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2008年3月

お経Songが好きっ

音楽に関して素養はない。クラシックからハードロックやGSや演歌やオールディーズやら、なんでもかんでも嬉しく聴くのだけど、周囲に言わせるにどうも「お経ソング」が好きらしい。単調で、リズム先行で、眠たくなるよーな曲だとか何とか。

(……法要で坊主の詠唱やご詠歌を品評してしまうのも確かにナニかもしれないが、あれも和風ゴスペルみたいなもんで、Soulがこもってない=感動がないステージをやられても、やっぱタイクツだよ。つーか儀式(卒業式や結婚式や葬式)をやるなら、感動のひとときが欲しいよね。うん。)

閑話休題。ということで、私の好きな「お経ソング」だが、そのままお経から、懐かしのP.I..L.とか、ディジュリドゥの謎な音から、アラブやアフリカやインドのけったいな音楽から、(音楽ジャンルってよくわかんないけど)ダブからトランスとかいう範囲まで全部ひっくるめて、そう呼んでいる。
で、やっぱりお経ソングの一環として、「8(Otto)」というバンドがちょっぴり好きだったりするのだが、4月の末くらいに、なんと横浜のZAIMでの音楽フェスに出演するらしい。開港150周年のバナーが貼ってあるイベントだぁ(笑)。

このトシで「DJなにやら」とかのイベントと言われると、「どこの星での出来事だろうか?」ってくらいに無縁な気はするけど、ちょっと聴きに行きたい気もするなぁ。うーむ。

※ちなみに私の好きな「お経ソング」をいくつかようつべから貼っときます。
8 Ottoの「0zero」。ドラムボーカルっていうとC-C-Bしか思い浮かばない自分がせつない。
The Clashの「The Call Up」。The Clashなんで兵役拒否の歌詞だったり。
P.I..L.の「Flowers of Romance 」。初期のP.I..L.の音楽はメタリックな手触りだったなぁ。高踏シュミな歌詞が好きでした。

花あかり

土曜はよく晴れていた。
以前すこしだけ世話になったNPOの人から花見メールが来ており、家から徒歩圏&図書館のそばだったので、顔を出して差し入れだけしてみた。「いろいろなことは水に流す」という日本流をしてみるテスト。
そのあとは近くの公園の日だまりで一人すわって、桜を見上げていた。それから本を借りに行った。
お絵かき教室が月末休みだったので、夜は家でのんびりと絵を描いた。不慣れもあって、描いても描いてもあまり進まない。まぁ、中学の美術部レベルの発展段階なんだから良しとしよう。

日曜は曇っていた。いつもの図書館への散歩コースをたどるおり、「もう花見も終わるかもねぇ」とコンビニでおにぎりを買って、花見客がシートを思い思いに広げている公園に行き、ベンチで食べた。食べている最中に雨がぽつぽつと降ってきた。傘はもっているので、そのまま図書館に行き、適当に本を借りて近くのドトールでお茶を飲んだ。雨は止まず、どんどん勢いを増していく。窓のそとを見ながらも、本を二冊完読。
帰り道、さっきの公園を通りかかると、もう花見客は誰もいなかった。
白く曇った空を背景に、さくらがぼうっと仄白く耀きながら、春の雨に打たれていた。

またかよ……

鼻風邪ひきましてんねん。昨日今日と実によい天気なのに、まともに出かけられず。昨日は花を見たさに、むりやりにバスで20分ほどの植物園&公園に行きはしたんですが、おかげで悪化。お絵かき教室まで休むしまつ。今日になっても、いつもはさんぽで通う近所の図書館にさえ電車で行くやるせなさ。とほほ。

とはいえ、貸していただいてて、布団の中で読んだ梨木香歩の「家守綺譚」は、好みのど真ん中でよかった。クラシカルな文章が好きな私には、百年前の話という設定でつづられる文章&風景が実によい感じ。さまざまな樹木や花や、日本家屋に吹き通ってくる風、空気や光のうつろいやら、「わかる、わかるぞ~」とリアルに体感できます。四季のある国に生まれてよかったなぁ、と思うこと請け合い。日本語ならではの言い回しがステキな文章からはいろいろな作家のエッセンスが漂ってきて、またそれもわかってやってるオマージュだろうなぁ、と感じられる(スタイルのパクリではなくエッセンスのオマージュです、断言できる)。フシギ話・異界譚でなく、地の文章だけで十分うっとり。そうとう読んでる人ですなぁ(このテの設定つき文章はすぐクサみが鼻についてくるんで、普段はまず読みませんが)。杉浦日向子の明治物とか好きな人あたりにもオススメかな。こなれ方が似てる。
全体として、ちょっと近郊に小旅行して、知り合いの民家に逗留したような気分にひたれます。いいよ。

