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2006年3月

そういうものなのか

それはそれとして。家に帰ると額縁2枚が配達されていた。……まだ入れる中身ができていない。描かなきゃ(汗)。
そして掛け布団を買うことにした。てか、羽布団がシーツの中でやぶけたらしく(一週間ほど前にびりっと異音がしていた)、ここ数日、部屋の中にはケサランパサラン状のものが舞っている。てか、今も机の上は羽根ぼこりいっぱい。

おともだちのところで知った「成分解析」、なかなかスゴイ。

せいの成分解析結果 :

せいの85%は魂の炎で出来ています。
せいの5%は夢で出来ています。
せいの4%は電力で出来ています。
せいの2%は宇宙の意思で出来ています。
せいの2%は小麦粉で出来ています。
せいの1%は血で出来ています。
せいの1%は覚悟で出来ています。

……バーニン・スピリッツと呼んでください。別ハンドルなどで試すのもまた一興。
ちなみにこのブログは、というと。

あからさまに、オカルトの成分解析結果 :

あからさまに、オカルトの49%は勇気で出来ています。
あからさまに、オカルトの35%は血で出来ています。
あからさまに、オカルトの15%は知識で出来ています。
あからさまに、オカルトの1%はお菓子で出来ています。

勇気と血がほとんど。最初のエントリの向こう見ずさを思うと、実に言い当ててる感が(笑)。

バカすぎ

今日は朝、ふと思いついて、「帰りに待ち合わせてスーパー銭湯に行こう」と連れと語る。
職場では、懐かしい再会や目出度い目標達成やで、まぁまぁ良い日。んで、帰りがけに、お世話になった上司(出向されるそうで)にガラにもなくプレゼントを買う。それから連れと落ち合い、スーパー銭湯。平日は空いていて、塩サウナも死ぬほど堪能できた。
満足しきって、家に帰ってから、気付く。

せっかく買ったプレゼント、銭湯のロッカーに忘れてきちゃった…… _| ̄|○

やはりニンゲンはガラにもないことをしてはいけない。
かつて高級婦人傘をプレゼントされて一週間で無くしたことや、海外土産に買った革ポーチを使用三日目に電話ボックスに忘れ、見つかってケーサツに取りに行ったら縄で粗縛りにされて保管されてボロボロになってたことなどを思い出す。見つからないかもしれないが、まぁ、しかたあるまい。

80年代どっぷりナイト

昨日、Duran Duranのことを書いたら、こんな記事が。
デュラン・デュラン、ワースト・アルバムに
音楽雑誌『Q Magazine』の選んだワースト・アルバム・トップ10で、デュラン・デュランが'95年に制作したカヴァー・アルバム『Thank You』が1位に選ばれた。(中略) 批評家たちはこのアルバムを「地獄のような54分29秒」と酷評した。(以下略)

……ちなみに、ツェッペリンのトリビュートアルバムに この「Thank you」 が入ってるのだ(そう、タイトルになってる「Thank you」はツェッペリンの曲だ!)。たしかに最初聴いたときは「なんじゃこりゃ」と思ったけども、聴いてるうちに慣れてしまったよ……。

まったく話は別ですが。80年代に一世を風靡した「C-C-B」、もとメンバーのうち数人はまだ音楽をやっています。旧き強敵(とも)からガレージ録音くさいCDを貸されたときには泣けた。音楽として悪くはないが、人生が沁みてくる感が強すぎて泣ける。

さらに。80年代を語るなら落とせない、ボーイ・ジョージ。なかなかスゲェ落差(→こちら)に感動してほしい。人生とは何か……幾つまで生きればそれを理解することができるのか。まだ道は遠そうな気が。

てぃーねーじみゅーずぃっく

職場で異動があった。
……まぁ、あまりにもショックだと人はむしろほがらかに。
ハデな明るいオレンジ色の上着を初めて着ていったのも、珍しげな曲ばかり詰めて通勤したのも、いまにして思うとトホホを無意識に予知していたのかと。ベイシティローラーズの「SATURDAY NIGHT」をうたいながら帰ってきますたよ。壊れたな。

