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わかったような?

横浜そごうで「プラハ国立美術館展-ルーベンスとブリューゲルの時代」をやっていたので、見にいった。
去年Bunkamuraでやっていて見損ねた展覧会で、「まぁ見なくてもいいかな……」などと思っていたが、これがかなりのアタリだった。個人的にはフェルメール展よりよっぽど良かった。
ブリューゲルの細密でユーモラスな書き込み(海の緑色が好き♪)や、エラスムス・クエリヌス(子)なる人のスーパーリアルな果実描写もさることながら、ルーベンスの色彩の輝きといったら、もう。ルーベンスといえばあの肉肉した肉食人種の肉体描写がキライという向きも多いと思うが、1600年代初頭に描かれながら亀裂ひとつなくテラテラと輝く画面のみごとさは「すげぇ!」のひとこと。それに、版画の下絵の油彩デッサンは単色ながら強烈に素晴らしかった。
夜は、スペシャルにたのしみな時間となりつつあるお絵かき教室。
お絵かき教室は最近やけに若者が増えて、今日なんか席がいっぱい……まぁ、満員でも十人なんだが(お絵描き教室自体は、一日3コマ×週六日やってる)。またもやぺたぺたと塗りたくって、幸せにひたる。展覧会の帰りに買い足した筆がしなやかで、実に気持ちよくぺたぺたできた。
先生との雑談で展覧会の話をしてて、「画家といえば不幸&性格破綻&貧乏&夭折」というステレオタイプは、二十世紀以降の神話だよねー、と合意。何でもドラマティックなほうがサマにはなるけど、ドラマティックなだけでホンモノだと見なすのは、なんか違うだろう。

そいでもって。
つい先日、創作というものについて十代の頃から考えていたことに、自分なりの回答を出したので書き付けておく。
考えていたことというのは、まぁ、十代なら誰でもが思う悩みだ。「素晴らしいアートを見るとムチャクチャ感動すると同時に、自分にはこんな作品はとうてい生み出せないという事実に打ちのめされる。才能がない人間が創作をすることに、なんか意味なんてあるんだろうか?」
んで、ふと先日、自分のなかから答えが出た。
「素晴らしいアートは、日常性の外に意識を連れ出してくれる。つまり人の意識の針を、毎日の生活のせこいストップウォッチではなく、自分として存在し始めてから消えるまでの “絶対時間” に時計合わせしてくれる。そういう鳥瞰的な意識をセンスとして備えていて、何らかの形で表現できる人間が、アーティストなんだろう。けれど、そんな意識の高みに登れない凡人こそ、高みへと登っていくための“杖として”、創作し続けていくことが大切なんだ」と。

うーん、若かりし自分の不服げな顔が目に浮かぶようだ。けど、今はそう思ってる。

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