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2007年8月

拝んでしまった

白衣が似合いそうなケモノ娘とともに、SFワールドコンに参加。お得な横浜市民割引で入らせていただきました。
あ、この土日は市民割引当日券は6000円です。でも朝も早くから駆けつけてねっちり濃厚に楽しむなら、モトは取れると思う。さまざまな企画で途中入退場自由なのでハシゴも可能。てか、でずにーらんどなんかに行くより有意義だと思う。はるかに。

いろいろな企画を見たかったのだけど、ちんたらしているうちに終わってしまったり、混んでたので遠慮して自重したり、かぶってしまって断念したりしたのだけど、それでもなお、独特ないい雰囲気を楽しめてよかった。有名なSF作家が多々ご来場なのだが、いちSFファンの顔で参加してて、壇上と壇下でまったく断絶がないって感じ。オトナなのほほん感があふれてました。

※9/1付記:ワールドコンの聴講てんまつ、ちゃんと! 同行ケモノ娘さまが詳細なレポートを上げてくださった。さすが現役の学生じゃ!という、わかりやすく的確なレポートなので、SF・腐女子・アニメ系トピックをサポート可な方はご一読など。つか、強敵(とも)とSトりんさんは強制指名で読んでください、よろしく。

聴講企画についてや、昨今の同人リア厨についての貴重な証言トークなど、印象的なことは多々あったのだが、個人的には、かの永井豪先生……個人的には断固として豪ちゃん……を生で拝見してしまったのが嬉しかった。つか、こんな適当に空いててリラックスした雰囲気の会場でご尊顔を拝見しちゃっていいんですか、嬉しいような恥ずかしいような、いや、血中豪ちゃん濃度の濃さなら自信があるんですってゆーか、あなたが私の幼少期の(;´Д`)'`ァ'`ァと(゚Д゚)ゴルァ!の根幹を定めてくださったお方ですよね、みたいな。一般参加者に混じって和やかに場内を去っていく豪ちゃんの背に向けて、思わず手を合わせてしまってました。

まぁ、SF好きな人もそうでない人も、入場無料のパシフィコ横浜 展示ホールAだけにでも遊びに行くのが吉だね。遠路はるばるな参加者たちも、楽しんでくれますように……。

この際だから固め打ち

クソ暑くて死にそうだった八月も今日で終わり。一雨ごとに涼しくなる。

せっかくアニメに興味を持ったので、何作かレンタルで借りてきて、ここ数日は固め打ちで見てました。「銀河旋風ブライガー」(1981年)とか、「新ゲッターロボ」(2004年)とか、手塚治虫のインタビュー(実験アニメーションの紹介含む)とか、「ケモノヅメ」(2006年)とか。
前2作は、ブッ飛んだ系のものが見たかったから。他にも少々理由はありますが。ブライガー第一話の超安易展開には鼻から牛乳。でも嫌いにはなれない、到底なれない、小学生だったことのある人間には嫌いになれないよ、あの安易さは!(笑) 。ガンダムよりも後の作品だという事実。B級を愛してやまない人に勧めたい。
新ゲッターロボはOVA。実はアニメ・ゲッターロボは見たことない。ので、ケン・イシカワ色あふれるという新ゲッターを借りてみました。さすが、登場キャラが狂ってます。それでこそ!!
後2作は実験性のあるアニメが見たかったから。ただ、手塚の実験アニメを見て、しみじみ「過去だなぁ……」と感じてしまってました。アイデアが先走ってて、絵の快楽がないというか。あんなに生きた線が描けるのにアニメに傾倒する手塚は、最高の正妻を足蹴にしてヒモ付きの愛人に入れ込む人に見えました。それが人の業というものなのか。
いっぽう「ケモノヅメ」は、話も絵も動かし方も音楽も含め、個人的には超好みでした。全くアニメ絵ではない絵が好きになれるかどうかが分かれ道と思いますが。WOWWOWでPPVで放送されてたということですが(R-15だし)、手持ち無沙汰のオトナが、夜中にワンルームで缶ビール片手に見ると、しっくりハマりそうです。これは13話しかないので、続巻も借りて全部見る予定。アニメという枠を超えて、「見て面白いコンテンツ」という選択肢の1つになりうる作品と思います。はい。

しかし自分で改めて気づいた点。むっちゃくちゃなパースとかポージングとか、そういうケレン味たっぷりの作画をするアニメーターにしか惹かれない……。絵でデフォルメするのは超苦手なので反動かも。

