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2008年2月

日々は地味&謎

珍しく洗濯物を外に干した土曜日は、すさまじい砂埃だった。
ぽかぽかした陽気の青空だったもんが、ドトールから出ると、あたり一面、黄ばんだ霧に包まれて刺すように冷たい風が吹き荒れていた。
黄砂だらふか?などと南関東ではありえない空想も頭をよぎった。茨城あたりの原発が事故ったorテロられた、とかコワすぎる想像もした。しかし後者のような事態の場合、報道はされないだろうなぁ。まぁ、原発事故であんな視界に巻かれたとしたらここでこうして生きてるわけもない。平和ばんざい。

ちょっとあたたかくなると、また寒くなる。季節の進行もまた、こどもの伝い歩きのようにおぼつかないもんだ。それでも日々、ささやかにたのしいことを集めて心に元気を与えている。いくつかを挙げてみよう。
  • 職場の近くのパン屋さんは定時後にはほとんど売り切れだが実に安くておいしい(ごはん党の主張という辺りに注目せよ)
  • 玄米を食べなくなって数年でデブ一直線だがやずやの雑穀米を食べるようにしたので起死回生なるか(たぶん無理)
  • 職場のおともだちに教えてもらった「Moon soap」のマライカなる石鹸は、超へたれ毛の私の髪でもしっとりに洗い上げる&カプチーノの如きシナモン臭でのほほんにしてくれる&フェアトレードなのでWin-Win気分もついてくる
などなど。みんな実にささやかだけど、いいもんですよ、プチたのしみって。

ささやかなしあわせを積み上げて、いつなんどきやってくるかわからない Yeah! に備えたい。いや、備えてどうするってもんでもないんだが。

甜茶

花粉の季節、何とか良い対策はないかいなと考え、甜茶に初挑戦。
……この時世の折りも折りに中国茶を飲んでしまうチャレンジングな私。
会社帰りに立ち寄ったクイーンズ伊勢丹で、アールグレイのお徳用袋を買うついでに買ってみたのだけど、やたらと高かった。ネットなどで落ち着いて値段をみるに、あんな店で買うから高かったのだと知ってトホホ。ま、高い分だけ農薬とかのリスクは回避できるかもね、と自分を慰めた。
んで……。
飲んではみたのだけど、うまくもなくまずくもない。後味はほのかに甘いが、砂糖のような甘さではなく、甘味料のようなこざっぱりした甘さ。まぁ、ひねた紅茶に甘味料をそっと加えたような、とりたててどうということもないお茶だ。
ただ、やや頭が重たいときに(←これも花粉症の一症状らしい)飲んだら、飲むことで気がまぎれたのか、やや和めた。これは効果といえるのかどうかわからないけども、「うまいんだか何なんだか……」と思いつつ淡々と飲みつづけるのも今の気分に沿っているので、続けることにする。
シゴトでもシュミでも、いまはそんな感じなんだったりする。まるでスパークできない、もはもはした早春。

月並みだけんど

マクドナルドには滅多に行かない。
だが、期間限定「きのこクリームえびフィレオ」をWebで知り、発売当日からお買いあげ……。以来、都合3回ほど食べに行ってしまっている。もともと、えびフィレオ好きだしねぇ……。
「グラタンとかドリアとか、女性はとかくクリーム味が大好き」というのが連れの持論なので、ちと悔しいのだが、休みの日に出向く図書館までの道のりで、ふらふらとマクドナルドに入ってしまう日々はまだ続きそうだ。期間限定だけど。

ありゃりゃ?

このブログで使わせてもらってる無料カウンターのサーバが、どうも止まっているようだ。いつもならタイトルの下のところに出るはずの数が出ていない。タダで使っているので文句はいえないし、数字はリセットされても仕方ないのだが、オレンジ色の文字とサイズとフォントとが気に入っているので、早く復活してもらいたいなぁ。

今ではこの@NIFTY提供のココログも、無料でアクセス解析だのアクセスカウンターだのを提供しているが、サービスの初めはそんなもんはなかった。はるか昔、ホームページのレンタルやメールサービスの時もそうだったが、デカイ会社はケチケチする。そうでなくとも時には新規加入者ばかりに媚び、時には有料会員ばかりに媚び、で何かとサービスのバランスが悪かった。
さすがにネットでは、そういう親方日の丸的な商売はもうだんだんと見かけなくなったなぁ。とはいえ、そういう「利ざやはしっかり確保」ってな、小売業的にわかりやすい「妥当な商売」が衰亡しはじめたあたりから、社会の格差がぐんぐん開き始めたような気もするんだけどね。ああ、またもや話が脱線。

