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新年あけましておめでとうございます(トロン見てきたよ)

あけましておめでとうございます。
大晦日からぐーたらぐーたら過ごし、紅白どころか、除夜の汽笛さえ聞き逃しました。元旦も寝てました。当然、今日も箱根駅伝を見逃しました。昼夜逆転を、あとわずかで、何とかしなければ。

今日は「トロン」を見てきました。私は見ていませんが、連れが前作を見ているので、連れ孝行です。
おはなしはトホホですが、ヒロインはかわいく、ダフトパンクによる音楽がステキです。
80年代とは違い、ちょっとやそっとのSFでは近未来に見えずに「コスプレするガイジンさん」になってしまう、そんな時代の流れの無常観を楽しめる、中年向きの映画ではないでしょうか。あと最近になって80年代にかぶれた若者とかね。何はともあれ音楽はステキでしたよ。
とはいえ3Dは目が疲れます……やはりまだ過渡期ではないでしょうか。映画は「見せ物」として始まったので、娯楽としては正しい方向性かもしれませんが。
しかし、うーん、「キックアス」のほうを見るべきだったかな?
それにしても最近は見る映画の指向が偏ってるなぁ。オタとかオタとかオタとか(だがアニメ自体は「パンスト」をニコ動で見てるだけ~)。

何はともあれ、みなさまにとっても私にとっても良い一年となりますように。まぁ、我が家の年明けは節分なんだけどね。

ヤマト見にいってきました

連れがあまりに退屈退屈とうるさかったので、折り込み新聞の広告クーポンを使って、割引で「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を見てきました。さすがに定額で見る気はしなかった。

ごく最近、TVシリーズ全話を見たので、比較するのもかんたんですが、これはまぁ、別物ですね。目立つ点を言うなら、「キムタク・ザ・ムービー」という感じでした。
私らはドラマとか、そもそもTVをほとんど見ないので、前々からキムタクが演技面で叩かれているとは聞いてても、その真偽のほどは知りませんでした。が、キャラのありようがFMVのCMと何も変わらなかったので、つまりこの人は何を演じてもキムタクなのでしょう。まぁ、均整の取れたキレイな顔立ちなので、長時間見ていても苦痛にならないのはなにより。
黒木メイサの森雪は、森雪なんだけどなんとツンデレキャラになっていました。完全に、「宇宙戦艦ヤマト」ではないことを感じさせられ、逆に、比較を放棄してスムーズにおはなしを楽しむことができました。ラブシーン多々ですが、美男美女のラブストーリーは人気のあるものなので、特盛りでも困らないのでしょう。
しかし強気な美女&軽やかで有能な美男というのは、昨今のドラマ等で人気のカップル像なのでしょうかね。現在、ゲゲゲの女房のヒットでも見られるよう、「社会的な有能さはないけど芯の強い愛情あふれる女性」という専業主婦キャラが人気だそうなので、原作通りの女性像でもウケたかもしれません。……あ、そうするとキムタクがキャラを替えないとダメだから、だめか。

SF考証から話のすっとばし方まで、ありとあらゆる不自然な点は、「そもそもヤマトとはそういうものなんだ!」のひとことで済みます。ツッコんだら負けなのは伝統です。
特撮とかCGとかは頑張っていたと思います。でかい画面で見て良かったですね。セットも艦内な感じが出ていたし、アニメのむちゃくちゃを、できる範囲でリアル化・実写化した感じは好感が持てましたし、波動砲なんかはアニメ通りのイメージ!って感じでした。
また、次の週には何くわぬ顔をして直っている第三艦橋とか、配線を変えるだけで出て行く大型ドリルミサイルとかの、原作エピソードを使いながら、ちゃんとリアルに改変したシーンも、ウケを狙っていてよかったです。
しかし、「第三艦橋勤務です」の一言&さらに「地球に戻ったら結婚云々」の話で、わかりやすく死亡フラグを立たせてみせる制作陣の「目くばせ」には笑わせてもらいました。
沖田艦長の名セリフは、TVシリーズで今みても落涙だったのに、実写ではダメだったなぁ。実写だと、艦長の決断力ある漢らしさより、分別ある老人&病人くささが目立った感じでした。

