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2006年12月

むちゃくちゃや……

仕事おさめの日の午後に、「よくわかんないけど要らないかな」と、サーバのhomepage用アカウントを消されてしまったという壮絶さ(そう、アカウント消されたらフォルダも何も消えてしまうのだ)。B型のデンジャラスガールらしい、壮絶な大掃除であることよ。
でもライブの日だったので、バックアップからの復旧ととりあえずの対策だけ済ませたら、むりやり定時過ぎに上がって武道館へ。しかし席のせいか音が悪くてのれない。途中で座ったライブなんて初めてですが。しかも前日から風邪気味でまったく声が出ない。声援などとばせない。
んで、11時頃に帰ってきて、家からサーバの様子をちらりと伺うと、思ったよりもマシだった。それより熱が出てきて苦しい……ので、翌日はぐーぐー寝て、午後にちらっと出勤してケリをつけました。
そしてもう今日は31日。今も咳と喉の痛みで死んでしまいそうだす。頭もがんがんして、鼻水まで出てきました。病院は年末年始でしかも日曜なのでどこも休みです。冬休みの予定はすべてパーになって、ひたすら寝てます。このまま春まで寝ていたい気分だす。一年の精算にしてもあまりに凄惨な大みそか。皆さんもよいお年を!!

ネットは何でもあり

来年のお絵かき教室のスケジュールを見るに、デッサン会が平日ばかりで、おねーさんの裸を描きに行くのは難しそう。だが。脱ぎ脱ぎかつ多様なパースで多様なポーズがてんこもりの便利なサイトもこの世にはあるようです。
→ポーズマニアックス
……いや、モデルがちょっと脱ぎすぎでコワイんですけどね。鉛筆を持たずとも 「うあ、キモ……」 と見ているだけでも面白げ。だが、ずっと見ていると魅力的に思えてきてしまうんだな、これが(汗)。

B型メテオリット

冬らしいテンプレにしましたが、横浜はそうそう雪は降りそうもないですな。

今日はお昼休みのときにゲットー・シスターが、持ってきた新聞記事を見せてくれた。それはシスターの父上が、趣味の写真投稿で、日本でも最古の歴史あるコンテストの権威ある賞を受賞したというもの。受賞作は「黄昏」……まるで「お三十路の町」のごとき哀愁感が素晴らしいです……てか、ヘタすっとそのまんまやん!(爆)。Web上でも見られるので、ぜひ見るよろし。→講評も含めたページ(クリックすると写真は巨大化)
さらに新聞インタビューにまつわる心あたたまるエピソードなども伺ったが、そこらまで語るとキリがなくなるので略。しかし純粋に好きで打ち込んでいることが評価されるとは、実に素晴らしいことにやあらむ。日頃の心映えの良さが伺い知れることよ。

で、前フリとはあまり関係ないが、年をとるごとに周囲にB型の知人が増えているような気がする。血液型判断などアテにならぬという声は重々承知だが、しかしB型は明らかに何か違う気がしてしかたない(もちろん私は平々凡々で温厚なA型である)。
昔はB型の人々を 「場の平和を破壊する人間乱気流」のように見なしていたのだが、今ではあの「場の破壊っぷり」が好ましく思えるようになってきた。私も少しはものに動じなくなってきたということか。まぁ、連れがB型だったことが大きいと思える。まったく自分とは文脈の違う考え方というものに身近に接するのは、最初はストレス、慣れると異文化交流的に興味深いものだ。
だがしかし。何を言い出すかわからないので、知人や家族に会わせる時は、常に寿命が縮む思いをしていなければならない。一部のB型は、取り扱い注意というか、人間ニトログリセリンのような気がする……。