粗忽なんだもん

毎週のたのしみ、お絵かき教室。
まだ勝手がわからないのでマトモに扱えないが、油絵の具はたまらなく良い! 油の量次第で水彩のようなクレヨンのような、ぺたぺた感がやめられない。最近は家にも道具を持ち帰って描いてみたりしてる……三連休とか、たっぷり余裕がある時だけんども。

このぺたぺた感のおかげで、描けた作品のデキではなく描いてる途中のたのしさが本命になっている。なので、格段の上達を遂げたりはしないけれど、そこらへんは苦にしない。哲学者の中島義道は、絵画教室に通ってもいっこうに上手くならず、それどころか後から入門した人たちに次々と追い越され、かえって「どうしてこんなにも上手くならないのだろうか」と我ながら興味深くなって、かれこれ十五年ほど通い続けているという。出来不出来などという些細なことにこだわらず、そういう哲学的な(かつケッタイな)腰の据え方をしてこそ、趣味を持つ甲斐といえるんじゃなかろーか。

さて、それはそれとして。油絵では、絵の具で描いといてボロ布でキャンバスを拭き取ることがままある。そんなところもまた、ぐしぐしと指や手を使って描く幼稚園児のような私には、たいへん合っているのだが、何にせよ粗忽な性格なもので、「ボロ布……タオルでいいかぁ」と使っていたら、次の週には画面のあちこちに謎のカタマリが。
「うーん、目の粗いキャンバスだなぁ」とか思いつつよくよく見ると、二つ切りにしたタオルの断面からハラハラと散った糸くずが画面の油絵の具にめり込んで、あちこちで予期せぬコブが生じていた……。
ルネサンス絵画の技法を習ってるはずが、現代美術。 _| ̄|○

ちなみに先生と話すに。
「ボロ布の材質は、そうですね、シーツとかいいですね。あと、オヤジの肌着とかね」
「オヤジの……肌着ですか?」
「そう、オヤジのじゃないと。できれば、首のあたりなんかが伸びきっちゃったヤツですねぇ」
油絵にあらまほしき道具は、最高級のコリンスキーの筆とかじゃなく、おやじ肌着のボロ布か。うーむ。

ALL YOU NEED IS LOVE

金曜はファンクなシスターたちと飲み会。コワれたよーに手放しで爆笑できるしあわせに浸った。
ここのところ「どうも最近のヨノナカ、愛がなくていけねェや」とやさぐれ入っていたのだが、人間的にすてきなシスターたちと話しているうち、「そーゆー不平を言うまえに、まず自分はどんだけ人を愛せてるのか反省せねば」と、思わされてしまった。

ベタベタした盲目的な親切でなく、相手をよーく見て、頭も使い、言葉も工夫し、心も遣い、自分なりの精一杯で、相手に良かれと行為することは、とーってもムズカシイ。自分のパートナーや家族相手でもムズカシイ、ましてや赤の他人においてや。
しかしまぁ、そこまで完成度の高い愛を差し出さずとも、ぞんざいで落ち度いっぱいの愛でも、まにあえば顔くらいは拭けるだろう。そんなショボいハンカチというか手拭い程度の愛は常に持ち合わせて差し出せてこそ、オトナってもんではないかいな。ううむ、中年なのにオトナの域に達していない自分に鬱。

吹いた

芥川賞とった川上未映子って、絶望書店でプッシュしていた未映子だったんだね……。

最近は感度のいいサイトを求めてネットを彷徨うことも稀になったなぁ。
都合よくて便利だからネットが好きだったわけじゃない、ただ単純に面白くてワクワクするから好きだったんだ……が。

そろそろ花粉シーズン

今日は旧暦正月。元旦も正月ではあるけれど、立春とかからが「新しい年」がようやく本格化してくるって感じなんだろうなぁ。
それと同時に、なんだかそろそろ花粉も飛び始めているような気がする……。

花粉症になってずいぶん経つけど、症状の出始めはまだ判断がつきかねる。この目のしぱしぱ感や頭の重さは、ただのドライアイとかただの頭痛だろうか?そうじゃないような気がするんだけどなぁ。うーん。
最高にすてきな季節である春がちょっぴりユーウツになってしまったのは哀しい限りだけれど、海外に出ればスギ花粉に見舞われなくて済むところはたくさんある。だもんで、この季節になるときまって海外逃亡する人もいるらしい。そういう道もあるんだなぁ、と考えればまだ救われる。でもやっぱり、日本の春、薄らぼんやりした色彩がのんびりと間抜けな、東アジアの春が好きなんだよ~。
使われない道路なんかに税金まわしてるヒマがあったら、バカみたいに植樹したあげく放置ぷれいのスギ林をがんがん伐採しろー!!