物語は古い歴史をもつ

図書館でふと手にとったのでプラトンの「クリティアス」をさらっと読んだ。西洋ではよく引き合いに出されるアトランティスなる島国国家の話が出てくる本だ。
ギリシア哲学の本とかいうと難しげに思うのだが、いざ読んでみると、たのしいものだ。つーか、ソクラテスだのプラトンだのの本って、かならず上流階級のひまな連中(政治家とか弁舌家とかなので実際ヒマではないだろうが)が集ってくっちゃべる、つまり江戸時代の長屋漫談そのままなんだもん。ただ、話す内容が自然科学だの国家論だのというだけで。
アトランティスっつーのはやたら強大な島国で、服属を迫ってきたその覇権に、アテナイが全世界の注目のなか、雄々しく立ち向かった、というものらしい。で、戦いのさなかに大地震が起きてアトランティスは水没、ギリシア側も結構死んじゃって大変でした、という内容だった。これは一種の宇宙論本「ティマイオス」に記載。
……スティーブン・キング「アトランティスの心」などでロマンチックと思ってたが、けっこう困った帝国主義国家だったんだなぁと知って、やはり原典を見ないとと思った。
ま、アトランティスが存在したのは、プラトンの時代からさらに9000年前とかいうので、理想国家を論じるために捏造したお話なのではないかって気もするのだが。
で、一種の理想国家論「クリティアス」に戻ると、アトランティスは最初は賢人政治をやっていて、たいへんに繁栄していた(都市のようすが設定厨のように細々と書いてある)のが、だんだんと人心が堕落していき、繁栄&悪徳な国家になる。そこでその人民に報いを受けさせるべく、いよいよオリンポスの神々が集った……というところでいきなり、未完。がくーっときた。後世の散逸ではなく、明らかに中断されたのだという。
「こ、これじゃ一昔前の打ち切りマンガの終わり方だー!!」とウケてしまった。
「次週、乞うご期待!」な感じで未完というスタイルが、2500年前からあるという事実。ある意味、親しみを覚える。今後はもっと古い時代の戯曲なども読んでみようかと思った。

アニメ関連でつらつら

で、グレンラガンを楽しんでるついでに、アニメ関連をつらつら考察してますた。
たとえば某ニコ動に、鉄腕アトムの時代から(!)2007年までのおよそ半世紀にわたるSF・スパロボ系アニメの年代別オープニング集シリーズがあったので、頑張って一通り見てみた。オープニングは最重要なつかみなので、演出が時代をビビッドに反映していて面白い。特にアニメは「お子様向き大衆娯楽」と軽視される分だけ、時代の気分がダダ漏れに出てて楽しい。大昔のアニメーター(の一部)の凄まじい画力に感動。CGとか無いのにどんだけー! しかし近年のものは全く知らないので、見てて正直ツラかった(笑)。

で、いっぽう。グレンラガンのアニメはコマ送りで堪能してます。作画では、陰影を簡易にして作業の省力化をはかりつつ、アメコミ・イラスト調のセンスで処理してかえってカッコよく見せる技などに感動。デフォルメとかも面白いし。こういうサブカル的アニメ色をTVシリーズに取り入れる流れは、視聴者の感性の幅も拡がって非常に良いと思うんだけども……。
アレ? わてらが幼少期に見てたアメリカ製アニメーションが一回りして戻ってくるみたいじゃね? トムとジェリーとかチキチキマシーンとか(笑)。
歴史は繰り返す。新しいとか旧いとか実はどうでもいいんだな、きっと。

あともう一点。アニメーターさんって、3D的な空間把握能力がないと絶対できない仕事ですな。あと観察力? どちらの感覚も、少しでも吸収したいもんです。アニメートさせたいとかは到底おもわないけど、せめて立体の感覚くらいは(泣)。

どうしても

一夏に一度は、このデザインテンプレートにしないと、生きてる気がしない。
世間は盆休み、関係なく因業人生を爆走中。

戦争とアニメーションと鳥たち

前にDVDで見たフランスのアニメーション「王の鳥」を、ジブリの高畑勲が旧版「やぶにらみの王様」と徹底比較のうえ論じている「漫画映画の志」を読んだ。「王の鳥」自体は実に美しく、しかも考えさせられるアニメだったので、順番待ちだったけど、図書館で取り寄せて読んだのだ。
で、いっぽう。三十年ぶりくらいに、かなーり気に入ったTVアニメに遭遇。日曜朝8時半からテレ東で放映中の「天元突破グレンラガン」(笑)。気に入ったといっても、毎週決まってTVを見るなんて大嫌いだし、録画の習慣もないので、某ニコ動でチェック。じっくり高画質で見る価値がある作品と思ったので、DVDも買っちゃうぞ~!(うわー!)。

