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2007年7月

雨だとひたすらDVD

黒澤映画、今度は「隠し砦の三悪人」。これもまた面白い。強欲な百姓コンビ(スターウォーズのロボットコンビの元ネタ!)が狂言回しになって、三船のトシちゃん大活躍。なんつーか、ほんとにその時代にカメラ送り込んだかのよーなリアリティある人物像は、昨今の時代劇ではもはや不可能なレベルだと思う。
馬上の殺陣シーンがまた、クソかっこいい。これをノースタントでやったなんて……特撮かよ!!って感じの凄さ。黒澤時代劇は実はチャンバラシーンはそう多くないようだけど、いちいちカッコイイ!

がらっと変わって石井隆の「夜がまた来る」。これでいわゆる名美・三部作はみんな見たことになりますが……やっぱり「ヌードの夜」がベストかな。余貴美子がムチャクチャ素晴らしいし、他の俳優も名演だし。「花と蛇」は未見だし見る気もない……、もちろん石井隆は女を綺麗に撮るんだけど、「脱ぐだけ女優」のプロモ監督みたいな扱いはやめていただきたい。

つぎは「茶の味」の監督の石井克人のアニメや過去作でも見ようかな。なんか今は溜め込みサイクルかも。

またもやご隠居が

プロレスの神様こと、カール・ゴッチが亡くなったとは。ご冥福をお祈りしたい。天国でも大好きな関節技の研究を……って、イヤげな極楽模様かな(汗)。
てゆーか我が家では、第1次(!)UWFのスポーツタオルを未だに現役で使ってるんですが。物持ちいいにしても限度を超えているだろうか。

やっぱクロサワすげぇ&思い出は美しすぎて

映画では「荒野の七人」と「用心棒」など見た。前者は「七人の侍」の脳天気リメイク。なんつーか、原作の重々しさが消えているというか……妙に好戦的な農夫たちに笑える。唯一、キャラ立ちの点ではこっちのほうが上かも? 登場人物の見てくれもいいし。しかし原作の「戦」の部分が消えて、パンパンぶっぱなして終わりって感じもするぞ。西部劇ってほとんど見たことがなかったので、今後はちょっと見てみようと思う。
後者は、「七人の侍」のあまりの面白さにひかれて借りてみた。これもまた面白い。しかし映像がキレイ。クロサワ映画は作品が面白いと褒める声はよく聞くけど、ワンカットワンカットごとのカッコ良さがこれほどとは、どこにも書いてないじゃないか。おかげで今まで損した気分だ。それに、描写がいちいちリアルなんで、役者が演じているというより、その劇中人物が本当に実在して生きているかのようだ。
対談で宮崎駿も黒澤明も、「一本撮り終わる頃には、劇中の人間は完全に一人の人間として自分の中に存在しているので、『もう二度と会えない人』のように思えてしまう」と話していた。監督も役者もスタッフもみんな総出で血と肉を分けてやることで、キャラクターは長く長く生き続けるのだねぇ。

そうそう、既出の通り、旧ルパンを観て、(当時の世相や制作側の苦労などもひっくるめて鳥瞰的に理解できるトシになったせいか余計に)感動したもんで、『以後&昨今の作品も喰わず嫌いをせずに見てみようか』(実は、1stシリーズと劇場版の最初の2本を除き、2ndシリーズも含めて全て未見)……と昨夜放送のTVスペシャルとやらも含めて何作か見てみたのだが……。
……誰も血と肉を分けてやらなかったのだな。むしろ1stシリーズの記憶のみを保っていた昨日までの自分が幸福に思える。 _| ̄|○

実写とはまた違った映像体験ができるので、アニメは好きなんですが、近年に見たアニメで (・∀・)イイ! と思ったのは「マインドゲーム」くらい。あ、「鉄コン」と「春のめざめ」は未見。TV作品は全く見てませんが……なにせTV見ないもので。萌えクソオタに媚びたキャラよりかかり量産系アニメが多かったりするしな。
なんつーか、アニメを見るなら、アニメ特有の、想像力を自由に羽ばたかせたような、こっちの刺激になる作品が見たいんだよ!! リアリティを競ってどうする! 止め絵の見てくれを競ってどうする! どっちに転んだって、実写にもマンガにも敵わないだろ!!
……当分はクロサワ映画と西部劇でも見ることにします。

ドキュメンタリーや対談ばかり

読んだ本、まとめ書き。
「累犯障害者」「自閉症裁判」。どちらも数年前に世間を騒がせたレッサーパンダ帽男による殺人事件からはじまる。前者は、精神障害者や聾唖者による犯罪(および犯罪被害)、それをとりまく福祉や刑務所の現状をリアリティをもって描いてて、特に考えさせられた。考えた……というか、なんて言えばいいのだかわからない。
「時を駆ける美術」。芸術家モリムラによる、画家紹介のかる~いエッセイ。横浜美術館の展覧会を楽しみにしよう。
「何が映画か」。黒澤明と宮崎駿の対談。二人のエゴの強さ、言い替えれば作品へのこだわりに感動。この凄まじい濃ゆさが天才たるゆえんなのだろう。「フツー、ここまで自分の持論を通そうなんてしないよな~」と思うが、それこそ自分が作りたい世界がくっきりと見えてるか見えてないかの差かもなぁ。
その他、二、三冊読んだような気がするが拾い読みなので割愛。ここ数日はネットで文章や情報を漁っていたので、たくさん読んだように思えて、本は大して読んでなかったのだなぁ。

