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詩の朗読会みてきたよ

夕方から阿佐ヶ谷までおでかけ。11年前、つまり大昔に第1回(というより第0回)を見たきりの「T-THEATER」が、今回が最後の公演になるとのことで出かけてみた。
大昔からのネト友の皆様はご存じだろが、私は今は亡きニフティのフォーラム、その詩のフォーラムに参加していた。誰だ、イメージ違われというヤツは。
私のよーな小唄レベルとは異なり、フォーラムでは現代詩にきちんと取り組む人が多く、中でもお近づきさせていただいていた中核な皆さん(中核派ではない)が詩の朗読公演をやっていたのだ。2年に一回のペースで開催されていたのだが、地元に出戻って無精になってからは一度も足を運んでおらなんだ。
第0回の時は「あれじゃ料金高けぇよ」とかムチャクチャ無礼な暴言を吐いたものだったが、今回、ラスト公演となる第5回はちょっと現代演劇風な演出も入って、なかなか楽しめるものであった。料金半分、クォリティ倍増。
さて肝心の公演。
小さなシアターの席に陣取り、開演を待ちつつ、配られた小冊子(朗読される詩ね)を読みふける。
開演してまもなく、席のすぐ後ろで、靴音高く不作法に座る気配。「……るせぇよ」と呟きそうになったが、どうやら演出で客席からも朗読するものだったよーで、不作法な感じもキャラ演出の一環だったらしい。危ない危ない>自分
肝心の詩のほうだが、これが結構おもしろかった。やはり眼で読むのと耳で聞くのは大きな違いがある。音になると詩はまるで違う。眼で読んだ時には面白く感じた詩がいまいちに思えたり、眼で読んだ時にはどうよみたいな詩が結構おもしろかったり。
また、少なからぬ作品が、作者とは違う人が朗読してたのだが、「ふむ、こういうふうに解釈したのか?」 と自分の解釈と引き比べるのも楽しいし、作者本人の朗読でも 「おお、こうだったのか?」 と得心してみたり。こうなるとクラシックの作曲家と指揮者のような楽しみ方だ。
舞台自体は、二部構成になってて、舞台装置を替え、衣装を替え、さらに演劇的な演出が多々あって、タイクツしないで見ることができた。いや、寝不足だったんで、長い詩だとたまに意識が飛んでたけど。あと逆光やスモークや大きな音はしんどいんで割と目を閉じて過ごしてましたが、楽しんでました。

しかし、ああいう肉体遣いのパフォーマンスは大変だ。誰が朗読し慣れているのか、声の出方ですぐわかってしまう。腹に重心が来る人、胸で話す人、喉の開き方や共鳴のさせかた、あるいは微妙なイントネーションの狂い、耳で解釈するしかない分だけ、どうしても意識はそっちを見てしまう。「言葉」というより「音」に近くなるだけ、たとえば「漢字ではこう書くんだな」的な脳内変換と解釈はすっとび、いってみりゃ呪文、はっきりいえば歌に近くなる。かつてのビートニク詩人のポエトリーリーディングあたり、現代のラップにつながってるんでないかと思うが、逆にいえば 「どうしてあえて 『詩の朗読』 になるんじゃろ?」 的な疑問は湧いてきてしまう。
紙に書かれた言葉と、口に出す言葉そのままは、結構違うのだし(たとえばインタビューをそのまんま一言一句まで起こしたら大抵は意味が通じにくい内容になってると思う)、つーか、そもそもラップなんかでは、文盲の人々のあいだで生まれてくる・文盲の人々にも通じる『口承のことば』という部分は無視できないんではないだろか。ニホンジンの英語学習みたいに 「読み書きから入る詩」ではなく、「語呂合わせや音の快感から来る詩」なわけで。
(あ、別にラップだけが詩の出口だとは思ってません。初期のP.I.L.とかあるいはグレゴリオ聖歌とか、あーゆー「お経みたいな歌」もありなんではないかと。ただどういう技術を使うか(どういう意識へ持っていくか)の違いはあると思うけど)
そーゆー意味では、昔にくらべて詩の朗読が流行るにつれ、定型詩の技術ってますます無視できなくなってくかと。やっぱ、ニホンゴって言文不一致やね、どうしても。てか、明治以降は大変なんかな。梁塵秘抄とか「流行歌」なんだが、今じゃ詩として読まれてるもんなぁ。ううむ。

などとつらつらと考えさせられました。やっぱり詩って考えれば考えるほど、ムズカシイもんですな。
何より、10年以上が経って 「良かったなー」と思える舞台と、ちゃんと積み重ねてきた人たちを見て、この10年なにひとつロクな進歩のなかった自分に気絶しそうになったのが一番イタかったなぁ。

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コメント

一度も見ることなく終わってしまったTでした。残念。せいさんのレビューでちょっぴり見た気分を味わいました。ありがとうございます。
それにしても、10年か。深い意味もなく、ふぅと思ってしまいましたです。

10年です。早いもんです。
そのくらい前というと、祐天寺にいた頃に、シューヘー君の誕生を寿ぐおたよりを書いたことなど思い出します。
ちいさい人はさくさくすくすくと育ったっつーのに、図体ばかりがおおきな人は相変わらずもたもたふらふらしています。しみじみ。

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