「王の鳥」は、権力の圧政や革命の顛末やらを、さらっとアイロニカルに、そして幻想的な色彩と空間感覚で描いたアニメーション。元作品が1950年代というに、まだ大戦の傷跡生々しく、アルジェリア戦争とかも勃発した頃ではなかろーか。で、この作品は詩人のプレヴェールが脚本を書いている。反権力・反権威な人なので、60年代にはそういうところが評価されて読まれ、それゆえ今は読まれなくなったのかな。だが、サヨク的バイアス抜きに「庶民の小唄」として再評価してほしいもんだ。俗な奴といわれても、実は結構プレヴェールが好きなので(笑)。

こういう、いかにも知的で気の利いた美しいアニメーションなどを見ると、「うーん、権力は恐ろしいもんだし、民衆は無責任なもんだよねぇ、くわばらくわばら」などと、自分だけはそういう陥穽にハマらずに済む知的で冷静な第三者かのように思えてきてしまうもんだ。だが、まったくそんなことはない。
美しいもの・魅力的なものは凄まじい力をもっている。美人女優に商品をPRさせるCMはひきも切らない。ナチスドイツの制服はサンローランだかディオールだかがデザインしたらしい。ナチスの思想とは別に、そのデザインに惹きつけられる人は今なお絶えない。付け焼き刃の教えなぞ、そういう力の前にはどこかに消え失せてしまう。

日本のマンガやアニメは世界中で人気だそうだが……、では例えば、防衛省のイメージアップに、ぶっちゃけ、戦争のプロパガンダに駆り出されたら、日本のマンガ家たちやアニメーターたちは粛々と応えるのだろうか? 「王と鳥」の反骨精神に満ちたクリエイターたちの話を読んで、ついつい考えてしまった。
大友だの押井だの、さぞや未来的な自衛隊のイメージボードをデザインしてくれそうだが。鳥山明のエンブレムペイント戦闘機が発進とかね。……いや、笑い事じゃなくてね。

なお海外では、日本のアニメはやたら暴力とエロが多いと評判らしい。だが日本は二次大戦以降戦争とは無縁で性犯罪も少ない国だという事実。そして実際の戦争のリアリズムとは無縁の宇宙戦争が、TVアニメの中でひたすら消費され、子供や青少年の空想のなかで、「戦争」はシミュレートされてきた。言い替えれば、日本のこどもは戦争イメージをアニメで学んできた。……実際には、いま世界には両者対等の「戦争」なんてなく、ほとんど「虐殺」と「殲滅」があるばかりなのに。
私おもうに、日本のSF戦争アニメは、現実の「戦争」とは似て非なる「なにか」を描きつづけてきていたのではないか? 「侍」が「人殺し」とイコールではないように。
そこを自分たちで把握しとかないと、一方的に「エロと暴力」のレッテルを引き受けさせられかねない気がする。そして、「戦争イメージ」が「戦争プロパガンダ」に使われて是とされるかもしれない。

で、もっか気に入っている「グレンラガン」は、少年主人公の成長を描く、正統派ロボットアニメ指向の新作。全26話(+総集編1回)を4部構成にして、おのおの70年代、80年代、90年代、00年代のロボットアニメのカラーを踏襲するというコンセプトに惹かれて見てみたのだが、ケレン味いっぱいの画が見て楽しく、話の展開がサクサクと早く、絵柄もシンプルなので、昨今のアニメキャラには目がチカチカする年配者にも実に取っつきやすい。

せっかく世界で唯一、「数十年にわたるロボットアニメの歴史」をもつ日本だ。この作品には、戦いのイメージや主人公イメージの変遷などを総覧しながら、日本のTVアニメで夢想されてきた「戦いと成長のイメージ」のこの次を示してほしいなー、と期待してたりする。地味な少年TVアニメのように見えつつ、かなり野心的な作品と思うので、数年経ってから再評価されるんではないか。

