オスカール大岩「夢見る世界」展みてきた
疲労困憊してるけど、外の風にふれたほうが良さげなので、美術展に出かけることにした。
さて、どれがよかろうか、と展覧会情報サイトを見て回り、なんだか目が魅かれた、大岩オスカール幸男(さちお)の初の大規模個展「夢見る世界 - The Dreams of a Sleeping World」へ行くことにした。あ、ちなみに、オスカールの名は、サンパウロ生まれの日系二世だからであって、ネタではないので注意を(名前だけでウケそうな身内に向けて但し書き)。現在はN.Y.在住。
東京都現代美術館はアクセスが悪くて、今まで一度も行ったことがなかったのもある。なんとなく海の近くに行きたかったので、まぁ、上野よりは海に近くてよかろ、という気もあった。
行ってみたら、美術館までの道行きには江戸深川資料館なぞもあった。街並みにも江戸情緒がすこーし残ってて、「今度は早めに来てのほほんと散歩しよう」などと思わせられた。
この作家は「昭和40年会」(今は解散)がBankARTでイベントやってたりしたので名前は知っていたが、作品はよく知らなかった。わりとおだやかな作風だね、程度のもので。
しかし、現物はそうとうに良かった。特に色遣いが。そして作品がデカい!! 2m27×1m10(だっけ?)のパネルを何枚も並べて描いてた。
他の企画展や常設展もみたけど、そっちはお金のムダだったように思われ。あと、岡本太郎の「明日の神話」も飾ってあったよ。原爆の災禍を描いた絵なのに縄文の暗黒火祭り風になってるあたりが、いかにも岡本太郎だった。
そのあとは、かの「日本美術応援団」の山下祐二とオスカール大岩のトークイベントを、ちゃっかり最前列で聴いてきました。しかし……。「美大いって美術教師か美大専門予備校の講師になって……」てなにっぽんじんアーティストとのメンタリティの違いを思い知らされた感じでした。日本語は相当達者だし、おっとりしてマジメな日本人さらりまん風にしか見えない人なんだけど、やっぱり全然違う。あやふやな記憶だけど印象に残った話など。
◎小遣いが少なかったので、小中学生の頃から絵画コンクールに応募しては「賞金稼ぎ」してた。その賞品として13歳の頃にチリに一人で旅行に行ったことも。
◎美大とかは行かなかった(大学は建築専攻)。ちなみに、中学の頃に絵画コンクールか何かで美術学校に週一日だか通える特典を受けたが、自分は14くらいで周囲は18,9なので友達もできず、イヤな記憶になってるとか。
◎まったくツテもアテもないけど日本に来た。コンビニでDUDAを立ち読みして設計事務所に電話をかけて粘り、面接まで持ち込んだらそこの社長さんに気に入られて、就職先を紹介された。あとは「やりたいことをやっているうちにツテもできますし、必要なら何でも覚えていくもんです」てな感じで言っていた。「日本の仕事のやりかたや日本式接待なども現場で覚えた」とか。
◎カンバス一枚貼りでなくパネルを並べて描く理由→枠は同サイズに統一しとけば、世界のどこの拠点で個展を開くのでも、キャンバスだけ外して送れて輸送費の節約になる(パリやらニューヨークやらサンパウロやらで個展を開いて、顧客がアメリカやら中国やら世界各地に居たら、現実的な問題だよねぇ、たしかに)。
◎日本のアーティストのほとんどは特定画廊の丸抱えだが、自分はフリーでやってきた。イヤがられることもあるけど、やりたいことにギャラリーからダメ出しが出るのはイヤなので。デカイ絵は展示場所もコレクターも限られてきてしまうが、デカイ絵を描きたいし、量も描くようにしてる。
◎10万人のアーティストがいるというニューヨークに拠点を移して4年目で、ようやく食えてる5000人に入ってきた感じ。お子さんを学校に送り迎えしたあと、平日9時5時でぎっちり描いているとか。絵を描くことをビジネスとして成り立たせてるなぁ。
いろいろと刺激的な展覧会でした、ほんと。展覧会をあちこちハシゴしなくて正解だったな。
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