「殺しの烙印」-アレな人のみ観るが良し

1967年6月15日に封切られた「殺しの烙印」を借りて観る。監督は鈴木清順。しかも、鈴木清順はこの映画で 「こんなワケのわからないもの作りやがって!!」 と当時の日活社長にクビを切られ、全共闘流行の世相もあってこの解雇問題がエラくモメたという、超いわくつきの作品。
ちなみに鈴木清順は前に「けんかえれじぃ」を観た時も、「よぅわからん……」という感想だったので、期待せずに観た。
………。

社長、あんた正しいよ。
「映画一本作るのに6000万かかるのに、みんな赤字ばっかりにしやがって!!」 とも叫んだそうだが、その血の涙がわかるよーな気がする……。
そもそも、“飯の炊ける匂いを嗅がないと勃たなくてパロマの炊飯釜かかえて恍惚とする殺し屋(宍戸錠!)” という設定で、もはや観客の半数が脱落するのではないだろうか。筋書きなぞ、観たあとに脚本を読んで、何とか理解できるかどうか、という世界。シュールな映像とかそういうレベルではない。「理解するより感じるんだ」というのは真実だろうが、それにしても凄まじい。真理アンヌのヌードが観たいとか言う人と、狂える '60年代末好きにしかオススメできない。
この制作メンツはのちにルパン三世のTVシリーズにかかわったが、確かにこの感覚はアニメでしか表現できないのでは? アクションシーンはカッコイイんだけど……、役者を火ダルマで100mくらい走らせようとか考えてて、主演の宍戸錠が「せいぜい17mくらいだよ! それから草むらに消化器やバケツを用意して!」と忠言したそうだし(笑)。

しかしダウナーな主題歌 「殺し屋の歌」 は妙に耳についてしまう。なんつーか、マジになっていいのか失笑していいのか、あまりにこの時代ならではの雰囲気をご一緒にどうぞ。歌は脚本の大和屋だったりする(本編にもダンディーな殺し屋として登場)。

♪男前の殺し屋は 香水の匂いがした~
     『でっかい指輪はめてるな』
     『安かねェんだ』
     『安心しろ。そいつには当てねえよ』 (銃声)
曲がったネクタイを気にして~ 死んだ……。

♪寝ぼけ顔の殺し屋は 寒そうに震えてた~
    『女を抱いてきたのか』
    『あたりきよ』
    『湯たんぽを抱きな』 (飛行機の音)(銃声)
熱い鉛を抱いて~ 死んだ……。

♪青い顔の殺し屋は、見覚えがあった~
    『誰だ?どっかで見た顔だな』
    『……』
    『やるか?』 (銃声)(ガラスが割れる音)
鏡の向こうに~ 砕けて……消えた……。

「七人の侍」-実は初めて見ました

よーやく見ました、「七人の侍」。
モノクロって苦手だしぃ~、それに三時間オーバーの長尺だしぃ~♪ などと言って敬遠してたので。
………。

死ぬほど面白れェ。

これは大スクリーンで見たら、死ぬな。
モノクロ画面の光と影の、美しいこと美しいこと!!
もし総天然色だったら、魂抜けて映画館から帰れなくなるヤツ続出だったと思う。
それにモノクロだと色が古びないからなぁ。
日本の高度成長のためにも、美のスタイルを示すためにも、モノクロで良かったと思う。ホントに。

※これからDVDで見る人は、なにしろ音声が古いので、日本語版字幕を出して観るのがオススメ。

何故こんな時に

風邪ひいた……。起きたら頭痛すごすぎ。熱あり。阿佐ヶ谷まで出られません。とほほ。

わらわら雑食

ここのところ借りはしても本が読めず。バースの「やぎ少年ジャイルズ」、借りたはいいが、挫折。 orz
わずかに読めたもの。サトクリフの「英雄アルキビアデスの生涯」(原題は「アドニスの花」)。古代ギリシアの政治家アルキビアデスの伝記だが、ピカレスクロマン風で面白かった。山田風太郎の室町もの。ドトールでくつろぎつつ一気読みなのでタイトル忘れた。この人の描く少年少女は実にうるわしい。エログロかつ虚無的な作風を背景に、一段と映えるんだよね。シスターお勧めの宇江佐真理「あやめ横丁の人々」。ゲットーの良いとこトホホなところ、両面を描いて泣かせる佳作。
読了はこの程度で、あとは本屋でパラパラ立ち読み。時代小説をひさしぶりに読むと、独特な語彙や言い回しの豊かさにうっとり。いいものです。
明日(もう今日か)は東陽片岡トークショーを聞きに阿佐ヶ谷まで。うさんくさい同時代にひたってきまつ。

