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2006年10月

描いてきますた

今日は裸体描き。午前中はクロッキー12ポーズ、午後はデッサン。
今日のモデルさんは、スタイルはまぁふつうだが、色が白く、また、描くのが微妙に難しいが曲線美な(そして本人にとっては楽だったりする)ポーズを取ってくれて、「な、なんとかこのキレイ感を描かねば」と創作意欲がかきたててられ、実によろしかった。まぁ、作品のデキは別物だったりするわけだが。

モデルさんを呼んでのお絵かき会は、ふだん通っている曜日に関係なく集まるのでイロイロな人に会う。で、昼休憩のときに、外で教室仲間のおばさま(おばさま同士でこう呼ぶのもナニだが)に声をかけていただき、ラーメンをご一緒した。まったく顔はわからなかったのだが、お名前を聞いて 「展覧会のときに出していた自画像が美しい色遣いだった人だな?」 と思い出し、そこらをネタに会話することができた。その前に、もともと人見知りな自分だが、お絵かきの時は “異様に” 人見知りであったりする。人とは極力目を合わせないようにして、さらに人様の絵はあまり見ないようにしている。一年半くらい通ってて、名前と顔とを覚えている人は五人足らず。自分にとってお絵かきは写経のように淡々と続けていきたい趣味なので、あまり本筋以外のところに関わりたくないためだ。
だが、お昼をご一緒したあと、教室に戻ってみたら、おばさまはすぐお隣に座っていて、午前中には床に落とした鉛筆も拾っていただいていたことに思い至り、「こういうのって、イイ年こいた社会人として……どうよ?」とちと考えてしまったことだよ。

リアル会話でのオタク的な悪癖(=一方的な知識の開陳で悦に入る、会話の場にいる人々の一部を無視し続ける)は見ているだけでも不愉快なので、「相手が知らない話題は振らない、打ち返せないボールは投げない」が自分なりのモットーだったりする(その代わりに何でもかんでもブログで書いてるわけ。相手が固有名詞を知らなくてもネットだとググってもらえば済むので……)。ただ、そのモットーゆえに、予備知識がない相手との会話はあまりはずまなかったりして四苦八苦。
でもやはり、人に楽しく話しかけてもらったりすると、とても嬉しいものだ。人見知りだけど人なつっこい性格って、困るなぁ(悩)。

リアル百鬼夜行(はろうぃん)

土曜日は、お絵かきに行ったほか、わらわらわらわらと動き、ゲットーシスターとお連れさんズお宅でハロウィン・パーティ。気合いの入った仮装のフレンズを前に、ハロウィン色コーディネートと魔女帽子だけの手抜きな自分を恥じる。しかしビアジョッキのかぶりもんはないだろ~(笑)。
途中、たいへんな量の横文字も飛び交ったが、みな発音が本場もんなので聞き取りやすく、8割方は理解できた(長くなると途中で意識が飛んでしまうが)。しかし映画や音楽で受動的にたのしむ者の常で、「貴君の言わんとすることは理解できないでもないが、儂はニホンゴしか話せんのじゃよ~」という状態。
でもラッキーなことに、ドメスティックな私はニホンゴを解さない外国人と遭遇したことがない。伊勢佐木町あたりで道で金髪(染め)コロンビア人とぶつかって「ドモ、スイマセン」と謝られた。IT仕事でご一緒したインド人は日本語が達者で、「よいお年を」のグリーティングもすぐに覚えてくれた。カンがいいイスラエル人は、日本語で疑問を話し合ってるところへ英語で割り込んできて的確に解決してくれた。今回のフィリピンの方も無問題。他力本願、他力本願。
おいしい料理をたらふく頂き、気持ちのよい皆さんとたのしく会話して、あやしく歌を歌いまくり、おいとますると外は雨。いい天気だったので誰も傘などもってない。みんなも一緒に帰るし他に人気もないし、と、雨よけに例の仮装用帽子をかぶった。だがこれが、ナイロン製だしつばは広いし、実にうってつけ!
それから乗り継ぎをして、最終電車で家の最寄り駅に着いた。人気がなくなるまでしばらく待とうと思ったが、連絡待ちをして遅れたせいだか何だか、いつまでもいつまでも人の列が続いた。ご存じの通り、私はせっかちだ。
そして。
降りしきる雨のなか、魔女帽子のつばを両手でつまみながら、傘をさす人々の中を縫って、ててててっと小走りに家路に急いだ。うしろで若者たちが 「わー」 「うおー」 とウケていた。ハロウィンはもともとお化けや悪霊が出てくる夜なんだから間違ってはおるまい。雨の夜にはモノノケくらい走ったっていいだろ、ってことでひとつ。

