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2006年11月

幸福とは

いぜん体調はすぐれず、肩はぱんぱんに張り、目ははしぱしぱと痛み、あまつさえ、いちどメスで切って血膿を出す羽目になった歯茎の炎症までが復活するというていたらく。
だが気持ちまでもマイナーかというと、そうでもない。様々な事情によって活動や行動の範囲が狭まっちゃってて、ちょっと頑張ると知恵熱なのか何なのかフラフラするざまであっても、むしろ、晴れた冬の日にどてらを着てぬくぬくと火鉢なぞ抱えつつ 「さむいねぇ」 としみじみ独言する感じの、そこはかとない幸せ感があったりする。その幸せ感に何の裏付けも理由もあるわけでもないのだが……。
冬はキビシイ寒さが骨まで堪える季節だが、とらえどころのない幸せがよく似合う季節でもある。実際は手ぬくめにもならない蝋燭の灯りが心にぬくもりを与えてくれるように、たわいない思いやりやささやかなヨロコビがぬくぬくと心に沁みてくる季節でもある。いい季節になったもんだ。てなことで、まいにち、球根のような気分。

無為に過ぎる

てなことで四連休だったんですが、特に有益なことはやらないまま終わっていく感じです。風邪気味だったし。で、気がつくとすぐに年の瀬が来ると。うーん。
結局、襖の貼り替えは放置され、三枚の襖がそれぞれ「新品」「下張り放置」「年代物」のトリコロールに。
師走までに美術展めぐりは可能なのだろうか?? いや、それよりやらねばならないこともたくさんあるのでは??
ともあれ、いまはただ生姜ミルクプリンをごぶごぶ。横浜も冷え込んできたので、暖かくして寝る。

よいオトナになりたい(ゲットーの谷間で)

いいトシこいてつけるタイトルではないが、そういうふうに想うことが最近は多々あったりもする。
身近に憧れるオトナ(つーかロールモデル)は特に居なかったが、救われた!という経験は何度かある。特に、もはや四半世紀前になる経験は、今も心に生きていたりする。
今日はちょっとお東陽先生の話にでも出てきそうなゲットー思い出話など。長いよ?

横浜では桜木町のガード下の落書きが一種の名物になっている。大昔は暴走族のスプレー書きであり、それからN.Y.のキース・ヘリングのようにロコ・サトシ氏が絵を描き出し、それからしばし経って海の向こうでの流行を輸入するようにペイントが増えていった。四半世紀前は、たぶんロコ氏がようやく逮捕されなくなって来た頃だろうか?
血気さかんでスパークだった私も、何ぞ描きたかった。だが桜木町のガード下で描くのはイヤだった。てか、人が苦労して開拓した場所でケツ馬に乗るように描くのは、記念スナップの時に横から割り込んできてVサインか何かでドアップで映って一人だけ悦に入るDQNなやり方だ。美しくない。人のふんどしで相撲を取るのは弱い三流ヤンキーの思考であって、ちゃんとした不良でもなければ、アーティストでもない。つかそもそも、唯一無二の在り方を願わない人間は表現なんかすることないのだ。肝心の表現はともかく、その程度の分別はわきまえていた。