Wikipediaで放浪 - Bloody Coolなルパン三世

なまじ時間があると、Wikipedia を好奇心のおもむくままに読んでしまう。今日はなぜか「学天則」を調べているうちにいつのまにやら「ルパン三世」関係を読みふける事態になっていた。
そこで何と、私の大好きな第一シリーズ第二話「魔術師と呼ばれた男」の脚本が大和屋竺と知って驚いたよ……。いや、アニメ脚本のほうがむしろ有名らしいのだが、私ゃ70年代A Go Go なB級暴力エロ映画世界の監督としてしか知らなかったのだ(「番格ロック」の監督だよ>身内。ただしキャロルの主題歌は名曲でも、映画はB級暴力スケバンエロポルノすぎてVHS化もされなかったようだ……)。
んでもって。
さらに、なんとちょーどGyaoの昭和TV(笑)で、その第二話が無料試聴できると知って、ついつい堪能してしまった。パイカルってメッサーシュミット(クルマのほう)に乗ってたんだねぇ。はじめて気づいた。次回予告で、大好きな「さらば愛しき魔女よ」のさわりまで入ってて嬉しかったことだよ。8/1まで公開。
つーことで以降、オタ的に熱く語ります。いや、幼少時体験って濃いから。

私はルパン三世に関しては、「第一シリーズの三話まで(あ、もすこし広げて十話くらいまではセーフ)」主義者なのですが、上記を見てもらえばその理由はわかるのではないかと。だって今日のイメージとはまるで別物だし。
まぁ、昨今の複雑なアニメを見慣れた目には辻褄の合わない粗だらけでせうが、あの乾いてけだるいアダルトな雰囲気や峰不二子の悪女の魅力は今なおクるものがありますな。三話まで演出を担当した大隅正秋は、ルパン三世の人物造形を、祖父の代から受け継いだありあまる財産に囲まれて大邸宅に住み、ただ倦怠(アンニュイ)をまぎらわすために危険なアソビに走る退廃したフランス貴族の末裔……ってな風にイメージしてたらしいが、たしかにフランスのフィルム・ノワールな雰囲気が伝わってきます。(・∀・)イイ!
以前に旧き強敵から聞いた、「原作マンガでは様々なオンナが出てくるが、名前はすべて峰不二子」という話にも、感銘を受けまくりましたが……。すべての女はただひとりの女、ってやつですな (それなら『不二子』の名も妥当ね)。
魅惑的で嘘つきで賢くて欲深くて愚かで優しくてエゴイスティックでしかしそれでもなお可愛くてたまらない、まさに「謎」であり「女」であるキャラって、実に魅力的な設定ですな。しかもアニメでそれをやるか、と。
彼女は年代経過とともにひどく貶められたキャラな気がすますが、それもルパンの人物像が、第一シリーズ後半から「退廃したフランス貴族の末裔から、何かうまい話はないかと常にきょろきょろとあたりを見回しているイタリアの貧乏人の小倅へ」(宮崎駿の談:Wikipediaより孫引き)変化しちゃったせいなのだろうか。だからといって不二子までイタリア的「おかみさん」にしないでほしいもんだが。
(もちろん「カリオストロ」も私的には「パヤオの映画」だす。どんな作品世界にもロリを持ち込むあのシュミは何とかならんのか、ホントに!!)

以下すべて私信。ルパンはタコ嫌いだったっけ。……負けず嫌いそうだしな……。それにしてもクール系敵役は、花形満にせよパイカルにせよいおりんにせよ、片目隠しのすだれヘアが定番なんですね。どこらへんがルーツなんだろう?

河合隼雄が亡くなったか

近年、著書を読んでなかったけど(出してもいなかったかもしらんが)、ふと思いついて、河合隼雄の話題に触れたとたん、亡くなってしまったとは。
一時期はちょっとカルトかよ!ってくらい持ち上げられてたけど、そこで甥っ子が破壊的トリックスターとして働いたあたり、元型の世界に生きてしまったヒトの業を感じたことですよ(→京大研究員だった甥が社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)のサイトのセキュリティの甘さを叩き、イベントの席でも不正アクセスを実演。そいつが逮捕された時、河合隼雄はこの団体を所轄する文化庁の長官をやっていた)。ある意味では天晴れだよね。円環的な世界観をひろく提示した以上、アゲアゲのまま死ねるなんて、本人だって思ってなかったろうし。人間は成長を遂げるにつれ、善とも悪とも言い切れない何かになるものかと。
昨日の共産党のミヤケン訃報に続いたんで、なんだか指導的立場にあった「ご隠居」たちが去っていく時期なのかと感じてもいたりして。

ささやかに感動-ガムテープが展開するフォント

スラッシュドット ジャパンを読みに行って知った記事。
「君は修悦体を知っているか」(SLN:blog*:)
たまに新宿駅を通りかかったときなどに 「おお、わかりやすい」 と思っていた案内だったが、警備員さんの所業だったとわ。日暮里駅でもさらにパワーアップしたパフォーマンスが展開されているとか。
「伝える」からはじまって、なにげなくこだわりが生じ、さらに高度化していく。これもまた人間の創造の業なのか(笑)。
動画はあまり好きでないけど、ぜひ見てほしいです。駅を通るのが楽しくなるなぁ。