P.S. 家に帰ってから 「そうだ、連れに傘を持ってきてもらえば良かったんだ!」 と思いつきますた。うちって本当に独立独歩。ちなみに連れに魔女帽かぶらせてみたら、シャレになんなかった。

たのしみはこれから

今日はお絵かき教室に行きました。お絵かきはやっぱりたのしいです(←小学生なみ)。
日曜日には、また二ヶ月に一度のヌードデッサン&クロッキー会。多忙かつ節約を心がけている昨今、「一回くらい見逃そうか……」と一週間ほど思い悩んでいたのですが、「定員はあと二名ですよ~」と言われた瞬間、つい。
こんな思いをして申し込んだのだから、次こそは人体のカノンに則った見事な裸体のモデルさんに来て頂きたい、ぜひ(←渾身の力を込めて)。

などと楽しく書いていますが、お絵かき関連では長~い間、ロクな思いをしたことがありませんですた。つか、むしろイヤげな記憶のほうが多いくらいですたが、中年となってこれからコツコツとしあわせ感を積み重ねていきたいものです。前向きなしあわせ感を支えてくれている(支えてくれた)、「成長を求めるヤツはおーえんしちゃうぞ☆」なハートのみなさますべてに、感謝。

冬が来る前に

生姜ミルクプリンをごぶごぶしたかったので、連れの指導を受けて作ってみますた。
いわゆる「正攻法」な作り方でGo。ご存じの人も多いかと思いますが、書いておきますた。

生姜ミルクプリン(姜汁撞女乃)
 1 生姜をすって、生姜汁大さじ一杯分くらいを器に入れておく
   (生姜好きなら、多少の繊維混入も上等!)
 2 牛乳を器一杯分(200cc前後)、70度くらいにまで温め、大さじ一杯くらいの
   砂糖を入れて溶かす(←沸騰は絶対に禁止)
 3 生姜汁の入った器に、温めた牛乳を勢いよく注ぎ入れる(かき混ぜない)
   ※うちではこのあと、カップにアルミホイルをかぶせて5分ほど置いておきます。

すると、茶碗蒸しのよーな、フルーチェのよーな、ふるふるして甘くて辛い、けったいなものができあがり。
風邪をひきやすい今の季節におすすめ。でも生姜嫌いの人はやめましょう。悶死します。
「鳥ハム」とかこれとか、異常に簡単なものが多いので、2ちゃんの料理板は重宝してます。
◎該当スレ
http://food6.2ch.net/test/read.cgi/cook/1069846353/

充電池 (Electric Power Up)

調子いまいちな日々が続いていて、しかも雨。さらに寝覚めのわるい夢を見たりとか。
雨の底を、のたりのたりと過ごし、なまずライクに一日をやりすごす。そんな日々。
では元気をだすかい、と、先日のレンタル半額日に衝動借りしてエンコしまくったCDでも聞くか、とiTunesを見ると、ラインナップが、ちあきなおみ、ミッシェル・ポルナレフ、ローリングストーンズ、研ナオコ、U2、ナインインチネイルズ、光GENJI ……いったい何をどうしたかったんだ>自分。まだ一枚も聴いてないし。
やはり、こーゆー時は何をしても妄動。充電がすむまで、家でまるくなって温かくおいしいものを食べるに限る。すじ肉みそデミグラシチューを食べて聴く、歌声やさしい「黄昏のビギン」。いいね。

幸あれ見知らぬご夫婦

今週は乱調で、月曜にやすんで火曜に出勤したらまたへろへろになって水曜はやすんだ。お絵かきもやすむ羽目になった。そして今日は出勤。まぁ大丈夫。あと一日出勤すれば大丈夫とおもえば、ね。
で、職場からの帰り道、ふと 「???」 耳の中で鳴っている音楽が外でも鳴っている?
足を止めたのは帰り道の途中にある結婚式場の前、その披露宴会場(二次会パーティー風)の外スピーカーで鳴っているのは、吉井さんの新アルバムから 「Living Time」。シングルじゃなくてアルバムかよ! 濃ゆいな!(笑)
吉井さんファンのご夫婦なのであろうか、お幸せに。……しかしバラード調の曲を集めて編集したほうがふさわしくなかっただろか??

