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2008年4月

オスカール大岩「夢見る世界」展みてきた

疲労困憊してるけど、外の風にふれたほうが良さげなので、美術展に出かけることにした。
さて、どれがよかろうか、と展覧会情報サイトを見て回り、なんだか目が魅かれた、大岩オスカール幸男(さちお)の初の大規模個展「夢見る世界 - The Dreams of a Sleeping World」へ行くことにした。あ、ちなみに、オスカールの名は、サンパウロ生まれの日系二世だからであって、ネタではないので注意を(名前だけでウケそうな身内に向けて但し書き)。現在はN.Y.在住。

東京都現代美術館はアクセスが悪くて、今まで一度も行ったことがなかったのもある。なんとなく海の近くに行きたかったので、まぁ、上野よりは海に近くてよかろ、という気もあった。
行ってみたら、美術館までの道行きには江戸深川資料館なぞもあった。街並みにも江戸情緒がすこーし残ってて、「今度は早めに来てのほほんと散歩しよう」などと思わせられた。

この作家は「昭和40年会」(今は解散)がBankARTでイベントやってたりしたので名前は知っていたが、作品はよく知らなかった。わりとおだやかな作風だね、程度のもので。
しかし、現物はそうとうに良かった。特に色遣いが。そして作品がデカい!! 2m27×1m10(だっけ?)のパネルを何枚も並べて描いてた。

他の企画展や常設展もみたけど、そっちはお金のムダだったように思われ。あと、岡本太郎の「明日の神話」も飾ってあったよ。原爆の災禍を描いた絵なのに縄文の暗黒火祭り風になってるあたりが、いかにも岡本太郎だった。

そのあとは、かの「日本美術応援団」の山下祐二とオスカール大岩のトークイベントを、ちゃっかり最前列で聴いてきました。しかし……。「美大いって美術教師か美大専門予備校の講師になって……」てなにっぽんじんアーティストとのメンタリティの違いを思い知らされた感じでした。日本語は相当達者だし、おっとりしてマジメな日本人さらりまん風にしか見えない人なんだけど、やっぱり全然違う。あやふやな記憶だけど印象に残った話など。

◎小遣いが少なかったので、小中学生の頃から絵画コンクールに応募しては「賞金稼ぎ」してた。その賞品として13歳の頃にチリに一人で旅行に行ったことも。
◎美大とかは行かなかった(大学は建築専攻)。ちなみに、中学の頃に絵画コンクールか何かで美術学校に週一日だか通える特典を受けたが、自分は14くらいで周囲は18,9なので友達もできず、イヤな記憶になってるとか。
◎まったくツテもアテもないけど日本に来た。コンビニでDUDAを立ち読みして設計事務所に電話をかけて粘り、面接まで持ち込んだらそこの社長さんに気に入られて、就職先を紹介された。あとは「やりたいことをやっているうちにツテもできますし、必要なら何でも覚えていくもんです」てな感じで言っていた。「日本の仕事のやりかたや日本式接待なども現場で覚えた」とか。
◎カンバス一枚貼りでなくパネルを並べて描く理由→枠は同サイズに統一しとけば、世界のどこの拠点で個展を開くのでも、キャンバスだけ外して送れて輸送費の節約になる(パリやらニューヨークやらサンパウロやらで個展を開いて、顧客がアメリカやら中国やら世界各地に居たら、現実的な問題だよねぇ、たしかに)。
◎日本のアーティストのほとんどは特定画廊の丸抱えだが、自分はフリーでやってきた。イヤがられることもあるけど、やりたいことにギャラリーからダメ出しが出るのはイヤなので。デカイ絵は展示場所もコレクターも限られてきてしまうが、デカイ絵を描きたいし、量も描くようにしてる。
◎10万人のアーティストがいるというニューヨークに拠点を移して4年目で、ようやく食えてる5000人に入ってきた感じ。お子さんを学校に送り迎えしたあと、平日9時5時でぎっちり描いているとか。絵を描くことをビジネスとして成り立たせてるなぁ。