なごもう

ダウナーばかりではしかたない。
某所ブログのエントリタイトルにお応えして、拾いものを張っときます。

Photo

原題も出所もわすれましたが、私の「どうぶつ」画像フォルダでは、「あほな子ほどかわいい.jpg」として保存してありました。クリックしてご覧あれ。

ダウナーに夏の幕開け

台風好きですが、関東地方の台風直撃はなりませんでした(台風被害に遭われた方には失礼な物言いかと思いつつ)。とはいえ、おかげで「横浜に夏の訪れを告げる」国際花火大会が56回目にして初の中止。さらに新潟方面では大きな地震だとか。いやげな夏の幕開けですなぁ。まいにち涼しいのは助かるけど。
てなことで、気分に合う詩をひとつ紹介。

「おっくうな日」

雨の日
月よう 土ようのアサ
とってもおっくうな日
こうゆう日は
風のあたるところで
アイスティなんぞを
のんだりしながら
ロシア語の
べんきょうをするのが
一ばんだ

この詩が好きだと言ったら、友人に「らしいよ!!」と爆笑されました。中学生の時だったかな。
作者は岡真史。12歳で投身自殺してしまいましたが詩を残しました。「ぼくは12歳」という詩集に編まれています。玉石混淆なので時間がある方のみどうぞ。なお、彼の詩「みちでバッタリ」は高橋悠治が曲をつけてて、矢野顕子Ver.の歌がイイ感じ。

※ふと過去エントリを読み返すと、一年半ほど前にもこの詩を引用していた。つまりボケ老人化が進んでいるのかもしれない。そのうち、二日に一度はおなじことを書くようになるかもしれない。それはそれで鬼気迫るブログになりそうだが……。

「毒になる親」 - ゆるすとは何だろう

実姉に勧められて読んだ本。買ってからの紹介が遅くなってしもたけど、ロングセラーで平積みにされているので読まれた方も多いのではないかと。
「毒になる親-一生苦しむ子供」(原題:Toxic Parents)。原題のイメージとしては「(有毒物質のように)子供を蝕む親」 という感じになるのかな。なかなか言い得ています。
本の内容と特色については、リンク先の「スポットライトレビュー」をご参照あれ。

それにしても。「罪を憎んで人を憎まず」だが「罪は罪だ」という視点は、西洋的に思え、改めて目からウロコ感があった。きっぱりとした断罪はきっぱりした倫理から生まれる。日本の場合は、「あってはならないこと」がない、いや、「ない」と感じているのではなかろうか。世間が、ニュースが、いろいろな「ありえないこと」を伝えているから。
しかしはっきり言えば、世界で何がどう起きていようとも、自分のなかで「あってはならないこと」はあるはずだ。つーか、それが「倫理」ってもんだし、「個」の始まりだろうに。「あってはならないこと」があるから人は憎むし、固く結びつけられもする。「あってほしいこと」を夢見ることは受容されても、「あってはならないこと」に怒ることを忌避するのは、不健全ではなかろうか。……ちなみに「あってはならないこと」を甘受してしまう自己愛の低さも、この本ではToxic Parentsに関連づけられています。

この伝でいくと、「あなたよ幸福であれ! あなたを不幸にするものはやっつけてやる!」 というそれだけのことを、どのようにして伝えるか、それにどのくらい懸命になれるか、が人それぞれの「愛情表現」になってくるわけでしょう。
……ちなみに、Toxic Parentsに蝕まれると、他人が不運な時だけ「大丈夫?」と近づいてきて、他人が幸福な時には遠ざかる人間になりがちなよーです。つまりそーゆー人には、『大丈夫じゃないのは自分自身じゃないのか?』 と問い返してあげるほうが親切なのかなぁ。悩むところだ。

何はともあれ。人が幸福な時には共に心底喜び、不運な時には 「It's OK!いっしょに出口をさがそーぜ!」 くらいに言える人間になりたいもんです。そうできる自信がない人は、ぜひご一読を。

脱線。「どうして人を殺してはいけないの?」とか「どうして援交がいけないの?」とかの質問をめぐって世間が騒がしかったとき(ずいぶん前だなぁ)、河合隼雄が「それはたましいが傷つくからだ」と講演会か何かの時にいって、またそれをめぐって叩かれて……ということがありましたな。あれに関しては、河合隼雄のサービス精神による失言だと思います。
つーか、一対一での「口説き文句」なんて、伝授してもムダでしょ。その言葉をト書き読むよーに得意げに受け売りするタワケおばはんたちの顔が見えるよーだ。てか、存在かけて訊ねてくる相手に、自分の底から出てきたわけでもないセリフを言えてしまう、その愛のなさに気絶してしまいそう。コンビニ弁当じゃお体裁が悪いからと、「河合隼雄のおそうざい」を買ってきて子供に食べさせてるよーなもんだろうに。
精神を読むことなく字面だけを読む人に、ことばはあかされるわけがない。かくて有益な黄金が有害物質に成り果てるのだなぁ。

