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2009年3月

聴けるうれしさ(生きる日々)

うれしげに吉井さんのアルバムについて書いたが、実はけっこう長いあいだ、うつの影響だろう、音楽をまるで聴けなかった。どこに行くにもチューインガム持参、「No Music No Life」みたいな私だというのに、そうなってしまったことに自分でもびっくりしていた。こうして音楽をたのしめるようになったのは、回復してきたということか。

うつ真っ最中は食欲や性欲や睡眠欲やらがなくなるが、精神の食べ物も天然に近いものしか受け付けられなくなってしまうようだ。
で、本なぞは「読まないと……」と思って読んでも、読んだはしからサラサラとアタマからこぼれ落ちる。
だいすきな音楽も苦痛にしかならなくて、半年以上にわたって、ほとんど聴けなかった。聴けるのは、連れがたまにかけるバッハくらい。モーツァルトでもキツかった。オーケストラもレンジ全体を受け取るのがキツくて、ピアノやバイオリンソロどまり。

物忘れも激しくなる、何かを覚える必要がある場面でもかたっぱしから忘れていく。若年性アルツかとも疑った。
自分が馬鹿になっていく恐怖、キチガイ(あえてこの言葉を使います)になっていく恐怖というのは、ハンパではない。かんがえることだけで生きてるような自分なのだ、『もう死んだほうがいいかな』 という言葉がアタマのなかを朝から晩までこわれたテープレコーダーのように回り続けた。

本も読めないし、音楽も聴けないし、背骨が折れたみたいに布団から起きあがれないし。
誰でもいいから苦しい苦しいと訴えたい、メールでも電話でもチャットでもいい、と思っても。他人はすべて幸せに生きていて遙かに遠くて、こんな壊れた人間なぞマトモに相手してくれるわけもないのだし、何を話しても憐れまれるだけで内心で見下げられるだけで、ともかく自分が死んでも一両日くらいしか影響はない、どころかすぐ忘れられてしまうのだし、それどころか死ねば快哉を叫ぶ人間や当然の理だと納得する人間が多いに決まっている、と考え、だから誰にも話す必要などないのだ、そんなくらいならさっさと誰にも知られないように死ねばいいのだと自分に言い聞かせ、がくがく震えながら涙を流しまくって布団を掻き抱いて歯をくいしばる。

希死念慮はあっても鬱の原因のひとつといわれる「あれこれ悩みやすい性格」ゆえ、『ここで死んだら葬式費用も出せないし、保険もロクにかけてないから連れはムチャクチャ困るだろうし、部屋汚すような死に方すると大家(実兄)に迷惑かかるし、その前に死人が出た部屋じゃ借り手がつかなくなっちゃうし、でも外で死ぬにも人目がないところでなきゃならんし、けど確認しにくる遺族のためには確認しやすい範囲の場所でないと大変だしなぁ、プロバイダ代とかが払われなくなるならブログとかは先に消しておいたほうがいいのだろうか、でもそれで理由を聞かれたら何て誤魔化せばいいんだろう……』 などとチマチマ悩みすぎて、死ぬにも死ねないから生き続けるまいにち。

自然だけが救いで、だが自然にとぼしい町中では少ない草花と天気くらいしかなく、そいで曇りや雨だと、あらゆるものに見捨てられているような気がした。晴れの日でも太陽が沈む頃になると、永遠に続く夜に突き落とされるように思えて、歯の根が合わないような不安感にのたうちまわった。連れをつかまえて自分の苦しさを何時間も訴え続け、連れが嫌な顔をすると、人としてそこまで言うかのレベルの罵倒をした挙げ句、「私が死ねばいいと思ってるんだろ!」と連呼。そういうイカれた展開が連日連夜の上演。相手も神経まいるわな。

──なんでこんな「大変だったんですよ聞いてくださいよショー」みたいな真似をさらすのかとゆーと、息子さんが鬱で休職しているという初老の女性とたまたま話す機会があり、旦那さんがその鬱の息子さんに向かってグータラ病だの怠けてるだのと罵倒していると聞かされたからだ。
もちろん私は血相変えて、「殺したいならそうすればいい、旦那さんは息子さんに死んでほしいのか!? 頼むからそれはやめてくれ」と力説・哀願した。もはや他人事ではないのだ、アタリマエではないか。

“たまたま” 私の場合は二人の姉が居てくれたおかげでたすけられて、今のところキッツイ時期は脱してきてるようにおもう。相変わらず遠出はキツいが、すくなくとも希死念慮は去った。睡眠サイクルは相変わらずムチャクチャだが、たっぷり眠れてるので良しとしよう。
だが、あくまで “たまたま恵まれて” であって、そうではない人は、どんな苦しさで今この真夜中をしのいでいるか。

つまり……、せめてもブログを読んでくださる皆様方には、もしご家族やお知り合いに鬱の人がいたら、「ああ、鬱ね」な訳知り顔でスルーもいいのだが、“身なりも構わずダラダラして虚ろな目をした芋虫のようでウザいだけのこの人は実は、生命力のギリギリで「死へといざなう力」とせめぎ合っているのかも”、とおもう想像力をもっていただけないだろうか、とお願いしたいのだ。
でもって、その「死」が象徴的な死になるのか、現実的・物理的な死になるのかは、周囲が寄せる“愛”にも依るのだということも。