話を別のほうに振ろう。今日は某お若いお友達がオススメの「a-ha」なんか借りてきますた。つか、「テイク・オン・ミー」しか知らないけど、年代的には私なぞが若い頃の音楽だし。
まぁ、それとは別に今朝はちょうど80年代頃の洋楽詰めチューインガムで、エコー・アンド・バニーメンだかデペッシュモードだか、ともかくあの辺の音楽を聞いていて、ポコポコしたシンセドラムの音に思いっきり時代を感じました。ベンチャーズのテケテケテケを聞いた時のように…… 『これが時代というものなのか』 と、総身で感じますた。もつろん常に流行に十年遅れている私が言うこっちゃないのですが。そもそも、あのペコペコ感が結構すきだし。

あと、最近のトピックをふたつ。横文字堪能なシスターに「Duran Duran」を“でぃゅーらん・じゅぅらん(……カナ表記はムリだ)”ってな感じで発音され(それが正しいと知ってはいても) 『誰だ、それ』 とつい思ってしまったこと。そして 『サンボマスターのボーカルはルックス的にモップスの鈴木ヒロミツの再来』 という事実に気付いてしまったこと(←最後だけ邦楽、しかも暑苦しい)。

へにゃへにゃしてまふ

桜が咲いてるし。
まだ月曜というのに、妙に疲労、なんか消耗。

ただ 一さいは過ぎて行きます。

そんな感じ。

なぜか花粉症が収まりつつあって、風も暖かで、空には光がいっぱいで、さくらのピンクが綺麗で。そういう上等な日で、心おだやかに過ごせても。「おお、この曲はっ!」と30年ぶりに懐かしのメロディーに遭遇できても。

なるほどこの世は光の運動でできている蜃気楼のようなものなのだろか、と、ぼーっと思う。
そんな一日だったなぁ。春だからだね。

ダテに中年じゃねぇよ

今日は水泳。かねてより予告があった、「みんなの泳ぐすがたをビデオで撮って、あとでそれを見ながら欠点指摘」というスペシャルな日。われら初級者コースも、ビデオに撮られるのだからと必死におよいだ。必死だった。必死ながらも、なんだか、一抹の不安が常に胸にあった。そして、亀の甲よりゃ年の功、皆の不安は、当たった。

コヨーテコーチ……撮りそこねてんなよ……_| ̄|○。

夜だからってナイトモードで撮って、みなの肌は真緑だったとか(蛍光灯の緑カブリね)。ということで、練習の最後でオール撮り直し。いつもより多く泳いだ挙げ句に、それでも、撮り直し。最後の撮影は悲愴だった。平泳ぎなのにバタフライキック繰り出す人は居るわ、撮影されているのに水没していく人は居るわ、もはや「おぼれている人の観察ビデオ」に成り果てていた。
私はどうだったかって? 聞かれてもただ困り果てるのみ。中年にもなって羞恥ぷれいビデオを撮られるハメになるとは、初心者コースの誰もさすがに思わなんだよ。

クレープの夜

有給をとって四連休を満喫したのだが、冷静に考えると、うち1.5日ほどはシゴトで潰れている。とはいえ、気分よく過ごせた。単純にモノを創るのはたのしいから。単純なヨロコビの部分ではどんなシゴトもそう捨てたもんじゃない部分があるのだが、ヨノナカの人の大半が楽しくなく過ごしているのは、シゴトそのものの問題というよりシゴトにまつわるニンゲンの業ゆえのわずらわしさゆえではなかろうか。
ごく普通に労働のために集っている空間であっても、脳がコパカバーナしているような人もいれば、脳内妄想プリンセスしている人もいる。ふしぎなことだが、いまの職場に限っていえばおそらく、生存競争が熾烈ではない環境において生態系が特殊な発展を遂げるのに、近いと思う。つまりオーストラリアで有袋類が発達したようなもんで、狭い環境でのほほんと暮らしていると、ヒトは奇妙な何かに変容し、しかも歯止めがかからず、ふしぎな進化を遂げるのではないだろうか。一種の「組織まるごとひきこもり」状態やね。
とか、そんなことを想いつつ、雨の夜をファンクシスターズと呑む。といっても、ハイネケンやフライドポテトの横には、myコーヒーとストロベリーチョコクレープが、でんと置かれていたが。
……働かずにひたすらゴロゴロあそぶことと荒んだ環境でボロ雑巾のように働くことを交互に繰り返してきた私は、もう何が何だかわからない生き物になり果てている気もする。いろいろな場所を見てきたけれど、しかし、ヒトが長期にわたって健全に働ける場を実現するのは、とてもとてもムズカシイことだ。
砂糖を三本入れたコーヒーを飲みつつ、アイスにでろでろに浸かったクレープをがつがつと食べつつ、憂わしい想いにひたっていたことだよ。マヌケな感じもするけど。