♪食べ過ぎてるんだ 胸の奥まで

ひるごはんが、ホフブロウのスパピザ(てんこもりナポリタンの上にどっぷりチーズをかけて焼いたモノ)。単調な味と量の多さに食べきれないのが普通の人なのだが。完食。

よるはベイクオーターの食べ放題のお店へ。もりもりもりもり食欲あふれる芋虫のように食べて、デザートも食べて、コーヒーも飲んで、平和鳥のよーにたぷたぷになって帰ってきた。
くるしい……。

のどの奥あたりで汁モノがたゆたゆした状態で郵便受けをあけると、ウェブのプレゼントというのは当たりやすいのだろうか、はたまたマイナーなサイトだから当たったのだろうか、お正月みなとみらいホールのウィンナ・ワルツのペア券が当たってた。うれしい。去年の新春に聞いた楽団はよかったが今年はどうだろうか。お正月くらいは目や心を華やぎでよろこばせたいものです。

来年はカラフル

『いや、先生が何といおうと、この鉛筆は(・∀・)イイ!』 と、高値の鉛筆が気に入って、さらに数本追加購入してしまった私です。んで、今日も必死におえかき。すると背後に座ってた先生から珍しくまともなトークが。
「えーと、静物画はこれで何枚目でしたっけ」 「はー、三枚目ですが」 
「そうですかー。じゃ、来年から水彩に行きますか?」
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
ワクテカしつつも 「いいのか、鉛筆でも精一杯なのに色なんかつけちゃって!>自分」という気もする。しかし道具が増えると、まるで画家か何かのようだ。カッコイイではないか。
「や~、ははは、さっそく絵の具セット買ってきますね」 「いや、いりません」 「?」
「絵の具は三本でいいです」 「……白と黒は?」 「黒は混ぜて。白は紙の白です」
三原色描きかよ _| ̄|○ しかも白黒なし。

まぁ、光と影のモノクロ世界もまだまだまだまだ奥が深いのだが、それは自分でぽつぽつ勉強していくとして、来年からは光のスペクトルの世界を学びはじめていこう。たのしみだなー。

甲斐がない

人様に感謝する気持ちというものは、日に日に薄れていくものだけど、それが薄れていってリミットを越えると、不幸のドツボが待っているものなのではないかいな。そういう感謝の念がない人間などは、誰も見返りなしに助けようとは思わないわけなので、ドツボが長引くのは必定。

「親切の甲斐がまるでない」 「心ない言葉を向けられる」 「好意をただ食い」 「努力を無視される」 といった状態にでくわしたら。反面教師として、「貴様が私に感謝しないようなら、こっちは倍も感謝してやるからな!」くらいの気持ちで、感謝したおしたいものです。自戒の念をこめて。

人がドツボっている時、はたから見たらその人の問題点は明々白々だったりする。しかし、「その欠点を真っ正面から指摘してくれる奇特な人がいたとしても聞く耳を持たない、どころか時にはブチキレる」 という症状もまず確実に併発しているので、誰も手を出せない。そしてドツボな人は自分の苦しみで手一杯になって、人様への感謝の念がどんどん薄れるので、どんどんドツボスパイラルにハマっていく。 それが典型例ではあるまいか。

人様に感謝できるということは、ちゃんと人様に目を向けられて、しかもそのまなざしが暖かい、ということだ。太陽光の下で見る世界が美しいように、そういう目で見る世界はさぞ美しいだろうな。「時よ止まれ、おまえは美しい」なんぞと言ってみたいものです。うん。