で。うちからそう遠くない、駅へと続く道の壁面をねらった。中が公共施設で、ぐるりと壁に囲まれてて、つるつるしていて、描きやすそうだった。何で描いたらいいのやら画材の見当もつかなかったので、超極太マジックをふところに忍ばせ、深夜の二時にささっと家を出た。で、ほどなく描き始めた。
しかし誤算だったことに、街路灯が明るいのは良かったが、意外と車の通りも多かった。見とがめられたらヤバイことになる。どきどきしながら、必死に、心のままに、マジックを動かす。
「おーい、そこで何してんの?」
と、道を渡った反対側に、いかにも焼肉食った帰りですよ的ゲットー風なパンチなおっさんと水商売な茶髪おばちゃんの二人連れ。
だっ!!と一目散に逃げた。しかし視界がいい道で、曲がっても隠れ場所がない。停まっていた車の影に、おさかなくわえたドラネコの如く逃げ込んで、しゃがみこんで様子を見てると、パンチなおっさんがのんびりした声をかけてきた。
「おーい、そんな隠れてないでさー、出てきなよー、悪いことしてんじゃないんだし」
ひ~っと怯えながらも、立ち上がると、「何やってんのー、絵を描いてんでしょ」 「は、はい」
「悪いことだと思ってやってんの?」 「い、いえ……」 (立派な軽犯罪だけどな>過去の自分)
「うん、じゃあ隠れることないじゃん、堂々と描きなよ。……おぅ、おめぇ、先に帰ってろ」
と、パンチおっさんは連れのおミズさんを先に帰し、私に続きを描くように促した。
「おぅ、おれさ、こっちで見させてもらうから。描きたいんだろ? せいいっぱい、描きたいように描けよ」 「はいっ」
道路を渡った反対側でしゃがみこんで(壁面はデカいし、なにより気が散らないように気遣ってくれたのだろう)、パンチおっさんは私の制作過程を見ていた……というか見守ってくれていた。そりゃ冷静に考えれば、十代女子が深夜二時半にひとり落書きをしている状態って異常だし、他の通行人にどう難癖つけられるかわからない。だがパンチおっさんは「見ててやる」といった傲慢な物言いはしなかった。
そういうことにも気づかないテンパった私はたった一人の観客の前で、壁にマジックでせいいっぱい書き殴り、描きあげた。すみっこにはご丁寧に「どう思った?聞かせて」と添え書きした。
肝心の絵のほうは今にして思うと、岡本太郎がモダニズムに退化しておポンチ入って、しかも習作じゃん!って感じのトホホなものだった。てゆーか、ダダとか表現主義とかOK!な人でないと 「コイツって頭ヘン?」ってのが一般的反応だろう。もちろん別に死体絵とかデスメタル(笑)な絵ではないのだが、ちょっと「想定範囲外」に遭うと、鶏が三度どころか一度鳴く前に 「知りません、こんな人」 と掌を返すのがヨノナカ。“美術館に飾ってありゃ途端にわかったよーな顔しやがって、とまでは罵倒しないでおくが、まぁ、その時点までにも、絵に関してはずいぶんとずいぶんな思いをさせられていた。
だが、パンチおっさんはニコニコして「おう、よく描けたな~」と喜んでくれた。
帰りの夜道はだいじょうぶかと確認するパンチおっさんに、家は近所だし、と告げると、「気をつけて帰れよー」と手を振って見送ってくれた。家に帰ったら三時半過ぎていた。パンチおっさんは一時間近く、見ていてくれたのだ。

その翌日のこと。当時、のったりのったりしか学校に行かなかった私は、11時過ぎあたりに登校する際、気になって、その壁面に続く曲がり角をひょいと覗きこんでみた。すると。
あの壁の前で、あのパンチおっさんが誰かと一生懸命言い合っていた。自分の絵のことで問題になっているのだ、と直感的にわかった。だがここで自分も出て行くと、親やら学校やらまで巻き込んだワケのわからない話になるのもわかった。ぐるぐる悩んだあげく、ヘタレな私はその場を離れた。心の中で血を吐くほど感謝しながら。

パンチおっさんの尽力のおかげであろう、そのムチャクチャな絵は、一週間ほどの間、消されずに壁面に踊っていた。その間、いちど夕暮れ時に、こっそり前を通ってみた。すると。
「どう思った?聞かせて」の字の下、同じようにマジックで誰かが “So Good !!” と書いてくれてた。
私ゃ、あまりの嬉しさに涙ぐみますた。


なんかそのあとは、憑きものが落ちたよーに壁面に描く気が失せたんですけどね。いま考えると、「なんであんなことをしたんだろう(できたんだろう)」とも思うけど、そーゆー時に、そーゆーオトナに出会えたのは、ゲットーならではかもしれない。たとえば諭されて帰されるとか、関わりになりたくないオーラ全開で無視するとか、露骨な気の毒顔で憐れまれるとか、警察や親に連絡されるとか、まぁ、良くて二言三言かけて去っていくのが、いわゆるふつうのヨノナカ。まぁ、それ以前にそんな真夜中にガキが歩き回ってないか(笑)。

