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2008年6月

それはそれとして

……川端康成は大好きな作家だし、荒木飛呂彦の絵だって好きなんだけど……。

荒木飛呂彦先生、川端康成「伊豆の踊子」の表紙を手掛ける!

……どう評していいのか……。
いわゆるデペイズマンを狙ったのか?

もうこうなったら荒木飛呂彦に、川端康成の小説の表紙を片っ端から描いてもらいたい気さえしてきた。
いや、「掌の小説」を、全部、荒木飛呂彦にマンガ化してもらうとか(うわー!)。

そしてまたウロツキ

とりあえず職を辞しました。またかよ……って感じですが。月末までの残りは有給ぶっこみ。
もうへろへろ。つか、実際のところ、睡眠薬+安定剤で、集中力が飛びまくる状態なのをムリヤリ回してたけど……それゆえ昨日で完了できてたはずのシゴトに(いつもの如く)ミスがあって、最終日っつーのにギチギチなスケジュール。必死こいたけど完了できず。身から出た錆だけどトホホ。
ま、これで、一日が終わるたび、毎日毎日カレンダーに×をつけてた日々も終了。

とはいえ、もともと乱調から立ち直り始め&慣れない職場でKY状態→失敗ばかり→乱調→悪いめぐりあわせを呼び込む→さらに乱調→さらに事態が悪化、の負のスパイラルに陥ってしまっていたので、シゴトの流れ自体はともかく、客観的に見れば、さほど悪い職場環境や待遇ではなかったと思う。
それに、全体像が頭の中に入るまで何もできない飲み込みの悪さゆえ、単純ミスを連発して毎日罵倒されてる「うわ、コイツとは関わりにならんとこ」状態の「まるで使えない浮いた人」に対して、心配して何くれと声をかけてくれたり、いつも変わらず自然体で接してくれる、有難い人たちも、ちゃんといた。
また、派遣会社といえば「対応が悪い」のが通り相場だが、今回お世話になったところは終了の申し出に「体が第一ですから」と誠実に対応してくれた。

だから、「なんでこんなことになっちゃったんだろう??」と思う部分も多々ある。
でも、そう思えるようになった時に辞められたのは、幸せだろう。
なんというか、巡り合わせとか、相性ってもんはあるのだから。

辞める直前には、梅雨入りしたからムリだと思っていた屋外昼ごはん(鬱の時は自然がホントに効くんだ)ができた上、話に聞くだけだった「生まれたてのカルガモの雛たち」を見られて可愛さに感動したり、最終日には、人数が多すぎて入れないと思っていた昼定番のお店が貸し切り状態で空いてたり、「なんか祝福されてんのかな?」的な良い思い出もたくさん作れた。
皆様から寄せられた「元気になれ~」というありがたい想いのおかげかもしれない。


家に帰ったら、去年、小笠原で放流したウミガメの「里親証明書」が届いていた。
ちなみに、先日、懐がさびしい中だけど里親更新代を払ったら、その翌日、ごくわずかながら「税金とりすぎてたので返します」という通知がお役所から来てたっけ。

そして……小笠原で買った時計を職場に持って行っていたのだが、家に帰ってみたら、なんと、シゴトを終えて会社を出た時間を指したまま、見事に止まってた。電池切れだった。


この季節、横浜駅に降りると、生臭くて懐かしい潮の香りがする。
こうして夜中に部屋の窓を開けていても、やっぱり潮の香りがする。
稚いウミガメを放流しても、成長して産卵に戻ってこれるのは100頭に1頭だとか。
ウミガメに明日の保証なんかないけれど、ウミガメは広い広い海を泳いでくしかないのだ。

ま、明日は熱だしてぶっ倒れてそうだけどね。まずは睡眠薬なしでも眠れるようにリハビリしよ……。

PC相当ヤバす

前からヤバすだったPC、今ではちょっと使ってるとリブートしちゃう……。確実に。
やはり代替策を考えなければ。ともあれ、来月には完全メンテしてやろう。

土いじり

鬱のときは自然が効く。ホントに。
だが、ここんとこ、休みになると微熱が出ちゃってるので、出かけるのは結構たいへん。
今日も微熱は続いてたのだが、それでも気晴らしにと実家の花壇(といってもプランター群)をいじった。鬱々として放置しているあいだに、すっかり枯れ果てて見苦しいものになっていたし。
土の入れ替えもせず、単にちょこっと引っこ抜いたり植え足したりして、一時間程度しかやらなかったけど。