それにしても、昭和感覚に満ちた、およそ30年以上前にウケたハナシを、平成の現代にやるのは、なかなか苦労だったと思います。出てくるのは男ばかりで女はひとりな「男のロマン」全開な世界設定からして、現代の若者には(゚Д゚)ハァ? に決まってますからねぇ。
ちなみに、2199年であんなショボい艦内設備とか機材とかはないだろう、とツッこむのは間違ってます。「昭和テイストを残しつつも爆笑されない程度のズレでとどめる度合い」、この点に制作陣が苦慮したんだろうなぁ~と感心するのが答えかと。セットとか艦内の感じとか、昭和+海上自衛隊テイストがいっぱいで、なかなかいいです。
今から200年近く後のテクノロジーとかを考察する話ではなく、そもそもが、青年の成長物語なわけなので。

そう、この作品のどうにもこうにもイタイ点は、青年の成長物語なのに、「出てくるどいつもこいつももう青年ではない」ことなのです。
キムタクも、客観的に見て、20代の顔ではありません。厨二感さえ漂う青臭いガキが紆余曲折を経て大人の漢に成長する、その物語にリアリティを持たせるためには、顔の出来はともかく肌ツヤや精気の面から、10代~20代の俳優が、主演すべきでしょう。
とはいえ、今のリアル20代の役者に、昭和キャラな古代進を演じられるか?……ムズカシイと思います。感覚的にいって、共鳴しうるのはキムタク辺りの世代がギリギリなのかも。
この点こそ、ヤマトがどうにも「現在」に響く作品ではない、ということを端的に物語っているんじゃないかな。

ま、ノスタルジーに浸りつつ娯楽するには、そんな悪い作品ではないですよー。2時間半でもイヤげにならずに楽しめました。制作陣ががんばったということはよくわかりました。
やっぱり個人的には、「真っ赤なスカーフ」が流れなかったんで、全然ヤマトじゃなかったんだけど。

ヘンリー・ダーガーの映画みてきたよ

今日はクリスチャンの姉と一緒に、ヘンリー・ダーガーの伝記?映画を観てきた。義兄のご好意に深く感謝 m( _ _ )m。
以前、いちど見にいこうと映画館まで行きながら、結局は観ずに帰ってきた経緯がある映画だ。鬱のときに観る映画か?という気もするが、自分にとって、すさまじく示唆的な映画ではあった。

観た直後の感想は「ピントのズレたヨブ記」

まあもちろん、「失楽園」のものがたりでもあり、20世紀初頭の問題行動児の処遇の悲惨なものがたりでもあり、光と闇の新世紀都市シカゴの片隅のものがたりでもあり……。少女時代に隣人だったという初老女性には「私は彼を狂人だと思ってました。ああいう人は貧乏だと『狂人』、金持ちだと『変人』。貧しかったからつまり、狂人よね」とさらりと回顧される、どこまでも孤独な人間の、「非現実の王国」と「現実の人生」のものがたり。

現実の世界では、厭人癖の変人の無口な清掃人。だが孤独な生活のなか、誰に見せることもなく、60年以上に渡って1万5千ページあまりの異様な「非現実の王国の物語」(それもレターサイズでぎっちり行間のつまった!)を書き続け、さらに数メートルにわたるサイズの挿絵を300枚以上も描きつづけ、おまけに何千ページにも及ぶ自伝や天候日誌も書きつらねていた……って、もう絶句するしかない。「表現しないと生きていけない」なんて陳腐な言い回しを、生きて実証されてしまうと、どうしていいのやら。

まぁ、ほんとに、なんつかー……私の感想としては、「ヨブ記」なんだよね。
とはいえ、現実の人生でお気に入りのモデル写真を紛失したといって、神に祈り、聞き届けられないといっては神を呪い、非現実の王国でキリスト教国軍の敗北と大虐殺を繰り広げたあげく、三ヶ月休筆してやる!と一人で息巻いて、しまいに、タブロイドに載っていた「強盗犯が絞首刑になって地獄に堕ちた」なんて三文マンガを読んで、回心して泣いて神に祈る。
……いったいどういうヨブ記なんだよ。人間の卑小さと悲痛さは、爆笑するほど滑稽であると同時に、慟哭したくもなるよ。

そいでもって、死の直前になって作品が人に知られるという、恩寵とも報いともいえるような展開。
「“人間には明日の天気もわからない”と聖書で言われている」と、天候日誌を十年以上書き続けながら天気予報士の予報が外れるのを嗤っていたというダーガーは、ではそんな「はからい」をどう理解したのか?