乱調時は美味しく

土曜から、妙な熱が出ている。花粉症のせいかと思ったが、そうでもなさそう。土曜はせっかくの予定をキャンセルして爆睡。日曜も調子が悪くて半日寝てたが 「うう、これでは何のための休みだ」 と買い物に出て一時間足らずでフラフラになって帰る。んで今朝も熱があったので、会社を休んで解熱剤のんで寝てた(←医者ぎらい)。
すると連れが、かつて「伊東家の食卓(だっけ?)」でやってたという、生姜ミルクプリンをつくってくれた。生姜の絞り汁に70℃に暖めたミルクを注ぐと、茶碗蒸しのよーな何かができるというもので、辛くて甘い、不可思議なシロモノであった。でも生姜好きにはおすすめ。
ひたすら横になっていると夜になって長姉から電話。実家に集合して家族会議して、ちと疲れた。二杯目のプリンが欲しくなった。珍妙な味というのはクセになるものですな。

言葉をなくす秋

シケたエントリのあとには、皆さまにわびさびというか、カフカ的というか、そんな秋をぷれぜんつ。
手作り感なテロップ、15秒のエアポケット。淡々と風情を味わっていただきたい。
ウォンバットのヒロキくんの動画

※他のコンテンツも見たい方こちら http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/dousyoku/kanazawa/movies.html

さえない時は物質

どうも鬱々としてたのしまず。シゴトが進まないせいだー!と思っていたが、冷静にかんがえてみると、どうもそうではない。『人間社会の中でのタスクというのは、できるだけ最小限に切り分け、こなせるところから日々こなしていくしかない』 という論理は重々承知なので、今さら落ち込む理由も必要性もない。前に書いたよーに、目下ナンギな母親にエネルギーが自動回流してる分もあると思う。あるいは、今週前半は、スマスマのレシピ本を見て作った(正確には作ってもらった)味噌デミグラシチューを食べてた=肉ばっか食べ続けてた、せいかもしれない。
若者な頃は朝からステーキを食べられたが、肉を食べるのは重油を燃やすようなもんで、トシを取ると燃え残り感がある。つか、意識が重たく沈むし、感受性の繊細さが失せる(あ、もちろん生命の熱が高い年代は肉喰いまくってていいと思います。私はベジじゃないです)。
と、精神の状態についてはイゴイゴとチェックするくせが抜けません。てか、人間の思考や心理は、食事とか物理的条件に簡単に左右されるんで、あまりそれを後生大事にしたくない気が。酒飲んでモノ言う人間ってあまり好きではありませんが、そもそも人間の言ってることや考えていることの9割方は何らかの物理的要因に左右されつつ口走るその場限りのメメントな妄言で、私たちの存在というのはトータルで見ればサンゴやら植物やらと変わりない受動的な何かではないか、などとも思えてきますな。いや、これは鬱々のせいではなく、常日頃から淡々と思っているレベルのことだけど。

真摯であれ

で、幸福感に満ちた天気の一日だったにもかかわらず行楽がチョー空振りだったというふしあわせを癒すべく、映画を借りてきて見た。「ホテル・ルワンダ」「RIZE」
「ホテル・ルワンダ」はネットを通して有名なので、皆さんご覧になられているかと。なので多くは語りませんが、ほんとーに絶望的な状況のなかで主人公が妻に言う、「いざとなったら子供たちを連れて飛び降りてくれ(死んでほしい)」 は悲痛に過ぎますた。残虐ななぶり殺しに遭うよりはまだマシ、という文脈ゆえのコトバですが、誠実で良心的な人間が最愛の人間にそう言わねばならぬ状況に追いやる、戦争のムゴさが改めて心に迫ったなぁ。
「RIZE」は、ロサンゼルスのゲットー地区でクラウン(道化)をやりつつダンスに打ち込む若者たちを追ったドキュメント。“サクセスストーリーを夢見るビンボーな若者”というのはダンス映画の定番なのですが、ちょっとディープさがワケが違う。殺人と強盗と貧困しかない街で、太陽のように輝く若い生命の熱いこと熱いこと。
「本当に同じ人類なのかー!」と言いたくなるような肉体の妙技や、熱く盛り上がるダンスバトルなんかも見応えがあるのですが、ダンスする若者だけでなくその家族などのインタビューなどを丹念に重ねているので、彼・彼女たちの生、歓びや絶望や悲しみや希望がリアルに伝わってくる感じなのですよ。そういう背景をしっかり描いた上でのダンスなので、より光を放ちます。
日本風な風土のなかで「ダンス」なんぞと聞くと “イケてる外見の若者だけがやっていいような、自分には無縁の何か”、という見方をしてしまうもんですが、ダンスが自己表現であり、その人の生命の輝きを見せるアートなんだ、とスゲー感動的に納得させられますぜ。映像(特に色彩)の美しさも格別なので、「どーせチャラい映画だろ」と勘違いせずに、ぜひ見て欲しい。