いろいろと刺激的な展覧会でした、ほんと。展覧会をあちこちハシゴしなくて正解だったな。

もうすぐ連休

二週連続で休んでしまっていたが、お絵かき教室に行った。静物画はまだグリザイユの下描きなんだけど、いったいいつ終わるのかわからない……。しかもモチーフが次週には動かされてしまっているので、並べ直しから始まるわけで。いつまでたっても形がとりきれない(笑)。

少し前は、通勤電車のなかで中島敦なぞ読んでた。「光と風と夢」、はじめて読んだけど好きだなぁ。「山月記」は有名だけど、「狐憑」や「文字禍」もすばらしい。あとは岡本かの子の「金魚繚乱」とか「生々流転」とかも読んでた。
ここんとこ、電車の中で読む気が失せているが……。
連休に読むべく、「昭和文学全集」を借りてきた。川端康成と横光利一と岡本かの子と太宰治のつめあわせ。川端の代表作って実はあんまり読んでないので、しっかり楽しみたい。うん。

四半世紀どころか半世紀

最近テレビで、チベット暴動のニュースが報じられてる。聖火リレーへの抗議などが世に広まっている。
チベットのみならず、モンゴルなども、辺境の地は大変な目にあっているらしい。ゴビ砂漠なぞは核実験のせいで放射能汚染がひどいとかいう話もずいぶん前に聞いたが……。
温暖化の影響や資源の奪い合いもあって、リタイヤして南の島や閑静な里でのんびり暮らすなんて成功者のステレオタイプな夢も、そんな場所自体がなくなってしまうことでご破算になりそうだ。
私は行けないが、26日には東京渋谷で、『慈悲を生きる~ダライラマ14世とチベット』上映会という催しもあるそうだ。あらためて考えてみれば、これほど苛酷な人生を負わされた人も稀だと思う。人間って外道にもなれるが偉大にもなれるのだ。
しかし。おもえば私がThe Clashの「Washington Bullets」を口ずさんでた頃から四半世紀くらい経っている。その間、チベット問題をはじめ、世界各地の悲劇が改善されたかどうか。このカリブ風に明るくそして絶望的な曲を聞くと、何ともせつない気持ちになる。

さびしいのぅ(小さな世界)

ローカルネタ。mixiで知ったのだが、横浜駅東口のそごうのからくり人形時計が、明日で引退らしい。あの「It's a Small World」が聴けなくなるのは、ビミョーにさびしい。あの剽軽なような、間の抜けたような、どっかうらさびしい時報は、なかなか好きだったんだけど。

そうそう、「It's a Small World」のアトラクションといえば、園内が混んでいるときに行くだけの、ディズニーランドきっての脱力系と目されているけど、あれはLSDギンギンで入っておサイケな空間を幻覚バリバリに楽しむノリ……つまりディズニーの「ファンタジア」がドラッグムーブメントの頃にもてはやされたのと同じ文脈の、ヤバ系文化として見たほうが正解なのではないかな。

ゆうえんちのノリは、いつも愉快で滑稽でどこかコワくて少しもの悲しい。日本も高齢化が進んでオトナばかりの世の中になってしまったから、そうしたアヤシイ「ゆうえんち」は姿を消していって、オシャレでスマートで全然こわくも悲しくもない「あーばん・りぞーと」ばかりになってゆくのであろ。

共生関係

今日は千住真理子のリサイタルを聞きにみなとみらいホールへ。ずいぶん前にチケットをとったので、一階席のどまんなかの、かなりいい位置で聴けた。クラシックは知識も全然なく(超有名な曲でも曲名がまったく出てこない無知)善し悪しもわからないのだけど(ふだん聴いてないし)、千住真理子がストラディバリウスを入手したと騒がれてたときにCD借りて(←ミーハー)今もたまに聴いてるし、まぁナマで聴いてみるのも良かろうと行ってみたわけで。