ま、周囲に尊敬される立派な大人や、子供に憧れられるステキな大人には到底なれなくとも、心に余裕と人情のあるオトナにはなれたらいいなぁと思います。飲み屋のねーちゃんと夜中の焼肉食ってパンチパーマでもOKなんだし!(笑)

※ということで、難儀なコドモの心に光を与えるのに、完全無欠な立派なヒトである必要はありません。実体験バリバリで保証します。ただ “ともに在る” だけで十分ではないかと!>某身内

体調不良ですが

火曜日の打ち合わせで先方担当者がエライ風邪引きだったせいだろう、風邪気味でタイヘン。
水曜は労働後に家族集合だったのだが、むちゃむちゃダルくて、兄のススメを入れてユンケル510円タイプを飲んで可動性を保った。木曜はファンクシスターのゴスペル発表会に出かけ、樽型黒人オバチャンsoulを憑依させてたのしむ。その後は阿佐ヶ谷までも出かけ、奇妙な空間でマタ~リと過ごす。何をしにいっているのか全くわからないのがいい感じ。帰りも渋谷駅のコンビニでユンケル一気。バブル世代らしい気もすれ。
そして今日はせっかく休みをとったので、上野なりどこなり出かけようとしたが(平日休みを取るときは大体は美術展狙い)、しんどくて断念。連れと一緒に横浜近辺で買い物&画材探しにしたが、今日はすべてが裏目に出る日だったようで、捜し物は何ひとつ見つからず、疲労ばかりがつのり、しまいには地獄のようにマズイ店に入って死んでしまいそうになった。さらに口直しに入ろうとした店までが休みだったというオチがつく。帰りには風邪に効くと書いてあったルルゴールドをまたコンビニで一気飲み。
連休をたのしんでリフレッシュしたいんだよー!!!!(悲痛な叫び)

たいせつなんだもん (え゛っ)

先日、みなとみらい新港パークで開催中の「タリエ」を見てきました。しかし今日はその話ではありません。
その「タリエ」の特設会場のほど近くに “赤レンガ国際館(JICA横浜とかが入ってます)”なる建物があり、イベント開場より早くに着いてしまった私たちは、寒風吹きすさぶ屋外を逃れてその建物へ入り込んだ。
その展示スペースでは、小さな写真展をやっていた。題して「あなたのたいせつなものはなんですか?」というもので、カンボジアのこどもたちが描いた“たいせつなもの”の絵と現地の写真が飾られていた。
“ぼくの大切なものはヘビ!”といった微笑ましいものから、“家族”だったり、“地雷がなくなるといいなー”だったり、“人身売買がなくなるといい”という悲しいものまで、さまざまな願いのこもった絵と真っ黒なキレイな瞳の子供たちの写真が小さなスペースの壁に並ぶ。それを見ていくと、今度は日本のこどもたちの描いた絵も並んでいた。
温かな気持ちになれる家族や友達といった絵、率直さが眩しいニンテンドーDSの絵、「オマエどこまでわかっとんじゃ」とツッコミを入れたくなる生命だとか地球環境だとかのスローガンいっぱいの絵、まぁ、わかりやすく、想像力の範疇内で処理できる絵が並んでいる。しかし。
「!?」
ドクターペッパーの缶。
「…………」
画用紙のまんなかに、どアップで、ただそれだけ。ドクターペッパーの缶。
「……………………」

稚拙ながらも、全存在のかかったような、ものすごいドクターペッパーの缶の絵。
アートイベントの前に、アートに遭遇してしまった。
このあと、それほど身を入れてイベント鑑賞できなかったのは、寒さのせいだけではなかった。……でもしょうがないよね??