中華キャノンながんだむ

今日は一日おもいきり出歩いて、死ぬほどつかれました。
でもとりいそぎ、ご報告。中華街にはガンダムがいます。
いや、動かないから「かんたむ」くらいにしておきます。

2 1

仏像や掛け軸にまじって、がんだむ。「先行者」ではありませんよ。ほかに、ゴジラもどきもいます。
とてもへんな店で、さらに他にへんなものを買ったりして、なかなか気に入りますた。
中華四千年。宇宙暦何年とかいっても、とうてい敵いませんな。

卑しいからだろ

Winnyを通じて公的機関の情報流出が相次いでいる、と問題になっているらしい。
流出流出と目くじら立てるが、コイツらは何を流入、つかDLしていたのやら。「ネット=何でもタダで取り放題」とか勘違いした仁義なきタダノリ厨がビョーキにやられてブザマ晒してるだけじゃん。ということでこのタイトル。

てゆーか……情報とは対価を払って付き合えよ。
とかゆーと、バカな連中はコピーソフト(いわゆる割れ)は良くないですね~、とか言うんだろうけど、そーゆー単純な意味じゃないからね(笑)。公僕たる皆さんってば、普段の税金つかいほーだいのノリで、ネット=搾取できる便利なものとしか考えてないのか(笑)。タダノリばっかしてりゃビョーキにもかかるわな。あ、タダノリが原因で自殺した大使館員も居たっけ。それでニホンの外交関係者って Intelligence 無いのー!? って笑い者にされてたね、アタリマエだっつーの(笑)。
公の席に在る人間が、そーゆー下劣なネットの使い方……あるいは情報との接し方……ばっかしてるのが、ニホンを蝕むホントのビョーキだと思うんでつけどね。
簡単にわかるよーな個人情報がいくら流出したとか言ったって、そんなのシンボルですよ。流出じゃなくて売却でも全然不思議は無いっす。さらに言えば、個人の生活や命の安全や言論の自由そのものが“売られて”たって、なんも不思議はないってことで。

悪行の報いか

今日は夕方から雨。強風と雨。
水泳教室の日で、水泳に行った。帰りは、むちゃくちゃな雨。

例の、自分で染めたコートを着てった日にコレかい……。_| ̄|○

帰り道、どしゃどしゃに濡れた荷物を肩にかけ直しながら、『(色落ちで)肌が橙色に染まるんでないだろうか、と心配しながら歩いてるヤツは、半径2km以内で私しか居ないな』 という妙な確信が胸に満ちていた。たぶん半径20kmでも一人しか居ないと思うが。

空の青と本当の気持ち

なぜか知らんが、my Love な皆さんが揃ってオーバーワークだったりする昨今。春だからだらふか。
放心状態を表現すべく、こんなテンプレに。いや、私の場合はオーバーワークではなく花粉症ゆえの疲労と思うのでつが……うちに帰ってから何もできまへん。シゴトはもちろん、何か取り組むことも本を読むことさえも。春到来はうれしいのだが、困ったことだよ。

とか言いつつも今日はお絵かき教室に行ったのだが、名物生徒とでもいうのか、教室のほむぺなども作ってるフリーター@二十代後半の兄ちゃんと、数ヶ月ぶりに遭遇。『フリーターというとバイト先の学生なんかに “勇気あるね~、怖くてできないよ~” と言われる』 というのだが、先生もそーだし、私もそーだが、職人気質でこそあれ勤め人気質には乏しい人たちなので、『いったい何がこわいのだろうか』 と首をかしげる。なんか、日本の “世間” って、人が生きる幅を極端に狭め自己尊厳を貶めるような思いこみばかり刷り込む、イカレ呪術師を戴く腐れ部族のようなもんではないのか?

