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戦争とアニメーションと鳥たち

前にDVDで見たフランスのアニメーション「王の鳥」を、ジブリの高畑勲が旧版「やぶにらみの王様」と徹底比較のうえ論じている「漫画映画の志」を読んだ。「王の鳥」自体は実に美しく、しかも考えさせられるアニメだったので、順番待ちだったけど、図書館で取り寄せて読んだのだ。
で、いっぽう。三十年ぶりくらいに、かなーり気に入ったTVアニメに遭遇。日曜朝8時半からテレ東で放映中の「天元突破グレンラガン」(笑)。気に入ったといっても、毎週決まってTVを見るなんて大嫌いだし、録画の習慣もないので、某ニコ動でチェック。じっくり高画質で見る価値がある作品と思ったので、DVDも買っちゃうぞ~!(うわー!)。

「王の鳥」は、権力の圧政や革命の顛末やらを、さらっとアイロニカルに、そして幻想的な色彩と空間感覚で描いたアニメーション。元作品が1950年代というに、まだ大戦の傷跡生々しく、アルジェリア戦争とかも勃発した頃ではなかろーか。で、この作品は詩人のプレヴェールが脚本を書いている。反権力・反権威な人なので、60年代にはそういうところが評価されて読まれ、それゆえ今は読まれなくなったのかな。だが、サヨク的バイアス抜きに「庶民の小唄」として再評価してほしいもんだ。俗な奴といわれても、実は結構プレヴェールが好きなので(笑)。

こういう、いかにも知的で気の利いた美しいアニメーションなどを見ると、「うーん、権力は恐ろしいもんだし、民衆は無責任なもんだよねぇ、くわばらくわばら」などと、自分だけはそういう陥穽にハマらずに済む知的で冷静な第三者かのように思えてきてしまうもんだ。だが、まったくそんなことはない。
美しいもの・魅力的なものは凄まじい力をもっている。美人女優に商品をPRさせるCMはひきも切らない。ナチスドイツの制服はサンローランだかディオールだかがデザインしたらしい。ナチスの思想とは別に、そのデザインに惹きつけられる人は今なお絶えない。付け焼き刃の教えなぞ、そういう力の前にはどこかに消え失せてしまう。

日本のマンガやアニメは世界中で人気だそうだが……、では例えば、防衛省のイメージアップに、ぶっちゃけ、戦争のプロパガンダに駆り出されたら、日本のマンガ家たちやアニメーターたちは粛々と応えるのだろうか? 「王と鳥」の反骨精神に満ちたクリエイターたちの話を読んで、ついつい考えてしまった。
大友だの押井だの、さぞや未来的な自衛隊のイメージボードをデザインしてくれそうだが。鳥山明のエンブレムペイント戦闘機が発進とかね。……いや、笑い事じゃなくてね。

なお海外では、日本のアニメはやたら暴力とエロが多いと評判らしい。だが日本は二次大戦以降戦争とは無縁で性犯罪も少ない国だという事実。そして実際の戦争のリアリズムとは無縁の宇宙戦争が、TVアニメの中でひたすら消費され、子供や青少年の空想のなかで、「戦争」はシミュレートされてきた。言い替えれば、日本のこどもは戦争イメージをアニメで学んできた。……実際には、いま世界には両者対等の「戦争」なんてなく、ほとんど「虐殺」と「殲滅」があるばかりなのに。
私おもうに、日本のSF戦争アニメは、現実の「戦争」とは似て非なる「なにか」を描きつづけてきていたのではないか? 「侍」が「人殺し」とイコールではないように。
そこを自分たちで把握しとかないと、一方的に「エロと暴力」のレッテルを引き受けさせられかねない気がする。そして、「戦争イメージ」が「戦争プロパガンダ」に使われて是とされるかもしれない。

