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2010年8月

「仁義なき戦い」 オリジナル五部作/この世界の片隅で

日本の夏は戦争を回顧する季節。てなことで「仁義なき」シリーズをようやくに見ました。日にちをおきつつ。
しばらくニセ広島弁が飛び交うほどに、よかったです。うん。
役者の使い回しが凄すぎるとか、女描かせるとダメダメすぎて死ぬとか、アラは数え上げればキリがないのですが、そこは当時の映画会社の撮影体制とか、実質一年半で五作撮られているスピードとか考えれば仕方ない。
それを上回って、役者パワーが異様にあふれまくってて、ほんと圧倒されました。えがったー!!

んで。シリーズ第二作の「広島死闘編」では、広島ロケが行われてて、通称:原爆スラムが映っておりました。撮影時期にはぎりぎり残っていたんですな。マンガ好きの方はおわかりかもしれませんが、こうの史代の「夕凪の街桜の国」でも出てくる場所です。
そこで図書館で、被爆者たちのその後の暮らしを描いたルポ「この世界の片隅で」((未読ですが)こうの史代の「この世界の片隅に」の題名はこの本へのリスペクトなのでしょう、「夕凪の街」も「夕凪の街と人と」へのリスペクトと思う)を読んだりしました。
1965年の本だけあって、まだ生々しい傷いっぱいのドキュメントでした。
被爆者のみならず、差別を受ける者たちは片隅に追いやられ、悪意と偏見に曝され、復興に向かう街から取り残され、貧困と絶望のなかでようように生きる。そこに被爆の後遺症が追い打ちをかける……。なんか読んでいてツラすぎ。「見よ、虐げられる人の涙を。彼らを慰める者はない。」というべきなのだらふか。
ちなみに、戦後まもなくの被爆者救済運動とそれに対するGHQやご用医学者の妨害、ようやく推進されていった運動の分裂などなどの諸事情も、ある程度アタマに置いて読むと、さらに理解が深まるかと。
「仁義なき戦い 頂上作戦」の中のボーヤ系ヒットマン(小倉一郎!)のバラックも、おそらくこのスラムにある設定だったんだろうなぁ。また、「広島死闘編」では、シナリオの笠原和夫は男女の愛にからめて差別問題も描きたかったけど、時代的に無理で断念したそうで。

この本の中で、真に悲惨におもえたのは、原爆のとき一瞬にして母親が全身血まみれ丸裸の赤鬼のような姿になったのを目撃した少年が、やがてヤクザとなって非道を尽くすが、そのたび、あのときの母親の姿が蘇り「あれが許されるなら世の中に許されないことはないわい」と無感動に思っていた、というエピソードでした。
そういえば、水木しげるは、戦争後しばらく、他人がどんなにひどい目に遭っているのを見ても、「本当に悲惨なのは戦場で殺されていった兵隊たちだ」と、ついぞ同情の念なぞ浮かばなかったそうな。
人間の争いの一番ロクでもないところは、人の心のなかの共苦の泉を根こぎにしてしまうところではないだろか。んでもって、根こぎにされた人間はまた、躊躇なく他人のその部分を根こぎにすることができるようになるのだ。
前線にいる人間が生き死にするってだけの問題じゃない。

ま、そこまでディープに追っかけなくとも、「仁義なき戦い」は面白いです。
今の若い人にとっちゃ、「これってどこのアジア?」って感じになるだろし、一種ファンタジーのようにすら見えるかもしれません。ヤクザ映画と考えるより、香港ノワールとか、別の国のギャング・ストーリー的に見るのもまた一興。ドンパチいっぱいの、迫力系な娯楽映画でもあるわけだしねぇ。
とはいえ、昭和を知る者にとっては、スクリーンからクる情念の重たさが「まさに昭和だー!」って感がいっぱいです。どうにもこうにも成仏しえないものが渦巻いていた、それが昭和という時代なのでせうか。

アタリだったもの(「航路」「仁義なき戦い」)/大ハズレだったもの(「地球で最後の男」)

しかし暑ぅおますな。ガリガリ君の当たりくじではないけど、アタリだったもの、書いておこう。

コニー・ウィリスの「航路」、上下巻でぶあついのですが、あまりに面白く、がーっと読み通しました。
臨死体験モノの小説といってもトンデモ系ではございません。つーか、「トンネルが……」「光の道が……」「お花畑が……」「天使が……」てなイメージを、『死後生の存在確定!』とか短絡させるのは、どうにも違うであろ。むろん、死んでいく人や遺された人の慰めとして一概に否定するもんでもないし、なんでも「脳が脳が」と言い募る昨今の風潮も、なんか違う気もするけども。
しかし、90年代からのSFの女王ということで読みましたが、実に巧い。てか、“いわゆるSF”でなく、昔ながらに楽しい「おはなし」の名手ですな。昔のドタバタ・ラブコメ風にべタな人物造形を魅力的に活かす、キャラ立ての魅力ももちろん、あまりにも見事な伏線のレース細工には感動。視点がころころ変わる文体から、作品中のほんの些細な小道具までが、作品のためにみごとに活かされている。日本でいえば宮部みゆきみたいだとか評されていたが、宮部みゆきってここまで巧いの?(「火車」しか読んだことない)
ポップコーンを食べながら楽しめるドタバタ風の導入、ミステリ仕立ての中盤までの引き、途中の「え゛え゛ーっ!」てな大展開から、しみじみ感動的な終盤まで、じゅうぶん楽しませていただきました。損はさせない読後感。
短編集「最後のウィネベーゴ」に収められた、「スパイス・ポグロム」なども、ドタバタラブコメSFというか、とてもキュート。作者はきっと人間的にチャーミングな女性なのだとおもう。

さて映画のほう、アリエッティの評判もいまいちだし、とDVDをたのしむ。
連れがジャケだけで、「地球で最後の男」
という史上最低レベルの作品を借りてきて気力を喪失し(さいわい私は見ていない)、翌日に借りた「レディ・イン・ザ・ウォーター」……ナイト・シャマランの名を地に落とした迷作……に、「いまキミは引きが弱いんだ」と、私が選ぶことにしました。んで。
「仁義なき戦い」をえらびました。
いや~、名作だった。テンポ早い!カメライキイキ!役者がテカテカに脂光ってる!
バイオレンスで、コメディーで、せぇしゅんで、戦後ギラギラな映画でした。テンポ早いので、ぼーっと見てると抗争関係図がわからなくなります、注意。かの「はだしのゲン」をさらに理解するのにも役だった気が。
しかも、まだシリーズ最高傑作の名を争う「広島死闘編」や「代理戦争」も待っているかと思うと、ワクワク(役者の使い回しが多いようなので、間を空けて見ていく予定)。
暑い時期に暑苦しいもんを見てどうする……って感じですが、ちょっと元気が出ますぞ☆

ちなみに、「地球最後の男」(「地球最後の男」にあらず)、壮絶な駄作なようで。ネットでの評価もすごい。
原題「Dark Heaven」でひくと、米Amazonでは、☆1の良心的な人々と☆5を入れる回し者?のコメント煽りが見られます。「買うな!借りてもダメだ!」「なんでAmazonには☆0評価がないんだ!」「☆5を入れてる奴、気は確かか?」等々、見たこともないレベルのレビューが見られます。日Amazonでもスゲー評価なので、ぜひコメント欄を見てみてね☆

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