てか、ものをつくる人は野心的であってほしいもんだ。
そうして、ものづくりに野心的であると、周囲とぶつかったり、お上とぶつかったりすることもある。ジャック・プレヴェールもおそらく、反権力がどうこうというより、「人生のよろこびの時間をゴタゴタ邪魔する奴ぁ大嫌い」 ということだったんではないか。
「王と鳥」で、愛し合うこどもたちが煙突の上ではじめてこの世界を見るシーンはすばらしく美しかった(宮崎駿も絶賛)。「グレンラガン」でも空中高くの360度の視界を、仲間と、恋人と、満喫するシーンがあった。ともに、鳥のように大地を遠く離れて、世界を見渡す感覚が、問答無用に素晴らしかった。
“足かせは世界を美しくしない” そんなことを想わせるほどに。

今日は終戦記念日。これからも日本が平和でありますよーに。美しいものや善いものが都合良く濫用される時代が来ませんよーに。

上手いとズギューンの差 - 安彦良和原画展

つーことで川崎市民ミュージアムで開催してる安彦良和の原画展に行ってまいりました。いや、用あってみなとみらい線に乗った帰りに、「……暑いから横浜乗り越して、そのまま行ってみるか」と思いまして。
川崎市民ミュージアムは漫画をちゃんと扱う希有なとこ(良い学芸員さんがいるらしい)。私的には、アニメやマンガを人寄せパンダにする、都の現代美術館とか文化庁関連なんかより好感もてます。上村一夫の展覧会もやってくれたっけ、ありがとう(行かずじまいだったんだが……)。

てなことで、実はココは初訪問。では、私が安彦良和の熱烈なファンかというとそんなことはない。だが、私にとってはびみょーに思い出深い人である。
はるか大昔、いわゆるファーストガンダムが世に出た頃、当時の友人が大ハマりして、いかにも厨房らしく、熱心に布教をかけてきた。その中で、「ほら、脚の曲線が棒みたいにストンと落ちるんじゃなくて、反ったカーブになってるでしょ、実際に見るとそうじゃん? リアルなんだよねー」と言い、それにはとても感銘を受けた。確かにそれまで、そういうラインの描き方は見たことがなかった。つか、“いつも見えているものなのにそのような見方をしていなかった” ことに気づかされた。
ということで、安彦良和は、自分の 『人体画好き』 の契機になった存在かもしれない。

とはいえ、やはり安彦絵は好きにも嫌いにもなれなかった。大ファンな人もいると思うので感性の問題とは思うけど、私にとっては「上手いなぁ」と感心はできても、燃えも萌えも感じない。つまり “ズギューン!” がないのだ。こーゆーのって微妙である。原画展なので、実際の色遣いからペンタッチまでがまじまじと見られて、いろいろな理解が深まった気はするが、「堪能したー!」というより「勉強になりました」という感じ。
……もしかしたらこのヒトは、職業で描くイラストレーションよりも、純粋にシュミで描く画のほうが素晴らしいかもしれない。そんなんを描いてるかどうかは知らないが、「キャラ」ではなく「絵」を見にいった人間にとってはそのほうが感動できたかも。

蛇足で言えば。熱心に連日の布教をかけられて、いちおうガンダムの筋も登場人物も一通り理解はしたが、やっぱり好きにも嫌いにもならなかった。
てか、再放送されてた(当時でさえOUT OF DATEな)ロボットアニメの「コンバトラーV」のほうが、その熱血バカさとクサさと主題歌の底抜けさと関西弁キャラ登場ゆえに、ネタとしても燃えとしてもよほど好きだった。根が脳天気にすぎる私。ちなみにこちらもキャラデザインは安彦良和なんだが(笑)。

大変たのしみなSFワールドコン

てなことで、SFの世界大会、Nippon2007ワールドコンが、8月30日~9月3日まで横浜にて開催される。
読んだSF小説は旧いスペースオペラやサイバーパンク辺りの数作のみという私にとって、微妙に縁があるようなないようなイベントではあるが、それでも大変に意義深い開催だというくらいは理解できる。SFというのも色々と幅広いようで、いまや空想科学小説どころか、時間と空間からジェンダーまで、ありとあらゆる先鋭的な問題意識の流れ込む先みたいになってたりする。そーゆー不可思議なジャンルで自主独立のファンイベントが毎年世界のどこかで開催されつづけていて、しかもそれがアジア初の開催として地元にやってくるというのは、たいそう嬉しく誇らしいかぎり。
アートショーやグッズ展示が行われる展示ホールAは入場無料だし、当日券限定ながら横浜市民割引も実施される(口頭での証明で済むようで……)。どの日に出かけるかは日本SF作家クラブにあるタイムテーブルを参考にしようかと。まぁ、眼福のために最低限でも展示ホールには出かけてみたい。みなさんも、でひご覧あれ。てか、アートショーだけでも結構たのしみだなぁ。