シゴトを辞めた次の日の朝、ぽかっと見上げる青空は、すごくすごく美しいものだ(←とことん勤め人に向いてないのかも)。……次に見上げる時には幸せいっぱいで見上げられるよーに、今はやれるだけのことはやっておこうとか思ったり。

パトラッシュ、僕 もう つかれたよ……

このタイトルで記事を書いたが、誤って消してしまった……。
まぁ、“展覧会に出品とかいうと金が要るもんだな、おまけに給湯器まで壊れちまったよ、ヘイヘイ♪”みたいな内容だったのだが……さらに疲れが増した。
やさぐれネロ少年モードで春の夜は更けゆく。

たのしい日たいへんな日

土曜日はもののはずみでひたすらシゴトをしてしまった。ので、にちようびは外出。BankARTの「食と現代美術II」を見たりした。ここの展覧会はいつも、アートというより文化祭 or 一種の「美術同人」の場ではないかと思うが……、アーティスト志願のための登り口はたくさんあるほうがいいと思うので、地域振興をかねて見て回る。ひるごはんは馬車道のポンヌフなるふらんす料理屋さんでランチ900円(しかし美味)をいただく。ギャルソンのエプロン姿が風貌のためか魚河岸ライクに思えた点は忘れることにする。それくらいおいしかったよ。
BankART NYK のほうの、ITのあるくらしを扱った展覧会の「Electrical Fantasista」は、展示場に靴をぬいで上がらせ、もこもこしたところを歩かせて、まるまるした風船をたくさん吊している時点で、もう勝ったも同然かと。みな表情が和んでいた。眉根を寄せない展覧会というのもよいものだ。ちびっこがよろこぶ横で私もべたーっと座って、展示をたのしく見ていた。

月曜は午後すこし、しんどかった。あまりに大変な話だと、それが他人様の大変な話でも、つい心は分かち持ってしまうものだよね。非常にやるせない話だけど、たとい世界から悪意が一掃されたとしても、世界から悲劇はなくなることはないだろうなぁ。

さびしい日

金曜日は雨が降り、大さん橋には異国の客船が居て、心なしか寂しい日であった。
忙しいことは忙しいのだが、やらなくても済むことはやらずに帰る。みな忙しいので、ぽつねんと帰るのだが、あまりさびしかったので、家に電話して連れに来てもらい、いっしょに蕎麦を食べることにした。
馬車道駅に行くと、「横濱モボ・モガを探せ」なる写真展を開催しているのだが、モノクロorセピアな写真群が駅の雰囲気にあまりにマッチしていて、誰も展示と気付いていない感じであった。ついでにBankARTで開催中の展覧会「食と現代美術II-美食同源」の併催イベント「芸術のれん街」のチラシがあったので、取る。要はフツーの飲食店の中にオブジェを置かせてもらったりしてのスタンプラリーである。ちょうどLove蕎麦屋が参加しているので、ちらしを取る。連れが来たので、ともに蕎麦る。
蕎麦屋では特典もオブジェもなく単純にスタンプを押してもらい、もう一軒お茶屋さんに寄って、オブジェを見ていく。ごまで絵を描いたパンがパノラマのように並んでいる。チラシを見て来たといったら大変よろこんでくれた。こうして地域のアート振興にビミョーに寄与してみる、サクラなテスト。
しかし、こーゆー小洒落た、“オーナーの夢のお店”系の店というのは、どーも居心地が悪いものだ。隣のおばさんが喜々としてコスプレしてトリップしているのを見て、なんか微妙に眼を伏せてしまう……、そんな気持ちになる (なお、2ちゃん系の語彙では「もにょる」という的確な表現があるようだ)。さらに、インド風紅茶とやらを注文したが、なぜミント味なんだ。店の人が善意いっぱいなのは見てとれたので私は黙っていたが、連れが不機嫌になるのは目に見えていたので、早々に去る。

別に誰も悪くはない。だが、理解不能なものはどう頑張っても理解不能、という事実もある。善意だけでギャップが埋まるなら誰も苦労せん。善意をあらわにする方が善玉とされ、当惑している方が悪者にされては、たまらないものだ。だがヨノナカではそういう“女子高生の正義”がまかりとおったりすることもある(きょうびの女子高生はもうすこしsmartだと思うが)。

寒い夜のなかを帰った。でも、かきあげ天せいろは、んまかった。
(ちなみに、夜半に、若く賢く美しく因業な仲良しさんから愛ぬるぬるのメールをいただいて、ずいぶん回復した。ので今は大丈夫。Love! >私信)