この映画で、「非現実の王国」のエンディングについて知ったのだが、何というか……。
卑小で惨めで、だが切実にすぎる「ヨブ記」に、「気楽にネタバレ♪」は、ちょっと私には書けない。

……まぁ、ここまで読めばおわかりの通り、私はヘンリー・ダーガーについては、アートとしてというより、何か人間存在の不可思議さ、としての興味のほうが大きい。
映画で、あの絵が(あの絵にふさわしい不自然さで)アニメーションするのは、なかなか面白かった。でもそれ以前に、ダーガーの絵をもうちょっと鮮やかにして、「塗り立ての、完成したばかりの状態」っぽい感じで見てみたい。水彩絵具、ましてやダーガーが使ってただろう安いやつだと、乾くと色が軽くなる(し、褪色もしてきてるだろう)気がするので……。

よこもじ話を見ると疲れる

三連休の三日目くらい、お休みらしくしようと思った。
で、昼ごろに起き出して、再放送でやってたNHKの「未来への提言スペシャル」を見たりして。環境問題で外国の権威筋にインタビューをしたダイジェストだけど、いろいろな意味でなかなか興味深かった。 たとえばCO2の削減ということで、HSBCの全社挙げての取り組みを映していた。ここなんかはやり手の投資銀行、まさにBankerという感じで、日本のマジメしか能がないぼんくら銀行ズとは訳が違う。その取り組みは宣伝効果を考えても、やっぱ行動が早い&徹底的で、なんかモノが違うというか……。
「環境問題」は単純に「自然をたいせつにしよう」ではなく、英米を中心とした、「社会の在り方を変えていく」意志の顕れでもあるんだろう。もちろん「不都合な真実」のアル・ゴアは、情報ハイウェイを提唱して時代の先鞭をつけた人物で、当然、西海岸のIT産業に大枚を出資している。そしてIT業界はデンキのコストが凄まじい。
いみじくも、「気候変動の経済学」なるレポートを出した英国の経済学者のインタビューも流れていた。ま、つまり、次の発展産業は代替エネルギー関連ってことなんだろう。そしていわゆる西側の先進諸国で代替エネルギーへの切り替えが早急になされなければ、エネルギーをめぐる戦争は明日にでも起きかねないかもしれない。ブッシュは戦争したいかもしれないが、次の大統領が中国やロシアとの激突につながる道を取るとは思えない。
で、日本は、ネットの普及スピードを考えても、意外と早く「社会の切り替え」に順応できるんじゃないかと思う。ただエネルギー問題は官が絡むし、日本はその官の動きが遅すぎるので、どこまで民の力を活かせるか(言い替えれば、官と癒着してきた既得権者に引導を渡せるか)次第だろう。テクノロジーの発展は今まで戦争が担ってきたが、ネットワーク社会の発展には世界平和が不可欠だ……相互通信とエネルギーの安定供給。なので、民生品でテクノロジー発展してきた日本には、良い時代って気もする。
……などと、生臭い&しょーもない感想を並べるより、自分で見てもらう方が興味深いかと。今日登場した学者さんたちのロングインタビューも20日にBSで再放送放映されるそうなので、でひ。