てなことで、精神の夏涸れ防止のため、エサやり続行中&画策中。回復基調だけど、ぱかっと出力アップするには、毎日が暑すぎて……。

森村泰昌展 「美の教室-静聴せよ」-はにかみと決然

昨日は旧き強敵(とも)と横浜美術館へ。森村泰昌の展覧会 「美の教室-静聴せよ」をやっている。9月17日まで。
本人の公式ページからギャラリーを見てもらえればわかるが、この人は名画の中の人物に扮して「名画」になってみたり、往年の大女優に扮してみたりと、コスプレ的な要素で耳目を惹いている。だが私的には、たいそうマジメなはにかみ屋のように思えてならない人だ。

小学校の机や椅子を並べたりした、教室仕立ての展覧会は、それ自体が夏休みの自由研究って感じだし、また子供らがわらわらと見て回っているのをみても、よくハマっている。大量のお子らの群れは、講義を吹き込んだ無料ガイドともども、鑑賞する分にはウザいが、意図としてはOK,了解するよってな感じ。
ハデで濃密でキレイなんだかキモイんだかな名画コスプレは、やっぱし目立つし面白いし、子供らもウケていたんだが、しかし「東洋の島国のヒトが西洋美術をまねぶことだって、やはり一種のコスプレなんでないの?」という、明治以来の問題意識を巧みにつついてくるのも事実。名画コスプレの中に何気に招き猫や獅子舞が登場するあたりも、土地の血っつーか関西人的なサービス感覚があって、また楽し。

最後の三島コスプレによる上映を見て、展覧会タイトルに「あっ、そうか」と得心したのだが、子供らには元ネタがわからないかもしれない(会場には元ネタ演説の英語版パンフしかなかった)。これから行く人は元ネタにざっと目を通しておくよろし→三島由紀夫演説文
あ、このエントリの文脈だと民族主義的に誤読される可能性があるかもしらんが、森村はそーゆーことを言いたいわけではないと思う。なのであえてパロ演説の内容は引用しない。実際に見てほしい。ちょっと胸をつかれましたよ、ホントに。

画面中の眼下にひろがる昼間の公園で人は我関せずと行き交い、展覧会場で子供らはおかしいと笑う。
でも、アーティストはお追従笑いはせず、かといって肩怒らせて悲憤慷慨はせず。
ネタとマジ、本物とパロ、西洋とニッポン、女と女装男、怒りと笑い、キレイとキモイ、なんだか可笑しくてなんだか切ない、そーゆーはざまでアーティストは自分に誠実に生きてる。
もし自分が人の親だったら我が子に見せるべきか否かビミョーな、つまり良い展覧会でした。

あ、美術館には遠くて行けないという人は、ぜひこちらを。
『「美しい」ってなんだろう?-美術のススメ』 →サンケイの書評
むずかしくなく、かといって迎合もせず、読んでおもしろく、エッセンスがいっぱい詰まってます。どんなレベルであれ “表したい・現したいなー” という人は一読すべきかと。
この「よりみちパン!セ」シリーズ、 “一生懸命なオトナが思春期な人々に伝える等身大に誠実な本” というのは、もう思春期でない人間にとっても非常に有益なものです。全力で品質に留意しつつ、ずっと続刊してほしいもんです。

どういうお悔やみラッシュだ

アントニオーニが死んでも、あんまり見てないから通りいっぺんなお悔やみで済むが、阿久悠が死んだのは、結構しみじみした。作詞といっても、Wikipediaをみればわかるとおりピンクレディーや都はるみ、宇宙戦艦ヤマトやデビルマン、ピンポンパン体操などなど、凄まじく守備範囲が広い。だが私にとっての阿久悠は全盛期ジュリーにトドメを刺す。ビンボくさい昭和日本の現実を無視した虚構のドラマ世界は、芝居や映画だとやはり粗が見えてキビシイものだが、3分間そこそこの魔法なら何とかなる。阿久悠の作品世界は、早世した絵師・上村一夫と同じく、何より情念と美を優先させたように思う……淡々とした語り口も実は出来るくせにな。
まだ夜が明けないので、私の好きな曲、モップスの「朝まで待てない」がお悔やみによさげな感じがする。これはなんと阿久悠のA面デビュー作だったらしい。ちなみに私はこの歌詞を林静一の漫画「赤色エレジー」で知った。実際に曲を聴いたのは何十年かのちなんだが……。
♪闇に~向かっておまえの名を呼ぶ 今すぐ会いたい 朝まで~待てない~

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