この人の演奏はすごく巧いんだと思うけど、ひきずりこまれるものがない。毒気がなくて疲れない、とても上質なイージーリスニングとでもいうべきか。その毒気のなさは、湖水にうつる山影を見ているような気分になる。古めかしくいえばダイモーンの憑いてない、オタな人向けにいえばMHとファティマのみの組み合わせ、といえばいいのか。私なりの分類でいえば、アートというよりアルチザンのワザという感じだ。でも、ぜんぜん偏りがない演奏や非常に高度な名人芸というのも、それはそれで価値があり貴重だと思う。“魂をゆさぶる演奏”ばかりが音楽のありようでもなかろ。

わからないといえば、楽器の善し悪しや音の違いも良くわからないが、それでもストラディバリウスの音は音というより「かわった声」という気がした。なんだか生き物のように感じるのだ。奏者が「ストラディバリウスは、コンサートの初めと終わりでも音が変わってくるまるで生き物みたいな楽器なんです」と言っていたけど、それ以前に、なんだか妙に生き物めいたシロモノだった。途中からは、何か人形浄瑠璃とか腹話術とかの類を見せられているような気がしてきた。
楽器の形をした生き物が人間のエネルギーをつかって歌いたいように歌っているようにも見えるが、人間が楽器に振り回されるだけのヘタクソならばその「生き物」は命を持つことはない。人が楽器を使っているのではなく、楽器が人を使っているのでもない、なんだか不可思議なユニゾン。こういう関係になっちゃうのなら、演奏者にとっての楽器はただの道具なんてもんじゃすまないだろう、と納得した。なんといっても音楽では楽器がうたうのだし。

ちなみに奏者は「ストラディバリウスを鳴らすには五年かかると言われてます」とも話していて、今で六年目らしい。十年くらい経ったらまた聞いてみたいもんだ。ただその時には願わくば、もうすこしひきずりこんでほしいもんだとも思うなぁ。リラクゼーションだけが効能だったら、クラシック聞くよりマッサージのほうが良い気がする。

もりだくさんの土曜日(アフリカンフェスティバル見てきたよ)

今日は、先々週にでかけた病院に検査結果を聞きに行く日だった。
朝一で出かけて、関内駅の改札を出てから、サイフを忘れたことに気づいてボーゼン。さわやかな朝にサザエさん状態。また家まで戻って往復一時間のロス。病院では異常なしを言い渡されるだけの正味五分間。

しょーもないので、散歩などたのしんで山下公園で昼を食べようと思った。まもなく「チューリップフェスタ」のはずの横浜公園を通って行ってみようかな……と思い、通りかかると、もはやチューリップ満開状態。みごとに咲き誇っているし、枝垂れ桜なんかも咲いてて、春の陽射しのなかで一面花だらけ。内側から光を放つような花の色彩にうっとりと見惚れ、この色はどんな絵の具を混ぜたら出るのやらなどとあれこれかんがえ、眼福なひとときを過ごす。

大さん橋までの道はすごい人出。山下公園では園内のローソンでおにぎりを買って海を眺めつつ食べる。最近、山下公園にはトビがたくさんやってきていて、「ほほー」と見ていると、一羽がさっと急降下して、落ちていた唐揚げか何かをかっさらって空に舞い上がった。と、それにバトルをしかけるもう一羽。争いでぽろりと落ちた唐揚げを別の一羽が空中で見事にキャッチ。曲芸のようだった。
大さん橋には世界一周クルーズにでかける「飛鳥Ⅱ」が停泊。さらに神奈川県警の船が三、四隻、交通安全週間ということで海面をパレード(ってほどハデじゃないけど)。港のある街ならではの楽しみ。

うららかな春の陽射しがここちよい。さらに思いだした。「たしか今日、赤レンガでアフリカンフェスティバルをやっていたような……」。ちょうど先週、ケニアのキクユ族文化をモチーフにしたSF「キリンヤガ」を読んだところなので(図書館でふと目にして試しに読んでみたら面白かったのだ)、アフリカづいてみるのも良いかもしれない、と足をむける。