Old Fashioned Love Song

リアルお付き合いのある方はご存じかと思うが、私は1対1で話すのが好きだったりする。もちろん、気の合う人々とわいわい歓談するのも好きだが、TVをあれこれ見ているよーで、長い時間すると気疲れする。おかげで見識も交友範囲も極端に狭い人間になってるわけだが。

と、ゆーことで、このブログに関しても、ツーショット気分で書いている。名指しでない限り、明確に誰のためというわけでもないけれども、おもえば、人は誰かのために書くのだ。「誰でもない誰か」という誰かも、もちろん含まれる。

とはいえ、こーゆー考え方は今のネットにはそぐわないだろうなぁ、ともわかっている。
共感できそうで目新しげな話題を取り上げ、さくさくと大量にコメントを返し、積極的に友人をつくり、たくさんの通路を開いてWelcomeしていかねばならない。いや、これは現実生活でも言えることだな(汗)。
つまり「自分を知ってもらうためのツールとして」利用しなければいけないのだろう。
しかし、誰に?
私は既知で好きあえそーな人間になら自分を知って欲しいが、知らない人には何か役立つ情報だけ(ないよーな気がするが!)取ってもらえれば、それで十分だ。
かといって「外向き」ブログを作るつもりもない。自分は自分の書きたいよーにしか書けない。何でネットの上でまで、気疲れする嘘八百なんか並べ立てなきゃなんねーんだよって気持ちが抑えられない(笑)。

ので、さらに狭く&深くしていこうと思う。てなことで、そろそろmixiのブログリンクも外します。今後は直リンで、気が向いた時に来てください(FFやIE7でライブフィード使ってもいいわけだが)。あ、足跡も見てないけど(今みてみたら知らない人も一杯来てておぞおぞした)、アクセス解析でIP絞り込み!てなこともしてないので、義理は不要。
てか、ネット上でも世間の義理で付き合うなんてキモイよー!!と感じるのは……、私が旧式人間だからだろうか。

いみじくも、ページビューじゃなく滞在時間がWeb2.0の最初の発展段階にもっとも適した指標とかいう話が出ていた。面白いことに滞在時間トップ3サイトのうちその半分以上をチャットとメールで占めているらしい。
人はコミュニケーションに飢えている……ただし不特定多数に向けられたものではなく、かといって縛りつけられることのない、コミュニケーションに。
なんで人は思うことを誰かに伝えたいと思うのか。なんでわかってもらいたいと思うのか。切ない話だ。

「ゲド戦記」見たんだが

罵倒はしたくない。なので、言うべきことはナニもない。

以上。



多感なる厨房期に原作をこよなく愛した私としては、もう(ry

JAXAシンポジウム-宇宙食(?)食べてきた

もやもや状態だけど義務感で仕事探しをしてる昨今、くさくさするので手軽に無料イベント。宇宙航空研究開発機構 (JAXA)のシンポジウムに行ってきました。→JAXAシンポジウム2007
なかなかゴージャスなプリンスタワー東京に気分はおのぼりさん150%。「宇宙食の試食あり!」というので、ひろーいコンベンションルームの会場は満員。メガネ率とリュック率が高かった。
楠田枝里子女史の司会で、JAXAの人との対談型トークショー。トークショーは二部構成で、いよいよ来月に打ち上げる月周回衛星「CELENE」(かぐや)の話が第一部、来年からスタートする「きぼう」プロジェクト(国際宇宙センターに日本の実験棟をくっつける)の話が第二部。
目が悪いこともあって前から三列目に陣取って、トークを楽しく聞いた。楠田枝里子の司会の見事さには感心。はずむトークながらもフィニッシュは時間ぴったり。さすがプロ! …… ちなみに彼女のエッセイ「ロマンチック・サイエンス」は、私のお気に入り本のひとつでもある。

トークショーのあとは、おたのしみの宇宙食の試食。しかし「宇宙食!」といっても超珍しいものが出るわけではない。ふつーのサバ味噌缶とかアルファ米とかケチャップとかを、常温長期保存が可能なようにチューブ付き容器に変えてアルミの真空パックにしたものが主。あまり過大な夢を抱かないよーに。
細かな点では、宇宙では味覚が鈍くなるので味付けが濃い目に、また液体が飛び散らないようにタレやスープの粘性を高めたりしているらしい。目についたのは、チューブが詰まらないようにとわかめが微細に砕かれたわかめスープ、ゲル状になった「野菜生活」ジュース(おいしかったので通常販売されるかも)など。また会場で人気&美味しかったのはカップヌードル。もにゅもにゅっと円筒型に成型された麺に、あんかけタレのようになったスープが絡んで、ぱくっと食べられる。あれはもっと食べたかった。何にせよ、協賛メーカーには参加者からも感謝!