ちなみに出かけた植物園では山桜が咲いてました。盛りを過ぎた梅林もありました。いっぱいの菜の花が咲いてました。菜の花のとこには蜜蜂がたくさんいて、しゃがみこんでみると土の上にはアリやら蜘蛛やらも跋扈。ぺんぺん草も白い花で群居、イヌノフグリやらタンポポやらもいっぱいに咲き、生きてる感じがいっぱいでした。

この連休、半分以上を寝て(つーか床に就いて)過ごした……。
もったいない気はするけど、まぁ、しかたない。本格的な春を前に、カラダも調整しまくりってことで。うん。

満月夜半のひこうき雲

今日は有給もない身分のくせに会社をやすんで、四連休ごろごろ。
昨日は雨でどこにも出ずに、本を読んだり、家でぺたぺたお絵かきをしてただけなので(しかもさしたる進展もなし)、今日こそは何か有意義なことに使おうと思ってた。

おかげで天気は良くないというのに、むりやりシーツ一式なぞ洗濯し、灯油を買い足し、実家のプランタにまた花を植え込み、さらに気づくと、ファンク☆シスターズとお茶約束をしていた。シスターのぴかぴかスマイルがすっとこ暗黒星雲の重力に晒されてるとのことで、煤払いしたくて出かけたのだが、役に立てたかどうかは謎。でも自分的にはとても有意義でたのしいひとときを過ごせた。

帰り道、夜空の高くに円いお月さま。淡い雲が薄墨のように拡がっている。
そのせいで、近くの駅まで来てふと見上げたときには、月に照らされて銀色に光る飛行機雲が、空の高くをすーっとたなびいていた。
夜のひこうき雲がなんか珍しくて、銀色の雲の道に見とれた。その雲の先頭で、赤い夜間灯の点滅が空の遠くに向かってた。
見上げる視界の手前では、今にも咲きそうな風情の桜のつぼみが、月光に照らされて淡い雲のようにかがやいていた。

今、ぐにぐにモヤモヤしてる人みんなに、よい春がおとずれますよーに。

春分なもんで

ブログのタイトルを変更しました。
過去記事や過去テンプレートに至るまで全変更になってしまったのは残念だけど(テンプレをネタにしたエントリが多いので)、取っておこうとするとRSSフィードや個別記事に変更が反映されないもんで……。名前変えたといえ、リンクしてくださってる方は、放置でまったく問題なしです。どっちも「あか」で始まるのは変わらないし。
以下、新タイトルをかんがえてて心にうかんだことなど、つらつらと。


メゲてしまったりペコペコに平たくなってる時、さわやかな朝日を浴びると、生命力の復活を「うお~!!」というほど実感させられる。あらためて、人間って植物みたいだよなぁ、とか思ったりして。(たとえば人間の一生を高速撮影したら、小さな苗が大きく育って花咲いて膨らんで萎れて枯れていくしねぇ)

自分もふくめ、「これからのヨノナカや、これからの自分は、このままでいいのかなぁ」と考えがちな人は多々いるであろ。そうして先行き不透明な夜の中で悶々と悩んでいるうち、決められた時がたって朝がやってきて、自分をとりまく現実の景色がありのままに見えてきちゃうっっーか見せられちゃうっつーか。
その時、目の前にあるのは「んじゃ、どうする?」って話なわけで。

そこで「よし!」と目指す方角へ走り出せる人は話が早いのだけど、のそのそした自分は、新しく目にした世界を「おー」とか「ほー」とかいいながら、おっかなびっくりウロウロと探検しはじめそうな感じ。そのうち何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。
人生もそうだろうし、旅もそうだろうし、毎日もそうだろう。何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。
さらに言ってしまえば、出会いがあるのが望ましいってわけでもなく、ただその世界に居るだけでもかまやしないだろう。おそらく、人間はそう多くを望まれてる存在でもないだろう。多くを望むのは人間同士だけだし、つきつめれば自分だけだ。

朝日は昇り、古い月は沈む。日々あたらしい世界で、みなそれぞれに楽しくあそぼう!