昔々、どっかの酔っぱらいがそのプランター群にゲロ吐いてくれやがったことがあり、激怒したハハが貼り紙を出したことがありました。その文面。
「-吐いた方へ- お花も土も死んでしまいます! やめてください!!」
「土も」のくだりで、そんなこと思いも寄らなかった私は、「やっぱ園芸が好きなんだなぁ」と思ったっけ。

いまは何つーか鬱状態な日々で、植物でいえば「球根化」ですが(当分は続きそうだし)、それにしたって回りに土の養分がなきゃ干涸らびて死ぬだけなわけで。人間だって、光が見えないときには、いろんな人々からの愛情を栄養に何とか根っこ増やして生きてるんだよなぁ、なぞと改めておもったりして。

てなわけで、祝うトシでもない日なんですが、あらためて皆様に、深々と感謝。

アキバは遠くなりにけり

「ぷらっとほーむ」の本多のオヤジさんが6日に亡くなられたそうな。
私はディープなマイコン・電子系マニアではないので、実際おはなしすることなんてなかったが、そんな私でさえも顔は知ってた、アキバ名物なオヤジさん。私がよくアキバに行ってたのは十年以上前か、いかにも工学系な学生たちと商売そっちのけで楽しげに話してたり、ヤマギワ近くのドトールで偶然となりの席になったときに「こんどサーバセンター作るんだわ」なんて元気な話をしておられたことを思い出す。

わけのわからん再開発で、食い物屋は増えたのはまだいいが、人を食い物にする会社も増えた、人出を食い物にする観光地にもなった。そいでもって、あんなワケのわからん事件も起きてしまうし。
なんか、ねぇ。「軽犯罪」どまりの街であってほしかった。

書いたつもりが消えていた

……せっかく昨日エントリ書いてたのに消えてしまったので、記憶をもとに再投稿。

日曜は、長姉のとこにいって、甥(もうすぐ22歳)と遊んできた。
なんでも、マンガを描きたくなったとかで懸命に描きはじめてるのだが、「デッサン力がない」とか人にいわれて悩み、回り回って、絵が好きなオバに「何か話をしてやって」ときたわけだ。
私のデッサン力なぞは中学生レベルなのだが、創作する人間とのトークは人生でもっとも楽しいことのひとつ。よって「つまらないデッサンをどうやって楽しいものに変えるのか」を中心に、スパークに煽りまくってきてしまいました。
描けないというからには、どんなトンデモない絵がでてくるかと思ったのだが、けっこう見られるものになっててビックリ。今どきGペン使いとは珍しいが、それでも、何百枚も費やして描けるようになったという線は流麗で、かなり感心した。伸び盛りだなぁ、などとしみじみするオバであったことだよ。

……って、お絵描きできるモードまで戻れますよーに(苦)>自分

ヘンリー・ダーガーの映画みてきたよ

今日はクリスチャンの姉と一緒に、ヘンリー・ダーガーの伝記?映画を観てきた。義兄のご好意に深く感謝 m( _ _ )m。
以前、いちど見にいこうと映画館まで行きながら、結局は観ずに帰ってきた経緯がある映画だ。鬱のときに観る映画か?という気もするが、自分にとって、すさまじく示唆的な映画ではあった。

観た直後の感想は「ピントのズレたヨブ記」

まあもちろん、「失楽園」のものがたりでもあり、20世紀初頭の問題行動児の処遇の悲惨なものがたりでもあり、光と闇の新世紀都市シカゴの片隅のものがたりでもあり……。少女時代に隣人だったという初老女性には「私は彼を狂人だと思ってました。ああいう人は貧乏だと『狂人』、金持ちだと『変人』。貧しかったからつまり、狂人よね」とさらりと回顧される、どこまでも孤独な人間の、「非現実の王国」と「現実の人生」のものがたり。

現実の世界では、厭人癖の変人の無口な清掃人。だが孤独な生活のなか、誰に見せることもなく、60年以上に渡って1万5千ページあまりの異様な「非現実の王国の物語」(それもレターサイズでぎっちり行間のつまった!)を書き続け、さらに数メートルにわたるサイズの挿絵を300枚以上も描きつづけ、おまけに何千ページにも及ぶ自伝や天候日誌も書きつらねていた……って、もう絶句するしかない。「表現しないと生きていけない」なんて陳腐な言い回しを、生きて実証されてしまうと、どうしていいのやら。