で、DVDも見た。「トランスフォーマー」。
ティーンエージャー向き夏休み映画、客層としてはアニメやサブカルを好む低所得者層(メキシコ系移民やアフロアメリカンが多かろう)とオタク系少年、制作会社のCG技術プロモーション兼用、という感じの一本。
もちろんCGは見事。高速移動しながらの変形のカッコ良さと迫力は、スクリーンで見るべきだったかもしれない……でも、たるい感じのシナリオで2時間半あるので、スクリーンで見たら疲れたと思うけど。途中にしょーもないギャグが多々入ってムダにも感じるけれど、前掲の客層にウケるためのいわゆる「程度ひくい」ベタなギャグは不可欠だろう。
客層っつー意味では、アメリカの娯楽映画って大変だなー、といつも思う。これなどは、主人公とヒロインが黒髪でラテン系な顔立ち、ただし主人公のパパとママは典型的な郊外住まいの中流白人、いじめっコ役にモロにJocksなフットボール部の白人(ただしこうしたマイナスイメージを補完すべく、白人で、勇敢でハンサムで家族想いの、つまり典型的な理想のアメリカ軍人も出てくる)、南部出身の黒人兵士、いかにも現代風な黒人ファミリー、アラブ系の人々、訛りのキツイ英語を話すインド人、などなど、すべてがステレオタイプな人々がまんべんなく出てくる。人種問題はあまりにアメリカ的な話なので私のような国内引きこもり日本人にはどうこういえないが、ハリウッドのお子様向けムービーを見てると、たまにドキッとさせられる。まぁ現地の人々はもっとタフに決まってるが。
しかし、「世界を滅ぼす力の源を捨てに行く」モチーフは指輪物語、「氷の下に埋もれていた巨人」モチーフはエヴァンゲリオン。そんでもって見所は、カーアクションとロボットバトルと戦争アクションと青春ムービー。そんなゴッタ煮式コラージュ話ですた。ある意味すごいよな、こりゃ。
それと。これが一番大切な点だけど。
主人公が、髪型のせいか、「えなりかずき」風に見えてしまい、どうしても感情移入できなかった。どうしても。

「生きる」を見たよ(DVDな)

土曜日は新月。心機一転なノリで何ぞ見ようと、黒澤明の「生きる」を借りてみてみた。
確かに、単に生きるっつーよりも、「死を前にして生まれる」話ではあった。想像していたような美談な感動作ではなく、死の訪れの前に必死にあがいてあがいて、何か自分なりの生への解答をみつけた男の話だった。
美談にしたり、感動物語にしようとするのは、常に第三者や傍観者……読み手のすることだよなぁ。人間とかく、読むや理解することに淫してしまいがちだが、「読めないものが在る」ことに敬虔でないと、いかんね。

作中、「役所では何もしない以外のことをするのは過激行為なんだ!」という言葉に噴いた。確かにうなずける気もしないでもない。えんえんと描写される小役人たちのアホらしさを見ると、日本の宮仕えの人々すべてに捧げられるべき作品かもなぁ。でも、切羽詰まった濃密な時間から見ちゃえば、無意味な忙しさの中で時間を捨てているのは別に役所勤めに限ったことじゃなくて、私らの日常の八割方はそんなもんだろうと思うよ。

それが良いとか良くないとかでなくて、人間は「一途な時間」を生来的に指向するもんだし、でもそれは非日常の介入でもない限りなかなか生きられぬもんで、だからこそ切なさと空しさに身悶えするもんなんかもしらん(ああ、岡本かの子の「老妓抄」の世界だ)。

「美しい時間」とは何か。「主人公は最後の時間を公のために捧げたから素晴らしい」的なたわけ解説は要らない。主人公は誰かのためにことを為したわけじゃなかろ。誰のためという言い訳の要らない時間は、美しい。つか、いま生きてる時間それ自体が、素で見れば、泣けてくるほど美しく貴いものじゃないのか。つまり(太宰っぽいメフィストフェレスが登場する時点で当然だったんだが)、「ファウスト」の世界だったのだな。

なんかディープすぎる話で、まとまりつかなくなった。とはいえ、ここは備忘録代わりでもあるので、まとまりつかないままでも投稿(笑)。

「番格ロック」見てきたよ

♪あ~ああ~ あ~ああ~ I'm just a lonely girl~
ハープシコードの出だしも印象的な甘く切ない名曲、キャロル(矢沢永吉とジョニー大倉のいたバンド)の「番格ロックのテーマ」。これは映画「番格ロック」のテーマ曲とは知っていたものの、曲のみ名高いこのB級スケバン映画はVHSにもDVDにもなっていなくて見られませんでした。

そこで偶然にも、「ラピュタ阿佐ヶ谷」 なるとこで上映があることを知ったんだけど、とはいえ阿佐ヶ谷は遠いし、「B級だからVHSやDVDになってないんだろ……」と思ったのも事実。でも検索してみたら映画見なブログの「アヌトパンナ・アニルッダ」で、「名作」という評価なので心が動く。で、残業ばかりでムシャクシャした今週、上映最終日となる金曜日に雨の中をレイトショー見にいってきました。出不精なのに。