トーク中、「2025年頃には月面に40人の宇宙飛行士を送り込むのが日本の目標」と聞いて、それ自体は頑張ってほしいし応援もしたいが、ちょっとせつない気分になった。
国や自治体の計画は、規模がデカイだけにスパンが長い。過去の三十年ほどの間、宇宙関係は(特に日本では?)冷遇されてたっぽいし、たとえば「かぐや」は十年計画、「きぼう」なども二十年計画。宇宙飛行士の若田さんはもともと「きぼう」のオペレーター候補として1992年に採用されたというが、彼がその作業に携わるのは2010年予定。それでも宇宙に行けるのはまだマシで、宇宙を夢見ながら、時代が合わず、計画実施の前に現場を去ったり、管理や運営畑に廻った人もいるだろう。
大きな夢は、どんな分野でもバトンリレーであり、そのときどきの国力や世界情勢にも左右されるので、いたしかたないといえば、いたしかたないことではあるのだけれど。
これから半世紀も経てば一般人の月旅行も夢ではなくなるかもしれない。お大尽の宇宙旅行も結構だが、できれば、長年にわたって地道に宇宙計画を支えてきてくれた人たちにこそ、いの一番に月旅行を楽しんでもらいたいなー、と思う。

国立ロシア美術館展に行ってきた-写真ではわからない

睡眠サイクルを昼型にすべく30時間起きていても、14時間寝てしまってチャラにしてしまう自分にトホホ。

とはいえ、ヤフオクでチケット入手しといたので、東京都美術館で「国立ロシア美術館展」へ。だって会期が今週いっぱいなんだもん(7/8まで)。
「すっげー良かったー!!」というほどじゃないけど、あまり知られていないロシア近代絵画(てか、私も知らないんですが)の紹介という意味でも、価値があると思います。また、リアリズム絵画が中心なので、「なんだかワケのわからない現代芸術ってキライ」という人にも安心してオススメ。「うわー、上手だね~」「ほんとだね~」ってだけでも会話が成立する辺りも古典絵画の魅力のひとつかも。
ただ、いつもいつも残念なのは、肉眼で見た絵と、何らかの媒体を通した絵は、やんなるほど違うこと。日本の美術館のクソしょぼい照明も不愉快だ(作品保護で照明を落とす必要のないものまでも薄暗くするな!)。画集でしか見ていない絵の数々を考えると、もう何というか、絶望的な気分になる。
ちなみに、どっかのおっさんが展示作品をカメラで撮っていたのだが、隣に居た人が「あれっていいの?」 「うん、海外の美術館ではほとんどOKだけどさ、写真撮ってるのって日本人ぐらいだよ(笑)」と話していた。私もつい笑ってしまった。写真を撮るのは、記憶のよすがにするため、くらいに好意的に解釈しておこう。写真で見る前提で描く画家は、(現代芸術ならともかく)そうそう居ないだろ。最初から写真家ってジャンルがあるわけだし、印刷前提ならイラストレーターがいるわけだし。
つか、頼む、目の前に在るものを、その目で見てくれ。
てなことを言いつつも。さいわいなことに、ここの公式サイトには全作品が掲載されています(笑)。
複製は不完全だとしても、複製なりの価値と意義がある。それは認めたい。極東の島国に居ながらにして世界中の芸術に触れるには一番てっとりばやい。ただ、イコールであってもそのものではないことは忘れないようにしないとね(自戒)。
レーピンの「ニコライ2世の肖像」とか、シーシキンの「冬」とか(写真みたいに見えるけど実物は絵画的魅力いっぱい)、リアルでありつつも詩情あふれてて良かったなぁ。個人的なシュミとしては、どこかクリムトの「パラス・アテナ」を思わせるマリャーヴィンの「ヴェールカの肖像」も好き(実物はもっとパワーあるよ)。クストージエフの「マースレニッツァ(ロシアの謝肉祭)」も楽しくて好き(緑色の空!)。
今後も各地を巡回するらしいので、お近くに来たら、でひ。

サトクリフ 「闇の女王にささげる歌」 - まさに哀歌

……と、罵倒だけではナニなので。同じよーに母権社会が崩れゆく過程を描いてるお話では、こちらが最高にオススメ。ローズマリー・サトクリフ 「闇の女王にささげる歌」 。つーか、今までなんで書いてなかったんだか>自分。

こちらは紀元60年に女王ブーディカ率いるケルト族がローマ帝国へ叛乱を起こしたという歴史的史実の翻案話。古代ローマ支配時代だし、被支配者視点の話でもあるので、残酷な流血シーンも出てきますが、そういう一時的・肉体的な傷と血だけでなく、そうした暴虐が人の心に残す傷と血も伝わってくる、その点で希有なお話ではないかと。もともと児童文学の人だからか、文章は簡潔なんだけど。……この人、巧いと感じさせないくらい巧い。
ひとつの部族、ひとつの生き方の終焉を描いて、何とも哀切な話です。とはいえ、歴史物によくありがちな “物語先行型”ではありません。登場人物も、みな姿や声まで伝わってきそうに描かれてるので(だからこそ哀切さが増すわけだけど)、飽きずに読み進められるかと。この本の場合、Amazonのレビュー五つ星は妥当。