さいくろん

先日、掃除機を新しくした。前の掃除機はゴミを吸わないだけでなく、排気がイヤげな匂いがするほど、古かった。
ヨドバシでさんざんに吟味した結果、どうも掃除機の場合、多少のパワー差や騒音差にはたいして意味はなく、“先端のブラシのデキ”が価格差(とグレード差)を決定しているように思えた。ので、昨年の型落ちで、ほどよく安くなっていた日立のサイクロン掃除機を買った。紙パックでも良かったが、新しいもの好きだし、ブラシの出来が高級だったからだ。また悲しいことに、日本の家電製品はいまや、“数年経ったら買い換えるべき消耗品” として作られているので、それほど大枚はたいても甲斐がない。ヨーロッパの製品のように “無骨だが一生もの” にすればいいのだろうが、巨大な市場で価格競争を繰り広げている日本メーカーがそう見合わない商売もできないのだろう。
まぁ、それはそれとして。
ごーっと吸ってみた。パワーブラシとやらで先端にモーターが入っているため、ブラシが自走して、取り回しが軽い。連れとともに掃除機をかけてみて、ちょっと楽しかった。驚異的にとれたゴミのもわもわ量を見て、吸引力に感動した(部屋の汚さに感じ入るべきかもれしないが)。
だが、ゴミ捨ての際のフィルター掃除は……死ぬ。花粉症のマスクでもかけないと掃除できませんな。
ということで、我が家にまたニューカマー。いままでの掃除機にも大変に働いてもらった。感謝。

わかっているのだ

百回読み返せる、真珠のごとく貴重な本のひとつに「スーフィーの物語」というのがあって、その中の挿話に使われている比喩で 「引き潮に運び去られていく人間が、陸の上で豹に追われている新米の水夫を見ても救いの手を差し出せないように」 というのがある。非常に気に入っている。

少なからぬ物事に個人の奮闘の余地があると信じる(信じたい)のだが、「決定済みの事柄」 にたまに出くわすと “わかっているけど何もできない” 感にものすごく消耗する。これがたとえば会社や世間の決定事項ならば何とでもなるもんだが、世界認識の隔たりとかいうレベルだとかなりムズカシイ。さらに人の生き死にになると何をかいわんや。まぁ、連れの言うとおり 「死んでゆく人にはさわれない」 のだろう。ふに。

赤+緑

ずいぶん前に美容院で染めてみたっきりの髪が、キャラメルプリン状になっていた。プリンではなくキャラメルプリンなのは、赤みがかったブラウンとはいえ、そう明るい色ではなかったからだ。そんなもんを長らくそのままにしていたのは、生えてくる白髪を見ていて、つい興に入ってしまってたからだ。私の場合、白髪の発生量は心労・頭脳労働を如実に反映するので、バロメーター代わりに「ほほ~」と見て、楽しめてしまうのだ。
また、次に髪を染める時にはやや緑系にしたいものだ……などと思っていたせいもある。だが、美容院に行くとキレイには染まるかもしれないが、ニュアンスを伝えにくい気がするし、第一、自分で染めるのは道楽のひとつでもある。しかし巷には緑髪に染める染料は滅多に売ってないし、かつてトライした時のよーに壮絶なものだと、会社通いはもちろん、そこらの道も歩けなくなるだろう。男性用だとアッシュ系が割と売っているのだが、一度男性用にトライしたら、かぶれ気味になって放置時間まで置いておけなかった。極細ねこっ毛なので、男性用ヘアダイでは無理があるのだろう。

てな風にいろいろ迷ったあげく、つい先日、「赤みを抑えたグリーン系ブラウン」なるものを買って、染めてみた。
染めたあと、洗髪して、鏡を見るのが楽しい瞬間。「……ふむふむ、あまりグリーン系でもないな……、ま、失敗とも言えないから、妥協しよう」と思い、ごーっとドライヤーをかける。
髪の毛がすっかり乾いてみたら。元髪の色が赤み系ブラウンのせいで、打ち消し合って、ただの黒髪系。

冬休みにはアッシュグリーンに染めてやろうかとさえ思う、今日この頃。

みえないの

ここしばらく、シゴト用DBの素案を、う~んう~んと考えてたが、ちと一段落。そのあとは気晴らしを兼ねて若者たちの熱弁に付き合って混ぜっ返したり焚きつけたり言いたい放題。そして帰りには本屋に寄って久々に本など買った(←それが「DMC」ってアンタ……)。