ちなみにこの映画、データベースなんかによくある公式紹介だとなんかズレてる感じなので、映画に詳しい人たちのブログを参照したほうがよろし。「番格ロック」で検索しよう(タイトルシーンを写真掲載してるとこもある)。ちなみに、脚本に大和屋竺(前にも取り上げたが日活ハードボイルド系脚本家)がいて、音楽はキャロルだけでなく、八木正生がやってたりする。

あのハープシコードのイントロが海の情景に……「東映」のオープニングに重なって、最初笑ってしまったけど、そのあとの、けだるい昼下がりの町中をちんたらちんたら歩いていくセーラー服ズベ公たちの風景に歌声が重なってくと、「少女のせつなさ」感がぐっと来ますた。

昔の映画を見ること自体が少ない私のような人間にとっては、30年以上前の町の景色自体が息苦しいほど切ないものがあった。そして70年代までそこかしこにあった「日本の貧乏」を感じさせる描写、場末感。
トタンで出来た家の建ち並ぶスラムじみた小径のなかの主人公・由紀子の家っつーかプレス一台の家内制工場、愚直で無学で謝ってばかり人生な感のある母親(初井言栄ね)、宗教がらみの善意が善人のイヤげを感じさせる保護司、仕事仕事で頑固で短気そうで油まみれでプレスを踏む父親。……アル中になるか自殺したくなるほどくさくさした底辺、いっぽうオッパイぼーんで美人で気が強くてはちきれる若さを持てあます主人公。そりゃグレるわな。

ばったんばったん、繰り返されるプレス機の音、町中を走る都電の音や警笛。
かぎろい立つ70年代の町の景色。

しかし家から飛び出ても場末感、B級感。根城は赤羽、対立するスケバングループも池袋。新宿や渋谷を舞台のツッパリの華の話じゃない。退屈な日々が続くアメリカ中西部あたり舞台の「俺たちに明日はない」な雰囲気に、ボニーはズベ公どうしでつるんでる。くずれたセーラー服で闊歩し(でもスカートはまだ膝丈の時代)、ノーブラにパンタロンで乱闘を繰り広げる、モラトリアムの僅かな輝き。
クライドならぬ昔の恋人には偶然再会できたけど、愛しのツッパリ君は今ヤクザ。さらには小さな組でチンピラで、ダサいテキヤ感いっぱい。……どう転んでも、アウトローになっても庶民になっても先は見えてる、デッドエンドストリートの切なさMAX。

そんでもって、デッドエンドストリートで夢見る「自由」のきわめつけの象徴が、最強の敵(とも)である「アラブの鷹」なる池袋の総番。当時の流行ではあるけど真ん中分けの黒髪ロング、そして神秘的で切れ者的な表情、時代的に見てもおそらくアラブ赤軍(当時)の重信房子のイメージでせう。白の上下を着る由紀子、黒の上下を着るアラブの鷹。一組のハサミのそれぞれの刃をナイフ代わりにする二人は、まさに二人一組。ホモの極北はプラトニックに行きレズの極北はSMに行く、という意見を読んだことがありますが、そういう文脈で行くとホモセクシュアルかと。てか「ホモ」って「同質」って意味だからねぇ。

話の進行につれ、都電やJRに乗って殴り込みに行く(!)ズベ公少女たちの「自由」が、ヤクザや警察といったリアル社会の中に組み敷かれていく過程も、なかなかせつないものがありました。かつて単なるツッパリ少年とツッパリ少女だった二人が、チンピラと番格として再会したように。
んで主人公は結局、ひたすら熱望していた「タイマン勝負」で、アラブの鷹を破ったけれど……そのあとは何もなくなってしまう。根城だった赤羽のスケ番グループは解散同然、社会(ヤクザ)に刃向かった唯一の“同志”「アラブの鷹」はシャブ漬けにされてソープに沈められ、恋人ともやがては「銀バッチとバシタ(女房)」の先の見える未来。……たまんないよね。