今日は、おかあさんから健康雑誌が届いた。
“いつも読んどる本に、あんたのためになるかもしらん記事があったから” と。
さっそく封を開け、それらしき特集をさがしてみたら、『うつな気分になったら』 とあった。
……気分……。思わず、くすりと笑ったが、たいそう嬉しかったので、さっそくお礼の電話をして、私の愛するのんびりした四国弁で心のよろこぶ会話に時を過ごした。

それから。
近所の公園で、一本の木の一枝だけ、ソメイヨシノがわらわら咲いていた。驚いた。
だがもっと驚いたのは、早速それを花見している家族がいたこと。地域最速の花見を目撃。

今日も、生きてた。生きて、こうしてたのしく音楽を聴ける、このよろこび。
今まで何度もコケてきたし、この先、何度もコケるだろうが。ともかく、いまは春めく風をよろこびたい。

優雅華麗なマハラジャ仏典&宮沢賢治と版画&いいぞ吉井さん

精神がヤバい時には、「よかった探し」が大事……探せなくなってる状態なら、ご一緒に医者にGo。
でも、「よかったこと」が思いつかなくても、「よかったもの」に遭遇なら、何とかなるもんです。

ここんとこ、仏典関係……中村元が解説してる仏典シリーズ(法華経や華厳経とか)……なぞを読んでいましたが、しかし岩波ワイドで読んだ法華経が一番よかった。
何がいいって、モロにインドっぽいんだもん!中学時代に ヒンドゥー教の神話っつーかお伽噺「ラーマーヤナ」を河出(※かわしゅつにあらず)書房の緑の全集で読んで、萌え萌えになった身にはたまらんですよ!
散文で話をつらつらと書いたあとに、もういちど偈(げ=詩句)のカタチで華麗に飾っておんなじ内容を繰り返す、あの形式。たるいと感じる人には限りなくたるいのですが、空疎だろうと何だろうと華麗な美文を愛する私には、中身の有り難さとかより何より、文学的にクるものがあります。あの謎の漢字の羅列になってしまうとわからないけど、本来は天然色フルカラー、踊るマハラジャの三千世界なんですね。えがった。

で、法華つながりで、宮沢賢治。「まんだら屋の良太」とかの土臭く泥臭いマンガを描いてる畑中純が宮沢賢治の作品に添えるカタチで版画を描いてた(彫ってた)と、ネットうろついててどこかで知った。なんかいいのでは?と思って図書館で借りてみたら、すごくよかった。
「宮沢賢治、銀河へ―版画絵本」
十年以上前の本でしかも絶版らしく、Amazonではふっかけてますが、図書館等で借りてみてください。宮沢賢治の文章はタイトルと抜粋だけなので、宮沢賢治の童話を読んでるのは前提となりますが……。
「これ以外あるのかな?」と思うくらい、実にマッチしてます。畑中純の絵が好きじゃない人も(私も実はそれほど好きじゃない)、絶対そう思うに違いない。嘘だと思ったら読んでみろ(←意味もなくデカイ態度)。
「セロ弾きのゴーシュ」とか、いくつかは独立のカタチで絵本になってるようなので、今度借りて(「買って」じゃない辺りがセコい)みようと思います。「宮沢賢治もイイね」と思う人は、ぜひ。

当面の職が見つかったからといって、赤貧嗤うが如しとiStoreで買ってしまった、昨日発売の吉井さんニューアルバム「VOLT」。DL販売だといちばん安いし、音楽はほとんどちゅーいんがむ(iPod Shuffle)で聴いてるもんで。
前アルバムの「Humming Bird……」は乾いた感じがカッコよかったんですが、私には乾きすぎてて、何と!オクで売り払った(んで新規サギに遭って超安値で売るハメになった)、初の吉井さんアルバムになってしまいました。
でも今度は、何ともロックで、歌謡で、フォークで、ブルースで、おサイケで、天然色で、白黒で、ほどよく湿ってほどよく熱い、吉井和哉ポートフォリオの総覧アルバム。聴いたことがあるよなないよなソースを全部ぶっこんで吉井さんカラー。同年代で生きられて幸福。つか、「ノーパン」というタイトルで、あんな曲を作れるとは。「またチャンダラ」なんてタイトルで、こんな曲を作れるとは……。うーん。ヘビロテ決定。
さらにシングルB面「くちびるモーション(Puffyに提供した曲のセルフカバー)」も加えると、The Yellow Monkeyっぽいカラーも加わり、実に極楽。
……でも、他人様がいるとこでは聴かないほうが無難なのは、吉井さん楽曲の永遠のお約束やね♪