しかし、DB作るのに頭を悩ますのも、組織について悩むのも、要は「ヒトは見えていないから悩む」というところに帰結するのではないかと思う。隅々まで見晴らしが利いていることについては、ふつーの人間は悩まない。
そして不思議なんだけど、「見えてる」状態で書かれた・描かれたものは、なぜか読む人や見る人にもクリアーに理解できる。翻訳なんかでも、ちょっとあやふやなまま誤魔化そうとすると、読み手も必ずそこで引っかかってわからなくなる。

見えてない時にアタマの中でムリヤリ捏造して書いたり描いたりすると、やっぱり後で無理が出たりする。もっと恥ずかしいことに、自分の思惑や欲望が他人には丸見えになってて本人だけ気づいてない、という事態が生じたりする。
かといって、自分にいま見えていることだけを採って後はすっぱり切り落とすと、「はぁ?それが何なの?」と言われるものしか生まないことが多い。ふだん、人のアタマの中には他人が入る余地ってほとんどないから、その状態で「見えない部分」を切り落とすと、自分だけの世界=他人にとってはどうでもいいもの、しか生まれてこない。安い私小説か、厨房のドリーム小説を思い起こすとわかる。

見えるようになるまでは、ぶらぶら回りを歩いたり、逆立ちしたり、ちょっと別のことをした方が良いのかも知れない。ひとたび見えてさえしまえば、あとは完成までは根性しか要らないもんだからな!


※ちなみに今まで小説を読んでて 「げー、完全に目で見てるみたいだ」と感じまくったのは、スティーブン・キングです。イメージ=物語ではないので、ストーリー自体の完成度は別としても、あの強烈に視えてくる感じは自動書記モード入ってるとしか思えません。なんつーても “本を読めない” と言ううちの連れが最後まで読める事実だけですごい(笑)。別に好きな作家じゃないんですけどね。

エロは線に宿る

トラバもさせていただいたが、ひとさまのエントリを読んで、AERAの「ニッポンのマンガ」を買ってみて読んだ。てか、好きな作家陣の短編読み切りが載っているしね。……しかし今はマンガ大杉。はっきりいってフォローしきれない量ですな。情報がむちゃくちゃ高圧縮されてる読み物なので、良いものについてはヘタな小説を一冊読むよりもはるかに強力に心に効くんだけどなー。……とか言いながら、巷の評判につられて「デトロイト・メタル・シティ」の1巻を買ってしまった自分 orz。 2巻を買うかどうかは微妙なんだけど、「エリートヤンキー三郎」系なあーゆー話って、善良で小市民なA型の心に沁みるんだもん(自分に言い訳)。

てなわけで「AERA」ではイロイロな作家の短編が載っていて、なかなか良かった。ひっさびさに、あぢましでお(←この表記が80年代)読んだが、や~、相変わらず絵がエロいわ(←超讃辞)。まともに作品を読んだことがないんでファンとは言わないが、これだけは掛け値なしに言える。ま、男のコも女のコも血ぃ吐くくらいエロいんだが、やってることはスラップスティックギャグってあたりがまた……。でも、あぢまのストレートなエロ系って意外に萌えないすよ? 諸星大二郎も (;´Д`)'`ァ'`ァ に色っぽい少年少女を描くよな……。
ま、さかのぼってくと、藤子不二夫Fの描く女のコ、横山光輝の描く少年、そして当然に手塚治虫の少年少女、と、みなそれぞれにエロティック。
昨今では人体のリアル描写を競ったり、ネコ耳やメガネ記号だけで萌え~とかやってるが、やはり 「マンガ家なら息づく描線で (;´Д`)'`ァ'`ァ させろ!!」と叫びたい。デフォルメを排してエロいのはマンガの力じゃなく本能の力だし(笑)、識別子で条件反射で萌えるのはヒトではなくてイヌと考えていいし。

「フィギュアなんぞにしたらこのエロさが消えてしまう!!」くらいに思える絵が減っていくのは、すごく淋しいよなぁ。てか、最近はマンガでもデッサン力デッサン力といって、西洋美術の手法で勉強するからかな。マンガって、もともとは日本画の流れをひいて、美人画やらペン画やらの流れで来ていたのだろうに。一発で美しい線を引ける人間はデッサンなんかすなー!!(←線を思うままにキレイに引く能力がない人間の逆ギレ)