てなことで東映ヤクザ映画的に真っ赤な血の出る結末だけど、ジョニー大倉の甘い歌声とあいまって、やっぱり70年代のやるせなさと叙情がありますた。
ちなみに「スケ番もの」でこういう少女の切実系では、石井隆の短編劇画「横須賀ロック」がオススメ。画は映像に比べると陳腐化しにくいから、描写の違和感に囚われず、純粋にストーリーで泣けます。
いっぽうで、「番格ロック」は絶対に万人にオススメ!とは言わないけど、「時代風俗の記録としての映画」の価値を再確認。すべては思い出になるのだな。


※あ、VHSやDVDになってない理由は、キャロル関係の権利がゴタゴタしそうだからではないかとようやく思い当たりました。元メンバー仲悪いし、キャロルの映像記録って少ないし。「ファンキー・モンキー・ベイビー」と「ルイジアンナ」も劇中で演奏してて、若さ全開なメンバーがセクシーに歌ってます。写真ではダサく見えるリードギターの内海利勝は映像で見ると甘くメランコリックな顔立ちで、かの鈴木いづみが小説「ハートに火をつけて!」で主人公(か主人公のグルーピー仲間だか)が付き合ってる男のコとして書いてましたが、それもさにあらむって感じでした。余談。
※2  12.25記 スマヌ、「ハートに火をつけて!」で出てくる男のコのモデルはゴールデン・カップスのルイズルイス加部だった。つーことで、この部分は単純に「ウッちゃんは動画で見るとかっこいいね」ってことで。

※さらに余談。私ゃ古今の俗語・隠語が大好きだけど、劇中で男にハマった水商売風の元仲間を 「あれはピーチン(?)になったから」という部分は不明だった。ちと意味が知りたい。
↑後日補記……親切な方にご教唆いただいたので、コメントを参照のこと♪

雨だとひたすらDVD

黒澤映画、今度は「隠し砦の三悪人」。これもまた面白い。強欲な百姓コンビ(スターウォーズのロボットコンビの元ネタ!)が狂言回しになって、三船のトシちゃん大活躍。なんつーか、ほんとにその時代にカメラ送り込んだかのよーなリアリティある人物像は、昨今の時代劇ではもはや不可能なレベルだと思う。
馬上の殺陣シーンがまた、クソかっこいい。これをノースタントでやったなんて……特撮かよ!!って感じの凄さ。黒澤時代劇は実はチャンバラシーンはそう多くないようだけど、いちいちカッコイイ!

がらっと変わって石井隆の「夜がまた来る」。これでいわゆる名美・三部作はみんな見たことになりますが……やっぱり「ヌードの夜」がベストかな。余貴美子がムチャクチャ素晴らしいし、他の俳優も名演だし。「花と蛇」は未見だし見る気もない……、もちろん石井隆は女を綺麗に撮るんだけど、「脱ぐだけ女優」のプロモ監督みたいな扱いはやめていただきたい。

つぎは「茶の味」の監督の石井克人のアニメや過去作でも見ようかな。なんか今は溜め込みサイクルかも。

やっぱクロサワすげぇ&思い出は美しすぎて

映画では「荒野の七人」と「用心棒」など見た。前者は「七人の侍」の脳天気リメイク。なんつーか、原作の重々しさが消えているというか……妙に好戦的な農夫たちに笑える。唯一、キャラ立ちの点ではこっちのほうが上かも? 登場人物の見てくれもいいし。しかし原作の「戦」の部分が消えて、パンパンぶっぱなして終わりって感じもするぞ。西部劇ってほとんど見たことがなかったので、今後はちょっと見てみようと思う。
後者は、「七人の侍」のあまりの面白さにひかれて借りてみた。これもまた面白い。しかし映像がキレイ。クロサワ映画は作品が面白いと褒める声はよく聞くけど、ワンカットワンカットごとのカッコ良さがこれほどとは、どこにも書いてないじゃないか。おかげで今まで損した気分だ。それに、描写がいちいちリアルなんで、役者が演じているというより、その劇中人物が本当に実在して生きているかのようだ。
対談で宮崎駿も黒澤明も、「一本撮り終わる頃には、劇中の人間は完全に一人の人間として自分の中に存在しているので、『もう二度と会えない人』のように思えてしまう」と話していた。監督も役者もスタッフもみんな総出で血と肉を分けてやることで、キャラクターは長く長く生き続けるのだねぇ。