それにしても。どこのどんな土地であれ、どういう人種でどういう年齢でどういう立場であれ、わずかでも人々の憎しみをやわらげようとし、よりよい明日を次世代に渡そうとする、そういう真摯な人々は居るものなのだなぁ、と思わされた。こうした極限状態に自分が立たされることはないだろうが(あったら発狂してエンドだな)、毎日のささやかな場面で、ちょっとでもこうした人々の心根を見習っていきたいものです。

トホホおぼえがき

今日は早くに起きられたら、(同僚ズと合流も考慮しつつ)連れと一緒に山下公園のワールドフェスタを冷やかしにいくはずだったのだが……。連れが起きだしたのは午後3時半。着く頃には終わってるって! orz
せめて元町のフードフェアに行こうとしたが、その前にお茶に寄った店で、ボリューム満点のパンケーキが出てくる大失敗&大散財。フードフェアも相当に並んでたし混んでたし、何より満腹なので何も食べられずに帰った。あんなカフェ潰れろと罵倒したいが、味自体は良かったので、平日に行くこととしたい。休日の観光地では、失敗も自分の不用心ゆえってところだろう。

結構ねがてぃぶ

十月に入ってからは気持ちがネガティブ。雨ふりだから、というわけでもなかろう。吉井さんの待望のニューアルバムが哀愁に満ちた名作だからというわけでもないと思う。おそらく母親が病院でシケた時間を過ごしているせいではないかと思う。何しろ、別段シケる理由がないのだ。
もともと他人の感情や精神状態が映りこみやすい性質(タチ)なのだが、どうも親子の仲だと、それ以上の影響を受けてしまう気がする。これはもちろん、情は薄いわ役には立たないわな子供に親がネガティブな感情を向けているといった意味ではない。いってみれば共振現象のようなもんだと思う。なので別に親のせいでもないし私のせいでもない。

今日、見舞いにいった帰り、バスの座席にすわり、水滴に曇ったすぐ横の窓に目を向けた。すると、幼稚園児か小学生だか、ちいさな掌の跡が残っていた。雨の夜のバスの暗い窓、銀色の水滴のなかに残る掌の跡を見ていたら、自分にもこのように小さい頃があり、母親と一緒にバスに乗って過ごした時間もあったのだろうな、と、他人の人生を見るような気持ちで、ふと思った。

そうした言いしれぬ想いにしばし耽っていたのだが。前に座っていた後ろアタマだけでも因業が知れるモヒカン爺ィがブザーを押す動作を見て、“そろそろ我がゲットーに着いたな”と思ったら、やっぱりホントにそうだった。降りる人間の“人種”を見ただけで知れる、涙のバスストップ。

八景島 As Time Goes by

連れの誕生日にかこつけて、土曜日には八景島シーパラダイスに行ってきた。セイウチ好きなので、けっこう回数を重ねて行っている。感想をいちいち書いていると大変なので、この右の段の一番下のほうにある「マイフォト」で、「八景島シーパラダイス」を見て欲しい。百聞は一見にしかず。
まぁ、入園するなり、連れが「メリーゴーランドの音楽って、どーしてああ物悲しいのかね~(笑)」としみじみ言っていたが、それが一日を象徴するコトバのようであった。

シーパラも新水族館などを作るなどして健闘しているが、寄る年波ゆえ、ややうらぶれ風が吹いていた。もちろん地方の遊園地などに比べれば遙かにマシなのだが、それでもテナントのしょぼしょぼ化やレディースポリスの縮小など、オープンした頃の賑わいを知る者としては淋しい感じはぬぐえない。とはいえ、遊園地系のレジャー業界も決してラクではないだろうし、無い袖は振れないのも事実。エンターテインメントをたのしむ先に、送り手側の立場で心配してしまうのは、なかなかさびしい。
お店とか学校とか遊園地とか街とか、さまざまなものも年月のなかで老いて変わっていく。
そんでもって、わたしら二人も年をとった。十年そこそこの年月でそう思うのだから、さらに十年経ったら、もっと強くそう思うだろう。

今回、ちょうどジェットコースター(チャレンジした。ひゃ~!だった)のてっぺんで、沈む太陽を見た。ルソーが描くような、真っ赤で円い夕陽が、西の空の裾にいた。何事にも終わりはあり、昼の光もあれば夜の光もある。
なので、だからこそ、生きているうちは “♪太陽が燃えている” 時間を過ごしたいと思う。Burning Spirit !

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