まぁ、ほんとに、なんつかー……私の感想としては、「ヨブ記」なんだよね。
とはいえ、現実の人生でお気に入りのモデル写真を紛失したといって、神に祈り、聞き届けられないといっては神を呪い、非現実の王国でキリスト教国軍の敗北と大虐殺を繰り広げたあげく、三ヶ月休筆してやる!と一人で息巻いて、しまいに、タブロイドに載っていた「強盗犯が絞首刑になって地獄に堕ちた」なんて三文マンガを読んで、回心して泣いて神に祈る。
……いったいどういうヨブ記なんだよ。人間の卑小さと悲痛さは、爆笑するほど滑稽であると同時に、慟哭したくもなるよ。

そいでもって、死の直前になって作品が人に知られるという、恩寵とも報いともいえるような展開。
「“人間には明日の天気もわからない”と聖書で言われている」と、天候日誌を十年以上書き続けながら天気予報士の予報が外れるのを嗤っていたというダーガーは、ではそんな「はからい」をどう理解したのか?

この映画で、「非現実の王国」のエンディングについて知ったのだが、何というか……。
卑小で惨めで、だが切実にすぎる「ヨブ記」に、「気楽にネタバレ♪」は、ちょっと私には書けない。

……まぁ、ここまで読めばおわかりの通り、私はヘンリー・ダーガーについては、アートとしてというより、何か人間存在の不可思議さ、としての興味のほうが大きい。
映画で、あの絵が(あの絵にふさわしい不自然さで)アニメーションするのは、なかなか面白かった。でもそれ以前に、ダーガーの絵をもうちょっと鮮やかにして、「塗り立ての、完成したばかりの状態」っぽい感じで見てみたい。水彩絵具、ましてやダーガーが使ってただろう安いやつだと、乾くと色が軽くなる(し、褪色もしてきてるだろう)気がするので……。

新月の季節

睡眠障害からはじまって不眠、疲労感、情緒不安定、んで鬱。
処方箋だしてもらう身になろうとは、よもや思わなんだ。

まるでブレイクの「ユリゼンの第一の書」の挿絵の溺れるユリゼンのよーに、
あちこち出かけたり何だりして抗ってきたが、自分でもうすうすわかってはいる。
原因なんて、言えばさまざまだが、本当は、外的なもんなんかじゃありゃしない。
変わりつつあり、変わるべき時なのだ。
とはいえ、アカツキを前に、ただ呆然と、徒手空拳。

アカツキといえば、(前にも私から聞いた人はいようが)、こんな話をおもいだす。

はるかむかし、横浜大空襲のとき。
うちのお祖母さんと伯母さんが、防空壕に逃げようとしたのだが、
お祖母さんが、「焼け死んでは可哀想」と、飼っていたニワトリ二羽を、
籠ごと土中に埋めてやろうと、穴を掘り始めた。
空襲警報が鳴り響くなか、必死こいて二人で穴を掘って、何とか埋めた。

防空壕で恐怖におびえながら、夜があけると、一面はただただ焼け野原だった。
なんにもなかった。
お祖母さんと伯母さんは、呆然としてた。
それから、ニワトリのことを思いだして、ふたりで土を掘り返しはじめた。

ニワトリは生きていた。
なんにもない、一面なんにもない焼け野原の朝を、ニワトリが二羽、
うれしげにバタバタと、わがもの顔でウロつき始めた。
お祖母さんと伯母さんは、手を取り合って、嬉し涙にくれた。
通りがかった(おそらくは焼け出された人たち)も、ただ呆然とその光景を
見ていたそうな。

ほんとうに、何もない焼け野原で。

……こういう状態だと、いつにも増して文章が書きにくくてナンギだ。
とても孤独にも感じるが、それでも、文章を書いてると、誰かへの、
何者かへの想いが、やっぱり、よみがえる。


今日は新月の日。まっくら闇の夜、んでもってMoon Void。
メールにもコメントにも、なんか努力を要していた昨今だけど、
「♪駄目になったボクを見て キミはびっくりしただろう?」な人にも、
「いや、もともとダメ&エキセントリックなのはよく知ってるからさ」
な人にも、闇に乗じて、月の砂漠から叫んでみるテスト。

「生きてるよー! 何十年経っても、相変わらずの大バカだから、
生きてるから、だから、苦しんでるんだぜー!!」
「あなたが私をどう思おうと、私はあなたが大好きだし、あなたの
幸せを願っているんだぜー!」

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