春の陽射しの中でもろもろ

花粉にまみれつつも、空気がぬくぬくする春は、何となく心たのしい。
法事は先週にもう済ませたが、この土曜がハハの命日だった。時間が経つのは早いような遅いような。
実家の軒先で、今年も沈丁花が咲いている。変わらず咲いている。

今日は、伸ばし放題になっていた髪を、実に一年以上ぶりに、例の橋本治似の美容師さんに切ってもらってきた。美容師さんが店内で出世して料金高騰&複数客かけもち、しかも珍しく予約制度がない店なので、この一年は他の店を放浪していたんだけど、慣れたところに行くとやっぱり落ち着けた。

周囲で梨木香歩の評判がよいので、図書館で見かけた「エンジェル エンジェル エンジェル」を借りて読んだ。キリスト教的感性のない日本では、「罪」の意識を扱う話はなかなかむつかしいけど、思春期の心のうちの繊細さと残酷さを糸口にして、うまく書けてるように思えた。
それよりなにより。うちの近所のクラシカル銭湯で、脱衣場に小さな熱帯魚用水槽が置いてあるのだが、魚の取り合わせがエンゼルフィッシュ(の亜種)とネオンテトラなのだ(わー!)……。さいわい、殺伐な状況には全然なっていない(笑)。

ここんとこブログエントリの間が空いてしまうのは、つまり不調ということだす。とはいえ、常に順境ではっぴーだったら、私のような人間は何ひとつ考えないだろうしなぁ。これも必要な時間なんだろうか。うう。

まみれて鬱な春

花粉のせいか風邪なのか、微熱と頭痛がつづいて困る。おまけに季節のせいか、かな~り鬱気味。もともと躁もしくは分裂で、あまり鬱系ではないのになぁ。

とはいえ、ひとさまに勧められて、今週、朝夕の通勤中に読了した池澤夏樹の「マシアス・ギリの失脚」、なかなか面白かった。南洋の架空の小国を舞台にした話で、マルケスの影響は明らかなんだけども、こちらはもっと穏やかで(体感的に)温かく、かなり「日本人な私」の気持ちに沿うものがあった。ものがたりものがたりした小説は、実はかなり好き。とりとめのない話、無数のエピソードがたわわに連なるお話は、時間をかけてのんびりのんびり読んでたのしめるし。いつぞやお絵かき教室でのモデル時に耽読した、古川日出夫の「アラビアの夜の種族」なぞも(まったく手触りは違うけど)その類だったなぁ。

まだまだ花粉の季節は続く。まいにち鬱だけど、そのぶん現実逃避いっぱいの読書は進みそうだ。文庫版か新書サイズに限るけど。

ひとつぶで倍おいしい

読んでみようと思う本は積ん読で順番待ち。とはいえ花粉で消耗して好奇心も低下している昨今、読んだことのない作家にはなかなか手が伸びない。
それでも、通勤地獄中のわずかな慰めは読書。ということで、ここんとこ一挙両得的に、古典美術の名画を扱った本を読んで、気持ちの糧にしている。

特に、つい先日に読んだ堀田善衛の「美しきもの見し人は」は、扱っている絵も文章も一級品で滋養いっぱい、まるで点滴のように沁みた。この作者については、おともだちから、堀田善衛のスペイン関係著作を読書中、と聞いたことがあって記憶の隅に残しておいたのだけど、実にいい感じの文章だった。……しかしその話を聞いてから、ゆうに二年は経っているだろうか? なににつけても反応が遅い私(笑)。
また、通勤途中に読む本は、いいところで読書中断して欲求不満にならないよう、短いコラム形式が最高なのだけれど、その点でも実によかった。

優れた絵やそれを生み出した文化についての鋭い視点を、格調たかい文章で堪能するたのしみ……に対して、赤瀬川原平の「ルーヴル美術館の楽しみ方」は、とかく祭り上げられる古典名画を肩肘はらずに見られるように、ユニークな視点からガイドしてくれる、脱力系のほほん文章。「トマソン」や「老人力」で知られる人だけあって、やっぱり、めっぽう面白い。ヨノナカの人が写真に映りこまないように苦心する「名画の表面のヒビ割れ」を、ヒビ割れの形を鑑賞するという方に持っていくあたりとか、実にこの人らしい。
とはいえ、さすが「ハイ・レッド・センター」の赤瀬川(私にとってのこの人はコレ!)なので、たんなる面白オカシイ描写なんかで終わらず、随所にやっぱり、閃くものがある。この人の「千利休―無言の前衛」は、気の抜けたコミカル文章で脱線しまくりつつ、実は鳥肌ものの名著なので、現代芸術や芸術全般に興味がある人は必読と思う。

どちらも図書館で借りたので10年以上前の本ではあるけど、本は「ナマモノだけど保存食」だよね。特に後者はルーブルが全面改装する前に出た本だけど、内容はいまでも美味しい。これからも美味しいと思う。

「本は買わない・借りて読む」主義を実行してずいぶん経つけど、やっぱりたまーには増えてしまう。困ったなぁ。蔵書は、画集から小説から全部合わせて本棚ひとつまでに削ったけれど、まだ削れるだろうか……。

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