好きなものは褒めたい。だって好きだし(笑)。

ブラッドリー 「ファイヤーブランド」-またも罵倒系スマソ

睡眠サイクル調整中のため、何とか眠るまいと今日は本を何冊か読了。でもそれほど印象に残らなかったので、こないだ読了したマリオン・ジマー・ブラッドリーの「ファイヤーブランド」。ちょっと罵倒系で申し訳ない。

絶版なので簡単にあらすじを書くと、ギリシア神話に出てくるトロイア戦争の顛末を、トロイアの王女であり太陽神アポロンの巫女である予言者カサンドラ……ただしその真実の予言を誰も信じないという呪いをかけられた予言者……を主人公に、母権制から父権制に移行してゆく時代の物語として、大胆に翻案したおはなし。
この人の作品で有名な「アヴァロンの霧(こちらはアーサー王物語が元ネタ)」は未読だったので読もうかな~、と検索してこの作品の存在を知り、ギリシア神話のほうが慣れているので、こっちを読みました。元は一冊らしいですが分厚いので、日本では三分冊で出てます。

読後感としては、「カサンドラって、なんてイヤな女だ」っつー感じなんですけど(笑)。発表が60年代末だか70年代初頭だったかのせいもあろうけど、なんか一昔前のフェミ女って感じですね。フツーの主婦や奥さんが貶められすぎっつーか、そもそも “凡庸な人間” に対してかなり辛辣な見方する感じだよね。
その一方で、高貴の生まれで予知能力があってエライ美人で、戦士としての弓矢の腕もあって、あまたの男に言い寄られつつ氷の如くにはねつけ、魅惑的で優しい義兄といいように不倫して、しまいには他国の王に捕虜としてレイプされて子供ができたら、自分に忠実&誠実な男を(それも懇願されて)ダンナにして養育、そして男女平等に生きられる新世界を指向するヒロイン……ってな、どこの歴史ハーレクインロマンスですか、どんな悶々タカビー女の脳内妄想ですか、みたいなストーリーにどうやって共鳴すればいいのだらふか。これで古き女神がどうとか言われても、「いやー、すっこんでてください(笑)」って感じ。

ただし、ハーレクインロマンスだけあって(笑)話の展開はテンポがよく、原典をどのようにアレンジしたのか興味深いのもあって、バキバキ読めて面白いことは面白いです。自身が嫌いな「横柄な男」を裏返しにしたよーな「横柄なヒロイン」を気にせず読めて、「ほう、こう変えてきたか」とギリシア神話のアレンジの仕方やキャラ造型を楽しめる人にはオススメします。

お出かけモロモロ

近況は書かないと言いつつも、面白げなことがらは書いてみたり。

金曜は、「不都合な真実」の上映会があったので見にいきました。市の主催なのでタダ。
地球温暖化に関する予測や細かなデータやらは色々と解釈の問題もあるのでは、とか、環境問題は21世紀の国際エネルギービジネスの兼ね合いで言い出されてるのではとも思うけど、「無駄を控える生活」自体は良いことではないかと。みんな「良いこと」は一緒でも、手法の違いがビジネスや政治になってきちゃうんだよね……。
それより何より、ハリウッド演出が選挙活動にも関わるというお国柄もあってか、ゴアのプロモビデオとして見ても実に良いデキだったことに感心した(本人は出馬しないという話だけど、ビジネスパーソンとしても、あんなプロモビデオがあれば理想的ではないか?)。パブリックな場面もプライベートなエピソードもとりまぜて好感度や親近感を増す話の見せ方、また本人の、副大統領として鍛えたプレゼン能力。あれだとつい一票入れたくなってしまうではないか。日本の政治家&演出家ではまだまだ、ああまで良い感じに撮れるとは思えないが……。こわいこわい、見せ方はこわい。
いろいろな意味で考えさせられる映画なので、ぜひ皆さんもご覧あれ。

日曜は、トークショー「加速器の夜」。日本が建設計画中の加速器について、高エネルギー加速器研究機構の先生などが来て話す(Newtonのムック「加速器がわかる本」のプロモも兼ねて)トークショーなのだけど、場所がロフトプラスワンだけに飲み食いしながらの雑談的トークショー。プラスワンは実にひさしぶり、連れと一緒に行くのは初めて。相変わらず食べ物がうまい。梅チャーハンが食べられなかったのが、ちと心残りかな?トーク自体も、どっちかというとプレゼンに終始しちゃった感じだったのが心残り。素粒子とか、何か面白そうなんだが。この世はナニでできているのか? といった素朴な疑問が消えない、五歳児感覚あふれる中年。きっと壮年でも老年でもこのままなんだろう……もう諦めが入ってきてます(笑)。

東京まで出歩くと交通費が痛い……。でもまたSuicaをチャージせねば。出歩き予定はまだまだあるし。

「闇の守り人」

罵倒だけでは気分がよくない。てなことで、今日読了した「闇の守り人」のことなど。文庫を買う前に、図書館でハードカバー本が来たのでそちらを読みました。文庫だとあとがきがついてるようで、ちょっといいなぁ。

