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2011年3月

原発関連……ずれた位置から見てみる

ノー・スキルの人間にできることは限られているので、被災地にはせめてタマ(お金を政治家はこう呼ぶそうな)だけは持たせねばと、ネット上で貯めたポイントあらいざらいとか小金をお送りしておいて。あとは粘着気質的に、数年先に、傷ついた人たちが苦しい立場にさえ立たされてるなんてことのないよーに、じーっと監視することにして。

原発関連のハナシ界隈……ダーティ&エグい話は抜きでね。書き始めると、「一晩でも二晩でも聞かせちゃるけぇそこに正座せいや」になりかねないので。で、心に響いた文章を、いくつか紹介。


ログ取ってないけど某匿名掲示板でのカキコ。原発立地県にハコモノが立ち並ぶことを引き合いに、「今まで甘い汁を吸ってたんだから自業自得」とか口汚く罵るレスが続くなかで、つけられたレス。ログ残してないので文意のみ。

“そういう働き口があれば子供が都会に行かなくてすむから。年寄りは子供たちと一緒にいたかったんだよ”

……うちの亡きハハはそんな状況になりたくないあまり、自分が上京して首都圏で見合い結婚したという事実(そしてその悲願は半世紀後に四人の子供全員に看取られる形で成就)。そんなこともあって、しみじみ哀しかった。


1101新聞でリンク張られてた元東芝原子炉設計部長さんのレポート

ここで前提とされる原子炉の損傷状況は官邸レポート以外まともに出ていないので考察それ自体については抜きにして……。モノをつくる人のかなしみに満ちた末尾の一行に、「自分が何を忘れていたのか」を思い出させられました。

物質それ自体に善悪は無い。
原子力という作用がなかったら宇宙探査なんて不可能(太陽光の届かない空間では原子力電池以外の代替案は無い)。放射性物質が骨ガンの痛みを温熱で癒す治療法だってある。


ちなみに、世界で初めて(1934年)原子核の殻模型を考えだし、ひいては世界で初めて(1944年)今日つかわれる原子炉(非均質炉)のもとになる理論をも提唱していたのは、日本人なのだとか。東北大学の彦坂忠義という方。
この方は「陽子と中性子が原子核内ではっきり分かれ、しかもその間に、宇宙最大のエネルギーが潜んでいる。だから人類は、それを悪用せずに制御しなければならない」と言っていたとか(ソースなし)。

東北大学ゆかりの人々:彦坂忠義

世界が原爆開発に狂奔していた頃に、原子力エネルギーを人類の未来に役立てる方法を考えていた先人がいた。
その高潔なこころざしを無視して、目先の欲にとらわれてきた、その末が、これなのか。

今こそ昭和を喧伝

職場でも、数人のご自宅が計画停電に当たっている。家に帰ると真っ暗なんだよね~と嘆く課長に、「いいじゃないっすか、今晩はキャンドル・ディナーで」と言ったもんで、うちの職場では停電に当たってしまうことを「キャンドル・ナイト」と表現するよーになった。キャンドル・ナイトは夏至の日に限らずともいい、ということで、ひとつ。
まぁ、一般家庭はそれですむが、病院とかはそうはいかないので、早期復活をねがいたいところだ。

とはいえ、その前に「日本は電気使いすぎじゃん?」というのは前々からのこと。欧州なんかだと、スタンドひとつや間接照明とかで優しく夜を照らしてて、こころ安らぐものだ。炯々と蛍光灯で照らして夜を追っ払って豊かでございというのは、暗い時代に苛まれた人々の当然の希求だったとして理解はできるが、ずーっと引き摺ることもなかろ。

帰路につくと商店街も街灯を早々に消していて、「おお、町の暗さが昭和してる」と思わされた。棚に商品のないコンビニなどを見ると、「おお、むかし、町にあったよろず屋のようだ」と笑ってしまう。

職場の20代に「昔はもっとモノがなかったし、町だって暗かったし、果物はまずかったし、農薬もバリバリ使って農業やってたし」ってな話をすると、なんか盛り上がって、さらに年配の人々が「チクロ喰ってたし、光化学スモッグ警報とかバンバン出てたし」とか、日本のワイルドな時代を語る。そのうちDDTを振りかけられたとかメチル飲んでたとか、そんな話になりかねないレベル。技術立国だとか経済大国だとかになってからしか知らない若者は驚いていた。これは、先人が生きてきた記録が伝えられていないのだなー。

ということで、「昔のヒト」は若い人々に、日本が世界中でペコペコ頭下げてモノ売ってきたわパクリは多発だったわ移民(棄民)はするわ公害まみれだわ争乱バリバリだったわ、てな中を今日までたくましく生き延びてきたことを、きちんと伝えるよろし。そのうち伝えようと思いつつ、そのまま機会を失う時だってあるのだから。
……元気を出すために「はだゲン」でもまた読もうかな。

※てか、公害であんだけ汚してきて、今度は放射能かよ。山や土や海やいきものを思うと、もう、何といっていいのか。

買い占められの町、だがしかし

昨日は牛乳が町に無く、カフェオレが飲めなかった。しかたがないので、今朝は都合で早くに起きたことだしと、はやくに買い出しに出た。いや、徒歩3分の距離だけど。

地元ゲットーといったら、もはや人間の耐用年数をはるかに越えてもまだまだ生きる気まんまんの老人に充ち満ちているので、しょぼいスーパーにもかかわらず、しかも開店から15分というのに人出いっぱい。「なんでこんな早くからこんなに混んでんだよ!」と悪態をつくオヤジもいたが、まさにオマエが言うなの世界。
輸送の都合もあるのかもしらんが、棚はガラガラ。いつもこれくらい売れていればもう少し値段を安くもするのだろうか、とつい思ってしまうことだよ。つか、みんなそこまで大食漢なのだろうか。この辺りのジジババは、たしかに朝からステーキ平らげそうな面構えではあるが、節操のないことだよ。

さいわい少しばかり牛乳の在庫があったので、やれ嬉しやと一本カゴに入れ、さらにおやつなぞも入れて、レジにならぶ。
しかし見回すと、みごとにお米がない、パンがない、カップメンがない。だが。
(……??)
カップメン98円の棚に、ふたつばかり、見慣れぬカップメン容器。
好奇心に手に取ると、「スープ入り焼きそば」とあった。
「新食感! 湯切りをしない焼きそば!」とのこと。なんという、けれんのワザ。
レジのおばちゃんが、「あ、それ、ペヤングのだけど……。買う?」
私はなまぬるく微笑んで、棚に戻す。おばちゃんも(だろうねぇ)という顔で、そのままレジを続ける。

こんな事態で棚に残ってしまう辺りが、狙ってスベった感、10倍増し。ペヤングの開発担当者の心中いかに。

※あまりの情況が(現在進行形で)続いているけど、正直、考えを向けると、感情が止まってしまう。ささいな募金や節電のほかは、何とか良い方向にむかってくれ、と祈るしかできない。しょーもないネタで和める日が多くの人のうえに戻ってきてほしい。

11日の昼、連れと公園を歩きつつ、春のうららかさに目をほそめ、おもわず「生きとし生けるものよ、幸福であれ、安穏であれ」と想っていたのが、あまりに遠い日のようで、つらい。

いちおうまとめにリンク

【注意】輪番停電を装う不審者にご注意ください
情弱系の身内のために、リンクしておきまする。
しかし出所がわからない情報なので、単に不安を煽る要素にならないよう祈る。
どっちにせよ原発がらみもあるので、こんなコトがなくても、むやみにドアを開けて外気を取り入れないほうがよいかと思われ。

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