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みらい

マイケル・ジャクソンが亡くなった。私のせぇしゅん時代における世界的ポップ・アイコンであった。

などと枕を振っておいて。

今日はいろいろとでんわをかけ、好きな人たちと話したのだが、極道クリスチャン姉の話によると、いまやこどもの置かれている状態はたいへんにナンギだとか。3つか4つのこどもに6つも7つも習い事させるって何やねん。……親が期待をかけてるっつーよりも、うちで面倒を見たくないということらしい。まるでペットやな。そんなこんなで情緒的に安定しない、自信のない子が増え、さらには多動児なぞもおおく、公立中学なぞは1/3がふらふら立ち歩いてて授業にならないとか。いったいどういうことなんだ。

冒頭にひいたマイケルなんぞも、奇行で騒がれまくったヒトだが、ガキの頃から天才であると同時に虐待ずくめのコで、学校にもロクに行かせてもらえずにステージ回り、ナイトクラブの楽屋で父親や長兄が女をレイプ同然にヨロシクしてる横で膝を抱えてうずくまり、父親に殴られながら歌を歌わされ……、とかもうなんかむごい子供時代だったそうだ。さらに後年、苦悩から逃れるため母親と共に信仰してたエホバの証人に「スリラー」PVを否定され、自己批判までしたのに許されず……とかいう気の毒にすぎる話もあるらしいが。

親の不幸を託されるという意味で、こどもというのは気の毒な存在である。
こどもを持たぬ身で偉そうに言えないが、親はできるだけしあわせに(おしあわせに、ではなく)暮らすのが、子供のためであろ。いや、親が「しあわせ」を計り間違えてるから、そのぶん子供が不幸になるのだろうが。
この時代、親もたいへんだし、こどももたいへんである。

とりあえず、こどもがない身のひとつの義務として(生きながらえられるのを前提として)、自分が出会う自分より若い人に対しては、できれば少しでも、自分が今までに出会ってきた「好きなおとな」のように接していきたいものだと思ってる。
……いや、“因業で貧乏で変なシュミで下品だが、なんかあまりキライになれない” という、東陽片岡の世界的なヒト程度でいいのだが。そういうヘンテコだけどキライになれない、つまりは等身大の大人というのは、昔は良く界隈に居たような気もするのだが。かっこよくもリッパでもないけど、精一杯生きてる大人。

昔は村が町が、そして一昔前は企業が、共同体として機能し、いま“機能する共同体”というのは何なのだろうか。こどもが安心できるゆりかごがどこにもない、というのは広義の意味で虐待に入るのではないんだろか。

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