で、もっか気に入っている「グレンラガン」は、少年主人公の成長を描く、正統派ロボットアニメ指向の新作。全26話(+総集編1回)を4部構成にして、おのおの70年代、80年代、90年代、00年代のロボットアニメのカラーを踏襲するというコンセプトに惹かれて見てみたのだが、ケレン味いっぱいの画が見て楽しく、話の展開がサクサクと早く、絵柄もシンプルなので、昨今のアニメキャラには目がチカチカする年配者にも実に取っつきやすい。

せっかく世界で唯一、「数十年にわたるロボットアニメの歴史」をもつ日本だ。この作品には、戦いのイメージや主人公イメージの変遷などを総覧しながら、日本のTVアニメで夢想されてきた「戦いと成長のイメージ」のこの次を示してほしいなー、と期待してたりする。地味な少年TVアニメのように見えつつ、かなり野心的な作品と思うので、数年経ってから再評価されるんではないか。

てか、ものをつくる人は野心的であってほしいもんだ。
そうして、ものづくりに野心的であると、周囲とぶつかったり、お上とぶつかったりすることもある。ジャック・プレヴェールもおそらく、反権力がどうこうというより、「人生のよろこびの時間をゴタゴタ邪魔する奴ぁ大嫌い」 ということだったんではないか。
「王と鳥」で、愛し合うこどもたちが煙突の上ではじめてこの世界を見るシーンはすばらしく美しかった(宮崎駿も絶賛)。「グレンラガン」でも空中高くの360度の視界を、仲間と、恋人と、満喫するシーンがあった。ともに、鳥のように大地を遠く離れて、世界を見渡す感覚が、問答無用に素晴らしかった。
“足かせは世界を美しくしない” そんなことを想わせるほどに。

今日は終戦記念日。これからも日本が平和でありますよーに。美しいものや善いものが都合良く濫用される時代が来ませんよーに。

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コメント

アニメの戦争プロパガンダ利用に関して私が思うに、例えばガンダムはあまりにメジャーになっているのでかえってそれがカムフラージュになっているように思うのですが、最近作『ガンダムSEED』『SEED ディステニー』は現代の商業的戦争システムをズバリと描き批判していて、観ていて「大丈夫か、コレ」と心配になるほどでした。
まあ、A外務大臣はどうか知りませんが、たいていの政治屋はガンダムなんて知りもしないしアニメを馬鹿にしてるから眼中にないのでしょうけど。

むしろ、スターウォーズなどのハリウッド製SFやヒーロー物などのほうがよほど英雄視とエセ正義のための殺人容認に関して、感覚をマヒさせる効果が高いのでは、と思います。

グレンラガン、がんばってますね。パクリぎりぎりなオマージュ色がちょっときつすぎるのが玉に瑕ですが、私は毎週観ていますよ。

日本のアニメーションは、生まれたときから『戦うということは、生命のやりとりをするということ』とちゃんと解って創ってきていると私は信じています。
そういう意味でも、ぜひせいさんには『ぼくらの』を観ていただきたいものです。

トラバもさせていただきました。

こんにちは~。
うーん、ハリウッドな代物のほうがヤバイというのは同意ですが、現状でのアニメの戦争批判等についてはそれほど評価しかねます。平和な時には何とでも言えるものなので。

また、「戦い=生命のやりとり」という意味では、ウルトラシリーズはじめとする特撮のほうがよく描けてたような気がします。日本アニメにおいて描かれてきた「戦争」は、むしろ「自己超克」に主眼が置かれてきた気がします。富野アニメのリアル殺戮描写→種の覚醒みたいなとこが契機かもしれませんが。

グレンラガンは面白いです。パクリか内輪ネタかオマージュかRefineか、まだ判断は保留しますが、作者たちの愛の深さで天元突破して、ロボットアニメの Refine領域に突入してほしいです。

「ぼくらの」、先日、マンガの冒頭だけ立ち読みしました。面白そうですね。ちなみにこの作品のロボットって、ジョージ秋山の「ザ・ムーン」にインスパイアされたそうですね。いい作品が忘却されないために、こういう形で引用されるのもよいですね。

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