんとにリアルに想像しておかなくちゃいけないねぇ。とほほ。
……ああっ、三億円あたってしまったらどうしよう!(←くじを買ってもいないという事実)

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キビシイ土日

つか、二週間ほど前から、じりじりと風邪気味。
ありもしない気力を振り絞って、本格化しないように押し返しているのだが、いかんせん会社という場所はウィルスを濃ゆくするためだけにあるような場所。一進一退というより、半退一退という感じでじりじり押されている。しかし、有給もナニもない今は会社を休むわけにいかない。
てか、世間のヒトは一日横になるだけでMAX回復するものなのか? つか、世間のヒトは少々の体調不良くらいじゃ、私のようにへちゃへちゃと弱音を吐いてサボったりはしまいが。……かくてMAX回復しない人々が出社して、地獄のウィルス・ドッジボールが延々と続けられるわけだ。そしてうちに帰還するなり、どーっと眠ってしまいたいダルい日々が続いてる……。
なので土日はひたすら寝ます。いろいろと買い出しもしたいしあちこちに出かけたいのだが……十日以上、のどが痛いままで、つのる危機感。年末まで乗り切れるかなぁ。

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