貴君(きみ)の名は電光石火

月曜から労働することになった。他人事のように書いているが、なんかあまりに急スピードだったもんで。
とはいえ一日6時間労働……ただし週六日。でも2ヵ月の短期。

クリスチャン姉家族のとこを訪れ、可愛い甥っこと最後にぺたぺたとあそんだのが、おとつい。
その日の夜に、姉から「こーゆーの、どうよ?」と求人情報サイトの案件をメールで教えてもらい、「おお、いいねぇ」とそのまま深夜にエントリーして、ちんたらちんたらして、ぐぅと寝入った。
それが昨日の朝6時半。

爆睡の朝9時すぎ。ハケン会社から電話が入った。
「今日が募集締切でして、履歴書と職務経歴書もって11時に新横浜に来れます?」
──まだ二時間半しか寝てねェよ。
だが「はい!」とあかるく答えて、ぐわんぐわん揺れる立ちくらみ世界のなかで行動開始。人間、職もゼニもないと必死になるズラよ。
新横に駆けつけると、急なせいかどーかスキルチェックもなく登録させられ、「では職場見学をしますから13時半に横浜で改めて集合ということで……」。今北産業でUターンかよ。 orz
見学が終わったあとは、応募にきた他の人たちに自分から声をかけ、皆で和やか&賑やかに帰路についた。というのも、鬱×睡眠不足×花粉症×ぽかぽか天気=やばい感じのハイで……。
なんやかんやで家に帰ったらふらふら。しかし急場しのぎの大量募集だ、今回は見込みはあろう、と期待をかけつつ、23時頃にようやく寝付く。

そして今朝。睡眠サイクルの乱れゆえにクラクラと回る世界のなか、電話が鳴った。
「残念ですが今回は不採用ということで……」
……ずーんと落ち込む。大量採用なのに、交通費かかったのに、睡眠2時間半で行ったのに。
だが気を取り直し、夜に入れた他の面接の用意でもするかフテ寝でもするか、などとかんがえる。ダメージが大きいから寝たほうがよいだろう、と決めた。
と、また電話が鳴った。
「……あの~、大変もうしわけないですが、キャンセルの方が出ましたので、お仕事のほう、来ていただけませんでしょうか」

あらためて午後。合同説明を聞くべく、またハケン会社に行ったのだが。
「すみません、手違いで集合時間を30分早くお伝えしてしまいました……」
もういいよ、いいよ、なんでもいい!!

てんや&わんやが狂乱のタップダンスを繰り広げたよーな、Rollな展開の二日半。
就労時間帯と週六日勤の都合から、むこう二ヶ月ほどは遊びに出られませんが、もう何でもいいっす。疲労困憊しすぎて、シゴトがこなせるのかどうかとか不安にさえなれません。もはや心頭滅却。超おだやかなハンズアップの心境(from「聖☆おにいさん」)です。
「電光石火」の称号は、今回どちらかというと、極道クリスチャン姉に捧げ奉りたいっすね……。

もう三月かい

さむい日が続くけど、もう三月。こう雨や曇りが続くと、生活サイクルがムチャクチャになってしまうことだよ。てなことで寝起きで書いてます(夜の23時なのだけど)。

ここしばらく、ブッディスト姉の旦那様がやっている寿司屋さんの手伝いをしていますた。といっても、人一倍トロい私が店でキビキビ立ち回れるわけもなく、チラシ作りやショップカード作りのお手伝い。もともと得意ではないIllustratorゆえ、操作をキレイに忘れててナンギこの上なかったけど、やっぱしモノを作るのは熱中してしまうね。プロのデザイナー並みの完成度は求められなかったので(求められても困る)、下手の横好きでたのしく作れました。
京浜急行・金沢文庫の寺前というとこにある「喜之助」というお店なので、お近くの方など、機会がありましたら土日のランチなどどーぞ(宣伝)。店内はモダンだし、魚はむちゃくちゃ美味いし、一品料理はワザありだし。

ということで出歩く機会が増えてるからすっきり晴れてほしいけど、そろそろ花粉がつらい季節。重度のドライアイ&乱視&花粉のトリプルコンボで目が霞むこと霞むこと。眼鏡が手放せなくなって、ふと老いを感じるこの頃。

……老いといえば甥 (おい>自分)。

ちびっこの甥とはもうじき会えなくなる。とてもさびしい。
もともと子供好きとはいえない性分だったが、このちび甥ができてから、心底「こどもはかわいいなぁ」と思えるようになった。ぷくぷくほっぺが見られなくなるのも底抜けの笑顔が見られなくなるのも残念至極。会えなくなっても、幸福に包まれて素直にすくすく育っていってほしいものだ。

大きな甥のほうはマンガ家になるのだと決意したそうで、連日必死こいて持ち込み原稿を描いているらしい。先日、スクールで出されたお題で描いたという3ページものを読ませてもらって、正直びっくり。昨夏に会った時には「人体デッサンが……」とか言ってたのに、見事な画力を身につけていた。男子三日会わざれば刮目すべし。

私も早々に老け込んでいる場合ではない。また季節はめぐりゆくのだ、スローモーでも七転び八起きでも、自分なりに必死に、生きていこう、成長していこう、と思う。

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