読んだ本・借りた本

  • seiuchiの最近読んだ本

買い忘れないように

カレンダー

無料ブログはココログ

« 2011年5月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

上野の蓮と無料コンサート

おでかけ記録。昨日22日は、旧き強敵(とも)と、上野の「古代ギリシア展」を見にいきました。早起きして蓮を見に行こう、と言いつつ、ふたりとも時間に遅れるという、中年らしいユルさ全開。

古代ギリシア展は、私の好きな黒絵の壺もたくさんで、実によかったです。小物をからめて、民俗面の紹介が多いのも(目玉的な彫刻を数多くは借りられなかったという苦肉の策かと思うけど)、おもしろく見られました。

しかし、直球エロ系・薔薇族系なものもあったんで、私たちのような善悪の彼岸過ぎ中年オバたちはともかく、夏休みの勉強や教養のためと観覧に来た、小学生や老人会の皆さんは、どのように気まずさを回避したもんか、とも思われです。

で、上野の蓮を見たのですが、展覧会を堪能しすぎて、見に行ったときはすでに午後。ただでさえ3分咲き程度の蓮は、店じまいを始めていました。
Hasu1


Hasu2


明けて23日は、かねてから厳しい先生のもとソウルな歌レッスンをかさねているゲト山シスターが、馬車道駅の構内で、無料コンサートに出る、ということで、出かけてきました。

国内外のあまたの会議で数多くの司会をこなしてきたシスターなので、エンターテインメントぷりがハンパない。
さすがゲト山シスターの歌は、ソウルがあって、足の裏から出てくる声(つまり全身が歌ってるってこと)が、うまい! ゴスペルやってただけあって黒っぽさが違う。特に、少しアップなアレンジにした「Killing me softly」は好きな曲だったもんで、「最後までソロで歌ってくれ!」レベルで聞き惚れました。

また、ゲト山シスターのすばらしい歌声を堪能したのみならず、なつかしい顔にあえて、嬉しさしきり。みんな出張も観光もフツーに海外なので、出不精ドメスティックせいうちも、話をきいているだけで遠くに旅行した気分になれました。良識ある好ましい人たちが国内外を行き来しているのを見聞きするのは、あかるい未来を信じられる気持ちになるので、気分よろし。

ねこときんぎょ

うちには金魚がいるので、ねこは危険ではないか、という意見もある。
しかしまぁ、今のところは大丈夫だとおもう。必要だったらガラス蓋を再度つけよう(夏なので外してある)。

金魚は環境さえよければ、水槽でも何でも産卵する。
ということで、うちでも増えてしまった。
Kingyo
孵化して2ヶ月。メダカよりちいさい。

金魚は生まれて3~4ヶ月で色変わりをする。それまではフナみたいに黒っぽかったりするだけで、色は出ないそうだ。つまり、模様はあとのおたのしみ。とはいえ、おかーさんが丹頂なので、どうやらほとんどが白ではないかと。

しかし、この撮影のためにお椀に移しておいて、それを見事に土間でひっくり返し、一匹死なせてしまった……。
金魚たちにとって、ねこより恐ろしいものは、粗忽な飼い主。

で、その猫の写真。
Neko1

顔がほそいので子猫に見えないが、ミルクに大喜びな辺りは、やっぱり子猫。猫じゃらしでひたすら運動させて、一日たいへん。自分でも、しのびより突撃とか、いろいろバリエーションをつけて狩りの練習をしているようで。

利発そうだし実際かしこいが、神経が細そうなので気がかり。目ヤニを拭くのは、あまり嫌がって暴れるので2日に1度くらい(獣医さんには病気はないと言われたし)。

とりあえず、近所に「迷い猫保護中」と貼っといて、一週間ほど様子見……。「うちの猫が拉致された!」とか言われてはこまるので。

Neko2

ちょっと目を伏せてると、頼りなさ感が出てしまう。何とかたくましい猫に育て上げなければ。

なぜかうちに猫がいる

こちらで書こうと思いつつ書いていないが、今年の1月の末から、うちには金魚がいる。
もちろん、能動的に、飼ったからだ。
金魚たちについて、この間の経過を書こうと思いつつ時間ばかり経ったので、別途せこせこ書き始めていた。
自分で能動的に生き物を飼うのは初めてなので、なかなか新鮮なことばかり。

で。
今朝おきて、台所に行くと、連れがべたーっと板張りに座って、小さな白ねこを撫でつつ、笑いかけてきた。
「ほら、ねこがいるよ」
「……どうしたんだね」

なんでも、朝っぱら買い出しにでた帰り、家のすぐ下で、にゃ~と死にそうな声で呼びかけてきたとのこと。
痩せてはいるが、とても人なつっこく、おなかを空かせているようだったので、買ってきたばかりのベーコンを少し切ってやって時間を稼ぎ、その間に猫缶を買ってきて、食べさせてたところだそうだ。

「……そ、そうか……」
その猫は気の毒に、上から見下ろすとハッキリと背骨が見て取れた。
こちらを見ると、すてすてとやってきて、足にまといついて、嗄れきった小さな声で鳴きかけてきた。ミニミニというわけではないが、成猫ではないサイズ。自分でエサは漁れても、縄張り争いに耐えられそうもない。
エサを食べ、水を飲むと、力尽きたように横になって、寝てしまった。

「ど、どうすんだい……」
と、相談に部屋に戻ろうとすると、ぱっと目をさまし、嗄れた声でにゃぁぁ~!と小さく鳴きながらついてきた。
どうにもこうにも、独りでは居たくないようだ。エサを食べていてさえ、場を離れようとすると必死についてくる。

一日の予定も何もあったもんではない。
不安げな猫をなだめて猫トイレやエサやをホームセンターまで買い出しに行き、帰ってきてからは相談やら検索やら世話に追われる。少しでも人の姿が見えなくなると、世にも悲しげで不安げな雰囲気をかもしだすので、料理を作るのも、足もとですりすりされながら包丁を振るう有様だった。

「か、かわい~!」 とかいうよりも 「だ、大丈夫なの?」 というのが今の偽らざる心情。

あまり汚れていなかったところや、異様なほどの人馴れや、トイレの振る舞いやらを見ると、「おそらく、飼育下で生まれて、ある程度大きくなったところで捨てられたのだろう」というのが、私らの推測。
なんというか、罪なことである。
猫に聞いても、かーちゃんや飼い主の話はしてくれはしない。それがさらに哀しい。

猫の里親に名乗り出たとしても劣悪条件すぎて断られそうな世帯なもんで、さぁ今後どうなるかはわからないが、とにもかくにも、これも縁であろ。できるかぎりのことはしてやらねばとも思う。
人の姿が見えなくなったときの、不安げで悲しげな鳴き声は、あんまりにあんまりすぎる。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年8月 »