写経かよ

先週、今週と、週に二回もお絵かき教室に行けたので、しごくメンタルな調子がいい。描いてる間は、ただただ描くことに没頭しているので、ほとんど無我の境地。
とか言ってると、素晴らしいものでも描けているのか? と思われるでしょーが、そんなことはなく、単なる「おとなの塗り絵」をやってるだけ。よく見る→光と影をぬりぬりと塗り分ける→間違ってる→消す→よく見る(以下くりかえし)を黙々とたのしんでるだけでふ。五歳児がしゃがみこんで地べたのアリンコをじーっと見てるようなノリ。
てか、むしろ 「これは一種の写経みたいなものにやあらむ」 という気がしてます。「ものには質量がある」「光が反射するからものが見える」「色とは光のスペクトル」 なんてことが改めて頭にうかぶし。絵がうまくなるならないはともかく、モノを描き写す訓練は、世界を識る道のひとつとして実に楽しい。
もちろん絵ばかりが道なわけではない。歌を歌うひと、楽器を弾くひと、建物をつくるひと、文章を書くひと、数式を書くひと、星を観るひと、などなど、いろいろなことが楽しさを持っている。そして何がいいって、どの時代にどの国に生まれても、そういう道を歩くひとは今までもいて、今もいて、これからも居るだろうってことだ。なんかそれ自体が楽しいよね。

そうそう。しばらく前に 『最近は絵のことばっか書いてるけど、文章はどーでもいいのか?』 ってセルフつっこみが浮かびますたが、いまでは 「愚問だ」 と思うようになりました。鳥は歌うし、私も描く書くしかじか。 「カク!」 で It's All.

ルソー展にいってきた

明日が最終日なので、世田谷美術館のルソー展に行ってきた。天気が悪くて雨まで降っていたが、“おともだちに頂いたチケットだからムダにはすまい、それに雨だし寒いから空いてるだろ……”と出かけたのだけど、寒いよ寒いよ!!凍えそうだよ!!という寒さ。しかも10年以上ぶりの世田谷美術館は、かなり混んでいたという事実。ルソーは日本で特に人気があるしなー。
ルソーの絵自体は少なかったけど、区立美術館としては頑張っているのは認めたい。てか、絵が一部鉛色っぽく変色・褪色して見えたけど、あれは絵の具のせいであろうか? ルソーはアカデミックな教育をうけた画家ではないので、絵の具の物理的特性を承知してなかったと思うし。この時期は新たな顔料が大量に出てきた時代でもあるそーで、たしかジンクホワイトも印象派の時代辺りに出てきて、その後は多用されたとか聞いたような。100年たってないのにもうヒビが入ってる作品もあった。……そう考えるとやっばスゲーよ>ヴァン=ダイク
じろじろと作品を見る。あのルソーの特徴的な曲線やグラデーションを見ているうち、 「そ、そうか、この人、絵筆で塗り塗りするのが気持ちよかったんだな?」 という気がしてきた。こてこて絵の具を筆でべと~っと練り練り塗り塗りするのは生理的に気持ちいい部分もある。つまり、「こういう作品を創造する!」 ってーのもさることながら、描く行為自体が楽しくて好きだったのではあるまいか。
しかし。ルソーの壮絶な稚拙さは、私たちにとってはもう既知のスタイルなので味として映るが、これを最初に見た人たちは腰を抜かしただろうなぁ。一種のアウトサイダーアートに近く見えただろう。19世紀、写真がどんどん一般化していく中で、絵画は進むべき道や表現技法などをめぐって、むちゃくちゃに混迷したわけで、そういう中でルソーも評価されたのだけど……。でも好きなものを描いて、評価されて、良い仲間ができて、しあわせな人だったと思うなぁ。なんといっても40から描きはじめた辺りは心強い!(笑)。

展覧会の帰り、さむさに震えながら通り抜けた砧公園の道は、、黄金のいちょうや紅く染まった紅葉などが散り敷いていて、なんとなくルソーの描く自然風景のようですた。チケットをご寄付いただいたSさま、ありがとうございました m( _ _ )m

※「壮絶に稚拙」とかムチャクチャ言ってますが、私が人生で初めて買った画集はルソーです(笑)。小学校高学年の時にザキの有隣堂の中2階で1時間近くあれこれ比べて悩んで買った600円(当時)のミニ画集は、ながらく私の宝物でした。

※……いまAmazonでルソーの画集を検索したら赤瀬川原平が「ルソーの夢」なる本を出してた。さっそく図書館で予約しよっと♪(画集は高いし嵩張るので、もっぱら借り)

単純だー!!

