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2011年10月

トリエンナーレみてきたよ

体育の日の翌日だから空いているかと思ったら、そうでもなく。
旧き強敵(とも)と、トリエンナーレ見てきました。会場は横浜美術館。
他にNYKや黄金町も会場なんだけど、オクで落としたチケットは本会場のみ対象だったし、貪欲に見る気もなかったので……。
んで、さらっと印象だけ書きます。

・入り口のところに並ぶ十二ヶ月の塑像が、かわいかった。

・予算は足りなかったのだろうが、その分、見やすさにフォーカスしてて、とっつきよかったのでは。

・石田徹也のナマ画が(わずかといえ)見られたのは収穫。

・タイガー立石のナマ画もはじめて見た。もっといろいろ見たい。

・望遠鏡で覗く作品や音を奏でる作品なども、お客さん皆がたのしんでいた。よきかな。

・蝶の翅で作った作品は、ちょうど少し前に、乱獲でアマゾンの蝶が絶滅に瀕している旨を読んだばかりだったので、とても傲慢かつ残酷に思えた。

・現代芸術とは関係ない、妖怪コレクションもたのしかった。

いちばん胸に残ったのは、横尾忠則の「Y字路」シリーズだった。
実は、このY字路シリーズの盛り込まれた展覧会、同じ強敵(とも)と見たことがあるのだ。
どこにでもありそうなのに、夢の中のように懐かしく謎めいた、不思議なY字路たち。

で、今回の展示のほとんどすべて、今年の制作だったのだが……。
街灯もネオンもない、漆黒のY字路。そればかり並んでいた。

セザンヌの静物を前景に暗く塗り込めて、怯えるような、踏み迷うような、喪に服したような、暗い町並み。
震災直後の、息が詰まり胸が苦しくなるような、物理的、精神的な、あの夜の暗さが、まざまざとよみがえった。

「現代」芸術というのか知らん、しかしイラストレーターとして時代の寵児だった横尾忠則の、衰えぬ、「いま」を捉える皮膚感覚に、改めて敬意を表したい。

芸術というなら、数百年前に描かれた絵でも千年以上前の彫刻でも、人は感動できる。
けれど、いま、やがて歴史になってしまう、ささやかな今を生きている自分が、同じく今を生きている人間のARTに触れ、一瞬、時間を超えた「歴史の核」とでもいうようなモノに触れる思いをする。
この感動は、「現代」芸術ならではのものではないだろうか。

芸術作品に顕れた「私の陰画」によって、私は「客観視された私」を啓示のように知り、「歴史の中に埋葬されゆく私」を理解する。つまり「私のあてどなさ」にかたちを与えて成仏させられる、また、その対象となる「私」が普遍的であるほど、より偉大なアーティストのようにおもう。

……とかいっても、あまり定見はない。
ただ、いろいろな創作物をみていると、たまに、閃光のように胸にクることがある、その瞬間がたまらなく好きなのだ。

んで、帰りは、二人でみなとみらいのツタヤで立ち読み三昧して、「あ~、読みふけっていたい!」と二人ともに後ろ髪引かれる思いで帰ってきました。
さらに、風邪をひいたのか、夜には熱が出て、翌日はシゴトを休むというオチがついたことだよ。

実はまだ発熱が続いているけど、忘れないうちにおぼえがき。

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