そうそう、既出の通り、旧ルパンを観て、(当時の世相や制作側の苦労などもひっくるめて鳥瞰的に理解できるトシになったせいか余計に)感動したもんで、『以後&昨今の作品も喰わず嫌いをせずに見てみようか』(実は、1stシリーズと劇場版の最初の2本を除き、2ndシリーズも含めて全て未見)……と昨夜放送のTVスペシャルとやらも含めて何作か見てみたのだが……。
……誰も血と肉を分けてやらなかったのだな。むしろ1stシリーズの記憶のみを保っていた昨日までの自分が幸福に思える。 _| ̄|○

実写とはまた違った映像体験ができるので、アニメは好きなんですが、近年に見たアニメで (・∀・)イイ! と思ったのは「マインドゲーム」くらい。あ、「鉄コン」と「春のめざめ」は未見。TV作品は全く見てませんが……なにせTV見ないもので。萌えクソオタに媚びたキャラよりかかり量産系アニメが多かったりするしな。
なんつーか、アニメを見るなら、アニメ特有の、想像力を自由に羽ばたかせたような、こっちの刺激になる作品が見たいんだよ!! リアリティを競ってどうする! 止め絵の見てくれを競ってどうする! どっちに転んだって、実写にもマンガにも敵わないだろ!!
……当分はクロサワ映画と西部劇でも見ることにします。

「殺しの烙印」-アレな人のみ観るが良し

1967年6月15日に封切られた「殺しの烙印」を借りて観る。監督は鈴木清順。しかも、鈴木清順はこの映画で 「こんなワケのわからないもの作りやがって!!」 と当時の日活社長にクビを切られ、全共闘流行の世相もあってこの解雇問題がエラくモメたという、超いわくつきの作品。
ちなみに鈴木清順は前に「けんかえれじぃ」を観た時も、「よぅわからん……」という感想だったので、期待せずに観た。
………。

社長、あんた正しいよ。
「映画一本作るのに6000万かかるのに、みんな赤字ばっかりにしやがって!!」 とも叫んだそうだが、その血の涙がわかるよーな気がする……。
そもそも、“飯の炊ける匂いを嗅がないと勃たなくてパロマの炊飯釜かかえて恍惚とする殺し屋(宍戸錠!)” という設定で、もはや観客の半数が脱落するのではないだろうか。筋書きなぞ、観たあとに脚本を読んで、何とか理解できるかどうか、という世界。シュールな映像とかそういうレベルではない。「理解するより感じるんだ」というのは真実だろうが、それにしても凄まじい。真理アンヌのヌードが観たいとか言う人と、狂える '60年代末好きにしかオススメできない。
この制作メンツはのちにルパン三世のTVシリーズにかかわったが、確かにこの感覚はアニメでしか表現できないのでは? アクションシーンはカッコイイんだけど……、役者を火ダルマで100mくらい走らせようとか考えてて、主演の宍戸錠が「せいぜい17mくらいだよ! それから草むらに消化器やバケツを用意して!」と忠言したそうだし(笑)。

しかしダウナーな主題歌 「殺し屋の歌」 は妙に耳についてしまう。なんつーか、マジになっていいのか失笑していいのか、あまりにこの時代ならではの雰囲気をご一緒にどうぞ。歌は脚本の大和屋だったりする(本編にもダンディーな殺し屋として登場)。

♪男前の殺し屋は 香水の匂いがした~
     『でっかい指輪はめてるな』
     『安かねェんだ』
     『安心しろ。そいつには当てねえよ』 (銃声)
曲がったネクタイを気にして~ 死んだ……。

♪寝ぼけ顔の殺し屋は 寒そうに震えてた~
    『女を抱いてきたのか』
    『あたりきよ』
    『湯たんぽを抱きな』 (飛行機の音)(銃声)
熱い鉛を抱いて~ 死んだ……。

♪青い顔の殺し屋は、見覚えがあった~
    『誰だ?どっかで見た顔だな』
    『……』
    『やるか?』 (銃声)(ガラスが割れる音)
鏡の向こうに~ 砕けて……消えた……。

「ゲド戦記」見たんだが

罵倒はしたくない。なので、言うべきことはナニもない。

以上。



多感なる厨房期に原作をこよなく愛した私としては、もう(ry