走りながら休む

ばたばたと働き、じりじりと焦り、だけどぐだぐだと無為に過ごす。ここんとこ、そんな感じ。
かんがえてみれば、こんなに長期に渡って(って2年程度だろ!>自分)勤め続けるのはひさしぶりなので、充電池がだんだん消耗していくみたいにヘタってきているのかも。世間には社会人しながら別のことでも豊かな業績を挙げてたり深く学問を修めてたりする人がいるのは承知だが、もうこうなると 「それは私の生きている世間ではない!」 とまで開き直りたくなる。
つーか、生きてるなぁと胸に感じながら生き続けることは、むずかしい。セリーヌの「夜の果ての旅」なんか読み返したくなっちゃう、シケた霜月の夜。

だって波打ち際 (伊勢佐木町ぶるーす)

「馬車道まつり」のチャリティイベントで、映画「ヨコハマメリー」の上映会にいってきますた。「ヨコハマメリー」とは、一昔前の横浜では知らぬ者とていない白塗りの“立ちんぼ”「メリーさん」のこと。時代とともに、メリーさんだのマリーさんだのキンキラさんだのホワイトオバケだのの様々なニックネームで呼ばれ、「山手のお金持ちだ」「息子は医者だ」「メリーさんはふたりいる」などなど多々の都市伝説に包まれていました。
映画は、あまりにも横浜カラーが強すぎて、どう評価していいのかわからなかったり。一緒にいったふたりのお友達は出身が違うので、「ん~、横浜の人でないと彼女がどういう存在だったのか、よくわからないところがあると思う」と言ってましたし、実際、そう思います。
現実を唾棄してブッ飛んだマイワールドに棲む老街娼、おじさんともおばさんともつかぬオカマシャンソン歌手、若い頃はやんちゃでよ~って感じのカタギ感の薄い地元ジジィ、お東陽先生が描きそうな暴力温泉芸者系な元芸者の婆さん、ちょっと下世話でちょっと人情でちょっと世話焼きなオバちゃんたち、などなどなど。こーゆー濃い人々が労りあったりケンカしたり、愛と妬みと差別と歓びとそねみと侮蔑と涙と笑いにまみれて 「ま、みんないろいろあるわな」 とテケトーな距離で生きてる。さまざまなエスニックマイノリティやハンディキャッパーも含め、まさに世間の荒波に揉まれるうちに波打ち際に寄ってきたもんが一緒くたにイン・ザ・ミソスープしてる感じが、なんとも懐かしい。消えゆくヨコハマの匂いとでもいうべきでせうか。
95年の暮れにメリーさんが伊勢佐木町から消えて、やがて街には「伊勢佐木町ブルース」ではなく、「ゆず」のメロディが流れてくわけですが……。

メリーさんについての個人的な思い出では、(映画でも登場する)アート宝飾のビルに有隣堂の美術書&画材コーナー等が入っていた時代(もう四半世紀ほど前)は、あの界隈に出るたびちょこちょこ寄っていたのですが、そのビルではよく会いました。たしか一度、東口のルミネの有隣堂にまだ美術書コーナーがあった頃にも遭遇しました(横浜駅近辺で会ったのは珍しいので驚いた!)。なので、彼女が美しいものを愛する人だということは、人に聞かずとも知っていました。なので「変人」と見るよりは、それなりに敬意を払う対象ではありますた。
しかし真夜中の福富町でばったり出くわしたときには、「うわっ」と肝を潰しました。暗いビルの影から出てこられると、さすがにビビる。

今日も旧き強敵(とも)と伊勢佐木町を歩いていたら、どうみても初老なのに少女系メイク&服装の異様なおばはん(皺に粉がめりこんでる!)と、その連れの悲しげな老女(母親か?)とすれちがい、思わず友と顔を見合わせました。
しかし、私らも十分にあやしい風体の中年おばはんです。おたがいさまってやつです。
『いつまでもこの界隈が、ヘンな者たちが自由に漂っていられる街でありますように』 と心から思いました。

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