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銭湯のフェアリー

街角にヴィーナスがいるというならば、銭湯にもフェアリーがいる。

私がそのばあちゃんに会ったのは春くらいのことだ。ゲットーにふさわしい古式な建築様式の銭湯に通っているのだけど、以前は通うのは夜も8時過ぎてから。だが、その頃は銭湯に行く時間が夕方あたりだった。それで、私はそのばあちゃんに遭遇したのだった。

私があかすりで背中をんしょんしょとこすっていると、その腰の曲がった小さなばあちゃんは、人のよさそうな脱力した笑顔を浮かべて、「背中こすってあげようか」と声をかけてきてくれた。年齢的に、逆はあってもそれはないだろうと思って遠慮したのだが、「いいからいいから」と言われて、ついつい背中を流してもらった。恐縮しつつも、すみずみまで背中をこすってもらって気持ちよかった。流してもらって、「今度は私が」と言ったのだが、「いいよいいよ、私はもう流しちゃったから」と固持されてしまった。

それから何度か銭湯で遭遇し、そのたびにばあちゃんはニコニコと「背中ながしてあげるからね」と声をかけてきてくれて、それに甘えた。

とかく人情がないというヨノナカ、下町ならまだしも、と思うのは甘い幻想だ。平成の御代、かつては野良猫が闊歩し、ガキどもの声の響いていたゲットーも、すっかり活気なくふれあいなく、他人行儀に過ごすのがデフォルトだ。

そんなこんなで、人の良いニコニコしたばあちゃんを、私は心ひそかに「銭湯のフェアリー」と呼んでいる。

曜日や時間帯の都合もあり、フェアリーとの遭遇も間遠になっているけれど、いつまでもお達者で、そして幸多かれと思っている。つまるところ人の値打ちなど、死ぬときにそう想ってくれてる人がいかばかり居るかというところにかかっているのではないだろうか、と思うこの頃。

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