ムカムカもやもやが溜まっていたので、昨日水曜は「さぼります!」と宣言したうえで一日やすみ、ベルギー王立美術館展に行ってきますた。いろいろハシゴもしたかったのだけど、まず平日はオクで入手して、しかも今週末で終了(=最終日は激混み必至)の展覧会からね。エルミタージュ展は評判いまいちだし、ダリ展は高い割にはショボな作品が多いので(『記憶の固執』の元作品が出てたら絶対見に行ったでしょうが)、まずはコレ。
内容は……ヴァン=ダイクの肖像画とかが素晴らしかった~。連れがブリューゲルの絵について 「うまいんだけど、なんか土俗的なイヤらしさっつーかキモさとかない?……山上たつひこの絵みたいな」 と評したのは、座布団五枚乱れ飛びくらいに的確だと思った。
また、行ってみるまで知らなかったが、ベルギー象徴派の絵も結構ありました。昔々に象徴派展に行ったことがあるので、画家の名前はけっこー知ってたりして。デルヴォーとかマグリットも少し出てたけど、あの 『音のない』 感じはベルギー絵画の伝統なのだらふか。さぞや、静かな(侘びしい)国なのだらふなぁ。そういうとこも素敵だ。
で、そのあとは新宿の世界堂(画材屋さん)にはじめて行って、珍しい画材やモチーフなどを見て回って喜んでました。せっかくなのでお出かけ記念に、高いスケッチ用鉛筆を二、三本買って帰りました。

で、夜はお絵かき。静物画の途中からで、実に三週間ぶり!! モチーフの位置が移動されちゃってるので苦心して元の位置とおぼしきところに戻してみたが、絵と見比べると、どうにも違う。拙劣さゆえの絵のゆがみだろうと諦めて、3割方を消して描き直している途中で……「この前、隣の席に座って描いていませんでした?」と先生が気づいてひとこと。ボケが入ってきたのか>私 _| ̄|○ モットハヤクイッテクレ……。
てなわけで、ちゃんとした形のものを描くのに大苦闘中だが、けっこー楽しい!! 私の場合 「作品を創造する」というより「頭の悪い子がひたすらドロ遊びをしてる」ノリだが、異常に癒される。あとはからだを動かす趣味もまた何か再開したいものだ。立派な人間のフリをして物事をつらつら考えるよりも、本性に正直に、心おきなく「セイウチ還り」するひとときを過ごすほうが、やっぱ自分には幸せだなー。

ちなみにおみやげに買った高級鉛筆をさっそく使ってみて、自分的には 「良いのでは?」 とか思いたかったのですが……、先生に 「鉛筆は何つかえばいいんですかね~?」 と聞いて 「いや、なんでもいいですよ。黒鉛と粘土ですしねー」 とシンプルに答えられてしまった事実。まぁ、そりゃそうなんだが……いつもの鉛筆の倍額を払ったありがたみってもんが(涙)。

師走です

いきなりクリスマスムードにしてみますた。12月、つまりは師走。早いなぁ。
ちと願掛けじみた感じで節約な日々を始めたはいいが、髪がもふもふと伸びてきてしまってる。湿気の多い日などは鏡の中にジミー・ペイジ。ま、寒い季節はロングヘアのほうがいいか(←髪の毛を襟巻きと間違えている)。
今年の冬は穴グマのように自宅(or実家)で多くを過ごすことになりそうだ。となるとラップトップもノートPCもないので、ネットでぼよぼよ漂う時間は減ることになる。ま、建設的かもしれない。たまにはたくさん本を読もう。手書きでつらつらと文章を書こう。こどもの冬休みのようだが、そんな冬があってもよかろう。
こどもの頃は冬休みがたのしみだった。もちろん今もこどもの頃に負けず劣らずたのしみである。けれども、今の冬休みは光の速度で過ぎてゆく気がする。なぜだ……。

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