ちょっとコワイ妄想

最近はエコバッグが流行しているらしい。
なるほど「おばはんの買い物袋」などに比べてみれば、デザインも可愛らしく、しかもリーズナブルで、お手軽にオシャレとエコ感覚とが楽しめる。私でさえ、そのうちひとつ常備してみようかしらん、などと思っている。
しかし、これを常備するケースとなると。
物心つくかつかないかの頃でうろおぼえだが、かつて日本で「オイルショック」なるものがあった。なぜかトイレットペーパーがやたら買い占めにあっていたらしい。その時、近所の商店街で、一軒の店がトイレットペーパーを売るとのことで、どわーっと人が殺到していたのを覚えている。
そのうち、またこの日本で、食べ物や石油製品などがやたら高騰したり、あちこちで品切れになるような事態が起きたとしたら……。それこそ戦後の闇市みたいな世界じゃないけど、通勤途中だろうが営業の出先だろうが、売っている店を見かけたら早いモノ勝ちで買わなきゃ!ってな事態が起きてきたら。
その時こそ、エコバックは「持ってて助かった~」ってシロモノになるのではなかろうか。そうなると、女性だけじゃなく男性もこぞって持つようになるだろうなぁ。
……やっぱりファッションとして持たれている間が、平和でよろしぃなぁ。

今度は何を食べようか?

この数か月、週末はほとんど必ず図書館に行っている……てか、オンラインで図書予約ができるせいで、つい常に上限いっぱいまで予約を入れまくってしまうためだ。週末にはいそいそと引き取りと返却に行く。
こないだ本屋で見かけて読みたくなった、川端康成のエッセイ集「一草一花」が来てたので、興味深く読んだ。
つか、講談社文芸文庫は、版組も読みやすく、美しい装丁もあって嫌いじゃない……というより、かなり好きな文庫なんだけど、文庫で軒並み千円オーバーはツライ。ちくま文庫とかも高いよなぁ。とはいえ、(自分にとって)良い本は何とか生き残ってほしい。こーゆー良心のジレンマに悩むマイナージャンル好きは少なくないのではあるまいか。
川端が岡本かの子をたかく評価していたのには頷いた。てか、岡本かの子の小説をもっと読んでみたい。マイケルジャクチョー(笑)(リンク先最下段の「登場人物」から右一番下をクリック!)のモデル小説「かの子繚乱」のせいで、「アンモラルな情念の女」みたいな人物像を持ってしまったが、実はそーゆーもんじゃなかった気がする。
また、川端の同時代人のうえ親交があったから当然なんだけど、横光利一、古賀春江らにふれたエッセイなどは、好きな作家&画家なので、うれしく興味深く読めた。好きな書き手が、これまた自分の好きな書き手について書いたものを読むのはたのしい。
ちなみに川端は、谷崎の「春琴抄」について、「名作」と褒めてるようでかなり致命的な部分でけなしている(……と私は読解した。当時は「文壇」というもんが支配してたせいで、遠回しでわけわからない物言いばかり跋扈していたようだ……親分支配と権威ばかりまかりとおる窮屈でイヤげな場所だったんだろうなぁ)のには、わらえた。
ちなみに講談社文芸文庫には、川端とも因縁浅からぬモダニズム作家龍胆寺 雄の作品もおさめられているけど、ぱらぱらとしか読んでない。当時の風俗小説としてのきらめきは感じたけど、むしろ文壇追放劇の内幕のほうが読んでて面白いだろうなぁってレベルではあった。

なんにせよ、大正~昭和の戦前の作家って好きだなぁ。いまの日本人作家って、世界の先進国どこでも受け入れられる同時代性、横への広がりは備えているけど、精神の流れっつーか縦の継承が希薄におもえてしまう。翻訳小説をよむときも、その作品を生んだ風土固有の感覚が面白く感じるほうなので、なんかもーちょっと「地酒」っぽい小説が読みたいですな。
いや、どんな地方もコンビニとファーストフードとでミニ東京化した今の日本で、そんな作品ができるんだかどうなんだか自体、微妙なんだけど。農産物も、創作物も、身体と風土からしか生まれようがないんだもん。んむ。

また雪だー!

さむい地方の人には失笑もののタイトル。
でもやはり、朝おきて外が白いとびっくりするもんなんですよ。さむ~。

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