前にここで書いた「精霊の守り人」の続編だし、登場人物や背景を考えるに前作を読むほうがよいとは思いますが。ん~、本作はさらにデキがいい。
相変わらずに生活描写は冴え渡り(美味しそうな食べ物!)、空想の翼はますます力を得て、読んでいてその世界が目に見えてくるよう。実に楽しいです。んで、ぐーっと深みのあるおはなし。前作が少年の成長譚として読めたとすれば、これは過去の因縁の決着話だけあって、大人の切なさがずんと胸に来ます。ラストあたりはちょっと涙ぐんでしまいました。このあたりは、思いこもった作品だとたまにある “作者の地声に接触した” 独特の感覚がきますた。で、“この人は好きになれそうだ” とか思いました。
てなことで大人におすすめですが、もちろん小学生でも中学生でも年齢なりに汲み取れるに決まってます。食べて毒じゃない養分は、たくさん食べとけって感じです。消化しきれなくともいいわけだし。(あ、年齢に応じて毒も少しは摂りましょう)。こうなってくると “児童文学” という分類は 「児童から読めるおはなし」 と考えたほうがよいですな。
「早く次読みたい、次、次!」ってなタイプの話ではないですが、ふと巻を置いて、いつまた読み始めても変わらないものが待っている、そんなおはなしです。だから忙しい生活の中だと、読書中断してそれっきりになってしまいそうな部分もありますが。時間があるんで一気読みしましたが、もともとそういう本ではないと思います。心のゆとりがある時に、おいしいお茶やお菓子をかたわらに、でひ。

DVD 「日本以外全部沈没」 「パプリカ」-罵倒編

奇しくも両方が筒井康隆の原作。不本意ながらも罵倒になってしまったので、これらの作品が好きな人は読まないでください。覚え書きなので書いておくけど。

「日本以外全部沈没」……B級映画といっても、いろいろある。予算やら都合やらの関係で、どうにもB級としか言えないんだけど、でも 「コレをマジ創りたいんだ、どうにもコレが好きなんだぁぁぁ!!」 という想いが見てる方にも時おり伝わってくる。そういうのが、ただしい “B級映画” だと思う。決してシネコンの大スクリーンを占拠したりはできないけど、見た人の心に何かを残すし、中には熱烈なファンがつくものもあったりする。
あふれる愛と真剣さがあるところに、ジャンルその他なにも関係ない。ラノベとかが人気を博しているのは、読者のみならず作者自身も作品(やキャラ)を愛していることが多いからではないだろうか。

てなことで言うと、これはダメダメすぎてB級にも入らない。飲み屋の身内盛り上がりで作っちゃっただけで、誰も愛してもいないし真剣にもなってないという感じ。パロディにも空回りでつまらないし、外国人差別の下りなどは逆説的な描き方のはずが、監督の心性が差別に迎合している感じで、むしろ途中で見るのをやめようかと思うほど、不愉快極まりなかった。野坂昭如や筒井康隆あたりの 「パツキンガイジン」 への屈折感は、今の世代にはリアリティもなく、むしろ反感を買うだけだろうなぁとも思いもした。まぁ、今となってみたらもう完全に「古典」でしかないんだけどさ。てなことで、わざわざこんなもんを見て、ナメた心持ちの制作陣に投げ銭くれてやる必要なんて全くない、ということでひとつ。


「パプリカ」……近未来SF精神分析アニメ。これも辛口にならざるを得ない。つか、この監督、「千年女優」のときも思ったけど、巧いけど全く魅力がない。ストーリーの組み立てなんかでもそうだけど、ソツがないけど 「だから?」 って感じ。
“イメージの奔流” とかいう惹句だが、どうにも感覚が古い。パプリカは手塚治虫の絵を見てるようだし、魑魅魍魎パレードも多重夢もビューティフルドリーマーで終わっとるんじゃ!って感じ。なんか、押井守と似てる……アタマで考えすぎな部分も、描く女性にまったく魅力がないあたりも。押井も「ビューティフルドリーマー」や「攻殻」では原作の官能性(生の感覚くらいに解してください)のおかげでヒットしただけじゃんって思うけど。専門家は褒めても興行は惨敗しそうなあたり、また似てる。
アニメは動くのがたのしい。宮崎駿の「飛ぶ」シーンはあまりにも有名だけど、視界のなかで揺れ動く色や線の「うひゃー」感は必須ではなかろうか。うまい一枚絵が描けるからどうというもんでもないだろう。アタマでしか描けてないアニメなんか見ても、誰も感動・官能しないのだ。このアニメで喜んだのは進行管理だけじゃないのか。
つか、こんなアニメ見るヒマあったら、同じアニメでも 「マインドゲーム」 見たほうが百倍くらい楽しいと思う。あっちは絵を描く悦びや動かす悦びが感じられるので。
てか、文化庁メディア芸術祭で(自主製作部門で)受賞してた「レッツゴー番長デッドオアアライブ」をもう一度見たい。……とか描いてたら、埼玉の映画祭で上映するよーだ。うわー、見てー!!

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