てくてくと赤レンガ倉庫に歩いていくと、期せずして「春のフラワーフェスティバル」として、広場に大きな花壇がしつらえてあった。ここではパンジーやら忘れな草やらルピナスやらブルーデイジーやら何やらかにやら、春の花がみごとに咲き誇っていた。

またもや眼福したあと、足を踏み入れた赤レンガ1号館では、アフリカンフェスティバル開催中。最初のコーナーこそ地味っぽかったが、進んでいくたび、物販や、フードコートやらと華やかさが増す。なんでコンビニおにぎりなぞ食べてしまったのだろうと、心から悔やんだ。

さらに3階に進むと、ワークショップやライブのコーナーも。楽しそうなワークショップを覗き、次のライブまでは時間があるから帰ってしまおうか……などと思っていたら、ライブスペースでリハーサルがはじまった。面白いパーカッションの響きに、思わず椅子に座り込んで聴いてみる。パーカッションだけの生演奏は初めて聴いたが、あまりに音が多彩で、しかもリズムの呼吸が面白い。やがて逞しいアフリカ女性が出てきて、何やらマイクテストを始める。その声がまたパワフル。そのまま本演奏までずーっと、前から二番目の席で堪能させてもらった。

ちなみに聴いたのは、在日アフリカ人ニャマ・カンテさんのステージ。彼女の歌はクルマのCMなどにも使われたらしい。サイトではすらっとしたお姿だが、実際は逞しく円く、そしてチャーミングでした。なんでも、歌手といっても「グリオ」(一種の語り部)の家系の生まれ、つまり遡れば14世紀アフリカで栄華を誇ったマリ帝国の文化の流れを汲んでいるってわけで。詳しくはご本人サイトのプロフィール参照。

伴奏のパーカッション楽団「ジェリドン」(みな日本人)も素晴らしかった。メロディもリズムも多彩な「流れ」に聞き入るうち、ふと、乾いた大地に雨季のはじまりを告げる大粒の雨音なぞも連想した。また、ひとり参加してた知的障碍の人(特に紹介はなかったがそう思う)のパフォーマンスが生き生きとしてて惚れ惚れするほどに見事だった。芸術の瞬間では、ヨノナカのあらゆる制約やランク付けは意味をもたない。とっても命の洗濯をさせてもらった。
こんなライブが無料で聴けて感謝したので、来年以降のアフリカンフェスティバル開催に向けたチャリティも少ないながらも入れさせてもらった。

赤レンガの建物から外に出て、海側を見ると、「飛鳥Ⅱ」が大さん橋を離れた直後で、見送りの放水が海に向けて弧を描いてた。代わりに大さん橋の反対側に「にっぽん丸」が停泊していた。赤レンガの広場は善男善女でいっぱい。おだやかな春の一日。あとは桜並木の汽車道をあるいて桜木町駅へと向かった。

ちなみに。物販コーナーではシアバターをわずか500円で買えた。でも、小さなプラ容器に詰められ手製のラベルを貼られたこれは、精製などしていないのだろう、とっても青臭くて植物そのものな匂いがする。別に良い匂いでも何でもないが、ナマモノ感があるって物珍しくて新鮮だ。
ナマモノは人を元気にする。とってもナマモノ感に満ちた一日でした。

外ごはん

一年で一週間か二週間のさくらの季節。先週の職場でのお昼休み、咲き誇る桜の下で花見なお昼をした。
のんびりした春気分にすっかり味をしめて、強風の昨日もむりやり外で食べてみたりした(凍えた)。さらにいえば、花粉症なんだけど。
春の青空は見上げると実にいい感じだ。冬の冴えた空に比べると、ぼけっとふわっと穏やかな水色。あの青をみていると、開港広場での花見なお昼や山下公園でのお昼なんかも思い出す。多摩川の土手なんかで食べてみたいが、お昼に出かけるにはちと距離がありすぎる。
もすこし暖かでよい陽気になったら、積極的に外ごはんしたい。花粉症なんだけど。

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