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2010年4月

料理の嵐!

心おだやかに日々を暮らしているのだから、なにかしようと思っても、このところの陽気もあって、まったく馬力は出ない。ただまったりとしている。
このところの異変といえば、休みごとに(といっても今は平均二日に一度ペースで休みだけど)、ひたすら料理をつくりまくっている。

ことのはじめは、「自作おかずを入れたおべんとうを作って持っていこう」という考えであった。前のブラック禅寺企業のとき、冷凍食品だけを詰め込んだ弁当を毎日毎日たべていて衰弱したし。

これまで料理については、格段にウデが上の連れにまかせきりだった。また、朝から料理するなんて不可能だ。だが、「一週間保存可能なつくりおきおかず」の本を買い込んで、「まぁ試しに」と作ってみた。もちろんすべて計量通りに、ごく忠実に。
これがなかなかイケる。
しかも4人分レシピの分量に忠実に作るもんだから、お弁当のみならず、「つくりおき晩のおかず」にもなる。みそしる&ごはんの用意さえすればすぐ食べられるし、休みの朝も昼も常に食べるものがある。すごい。

おかげで。けっこう料理というものをたのしんでいる。
好きなもんを好きなだけつくって、いただきますと囲む食卓は、実に命のやしないって感じである。
いいトシこいているので(つーか昔からそうなんだが)、一汁一菜でじゅうぶんだし。
しかも失敗作の処置については、味の許容範囲が広い実家の兄に持参する、という奥の手もある。いまのところ成功例のおすそわけぐらいしかしていないが。買い置きのカップメンも、ホコリをかぶっている状態である。

(近所の八百屋「やおやさん」で、ぐっとくるキャベツとの出会いがあったことも記しておこう。春キャベツの天上的なパステルグリーンはすばらしい!)

慣れてくれば少しは手も早くなるのだろうが、今は全身全霊をこめて(笑)習得に努めている状態なので、休みの日はかならず二、三品つくっては冷蔵庫にほうりこんでいる。
強迫観念っぽくもあるが、作っておくと味が馴染んでまたおいしくなるレシピなので、さっさと作っておたのしみにしようという気持ちにもなるもんだ。
なんだか、クルミを埋めるリスのようだなぁ。ということで、忘れてしまわないよう、冷蔵庫には「現在の保有おかずリスト」を書いて貼り付けてある。

母親は自分にとって、何にもまして「いつもごはんを用意してくれていた人」であった。
意図的にやってたわけではなかったが、思うに、これはこれで、長い長い喪明けにふさわしい、自然なことであろ。

布施するつもりが布施られ属性

きょうはおたのしみの月いちボランティアの日。
最近は「食欲がいまいちの時はムリして食べない」ことにしているので、朝ごはんはたべずにでかけた。用事が重なっているので、昼もたべられないかもしれない、と思いつつ。

んで。
予定も知らずに行ってみると、「ちらしずしトッピング」……??

受付をしていると、豆のようなお子らが、おかーさんに連れられてやってきた。全部で7,8人という適度な数。2才くらいのお子ばかり。つまり、圧倒的に異生物であり、破壊的にかわいい。オーラで会話するしかないようなレベルのこのくらいのお子たちは、実に実に、見ているだけで問答無用に、よろしい。

ちなみに、いまの職場(公共の貸しホールの受付)でも、バレエやダンスの発表会でちびっこがたくさんやってくる。上のおねーちゃんたちの付き添いで、おかーさんたちが、このテの豆ちびたちを連れてやってくる。そして皆、例外なく、広いところに出ると、走りまわる。どうなっているんだ、人間って。
目で見てたのしいうえに、テツガクさせてくれる、なんかよくわからない年頃の存在たちである。

この月いちボランティアは、保育園に入る前のお子さんとおかあさんを対象にしており、食育も講習にふくまれている。……ということで、食育の日であった。
「ちらしずしトッピング」とは、ちらしずしに、チーズ(型抜きが用意されている)、おくら、プチトマト、桜でんぶ、錦糸卵、甘く煮たにんじん、ブロッコリなど、さまざまに彩りよくバランスよくトッピングして、みんなでたべよう!というもの。
そこで、ケアプラザの人たちが用意した、ちらしずしをセコセコ配っていると、「ボランティアの方もどうぞ」と、勧めていただいた。手伝いしにいってナニも手伝いしちゃいないのに、恐縮……。でも、らっきー☆

おかあさんとお子たちが睦まじく、先生たちが実に見事にうるわしく、ちらしずしにトッピングしている間に、アバンギャルドというよりダダイズム風にトッピングし、竜巻のように食べ終えてしまった自分が、ちょっと恥ずかしい。

所在ないペンギンのように佇み、こどもにちょっとあそんでもらって喜んだり、机を片づけたりする力仕事(これくらいしかできない)をしているうちに、たのしいボランティアは終了。
シゴトの都合で毎回は来られないかとおもいますが今後ともおねがいします、とケアプラザの方に言い、こどもとあそぶのは好きですがスキルは皆無ですがパソコンのことなら何とかなるかも、と言ったところ、いたく喜ばれた。
ずいぶんなブランクで型落ち処分品レベルになってるかもしらん身だが、それでも喜んでもらえるなら、身に過ぎて幸福であることだよ。

午後はブッディスト姉と自宅にて今さらながらお彼岸の供養……という名目での、お経の Power Play。
実は読経は奥深いもので、安定しつつ集中しつつ拡散しつつ、みたいな意識状態を維持するのは、きわめて困難。しかしそういう意識レベルにならないと、真のグルーブが出てこない、つまり周囲に影響を及ぼすことはない(騒音にはなっても)。どのような儀式も……アーティストのパフォーマンスも……、そういうリクツと思われる。ひとつの結晶ができることで、周囲に連鎖反応を巻き起こされる感じだろか。
もちろん、パワープレイの道は遠く遙か、だがのんびりとたのしく。歩くこと自体がたのしみ。

今日は晩ごはんを食べるまで、口にした固形物は、みな周囲からの頂きものでした。ありがたいことですな。

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