不満+諦め=肥満

どうも最近おもうに。不満を溜めると太るというが、あれは半分しか真実ではない気がする。不満を溜めて、しかも爆発させるのではなく、諦めを覚えると、人は肥満するのではなかろうか。中年太りというのも、この伝でいけば、たいへん理解しやすい。
しかし……。困ったことに、この一年でじりじりと確実に肥満してきている。
肥満は困るし、さりとて大スパークして暴れ狂うわけにもいかぬ。はてさて。ふと「ふたご座さんの運勢」を見ると、何かとイラつかされブチきれやすくなってる時期だとか。うーん。

花粉

土曜はシゴトして、日曜日はお絵かき教室の道すがらガレージでケーキを買って(住宅地のケーキ工場の車庫にとーとつにケーキのショーケースが置かれてるシュールさ……ご近所の話だす)、日曜深夜には「うわー、マトモに直してないやん!」と昼シゴトのことでやきもきして寝付けなくて(悪いことに養命酒を切らしていた)、月曜はわたわたわたわたわたと非生産的なシゴトに追われ、帰ってきたらまた新しいシゴトが舞い込んでいて、それでも気持ちは前向きなのだが、カラダはアウト。花粉症……今日は帰りに医者に行って、薬だけもらってきたが……処方箋だすだけなのに診断料600えん取られた(怒)。

花粉症になると、アタマの性能が62%くらいまで低下してしまう。ただでさえ少ない出力なのに、それだ。目や鼻水にはそう来ないのだが、鼻の奥が腫れ、冷却性能が下がるのか、常に微熱&軽頭痛な状態。わかりやすくいうと、頭蓋骨に湯豆腐(しかも木綿)入れられてる感じですな。

だいすきな春があまり楽しめないので、うれしくない。だがお絵かき教室の先生いわく、トシとともに感受性も鈍ってめっきり花粉症が出なくなったとのこと。それは健康回復というのだろうか?うーん。

狂乱は節度を保って

そういえば。
先日のライブ、一日目は階段すぐ横の席だったので、心おきなく狂乱できた。しかし二日目はフツーに真ん中の席だった。スパークしてしまってはイカンな、と思い、つい両脇の方々(ともにお一人様)に、開演前 「ライブ中、スパークしてぶつかったら済みません」と断ってしまった。「こちらこそ~。気にしないでくださいよ~、ライブですから~」 「そんなこと言われたの初めてですよ~、楽しければいいじゃないですか」 などと快く言っていただく。ま、一言断りを入れたので、心おきなくスパークさせていただいた。


だが、さしもの私も、振り上げた腕が後ろの人にぶつかろうとは思わなんだよ(笑)。

のどが……

今日は週末、スパークな飲み会。しかし、飲み会の席に、シゴトの付き合いがあるだけの仲で乱入してこようとする人間がいるのは、日本ならではの風景なのか? 営業職ではないからか、神経がわからん。
飲みスパークにさらに拍車がかかって、カラオケにまで突入。最初は横文字の歌のレパートリーを脳内検索していたが、イエモン好きがバレてしまっているので、そっちへ流れてしまった。……女声ボーカルのレパートリーを何とか開拓しなければ _| ̄|○ (長年の課題)
初顔合わせで行くと、70年代後半~80年代あたりのアメリカン・ロックやポップスを名前しか知らないことや、また自分の曲のシュミはなぜか世間から十年くらいづつ遅れて来る事実に気付かされたりして、なかなか面白かった。さらに皆の衆の高いエンターテインメント能力を楽しませていただき、椅子から転げ落ちる者も出るほどの狂乱の宴となった。……もちろん私は一滴も呑んでないが。
素面のはずが泥酔者と一緒に大スパークしまうのは、場を大切にするオトナの気遣いなどではなく、そもそも自制心の持ち合わせがないだけという、この真実はバレたらイタすぎるだろーか。

タイトルは、絶叫と絶唱の果て、帰りには声がガラガラになっていた事実に拠る。とほほのほ。

時間の切れ間で奮闘中

日曜は「シゴトするぞー」と書き込んだ直後に、前日に買った本棚が搬入されてきた。
組み立て済みでな _| ̄|○
「いやー、うちみたいな小さいとこだとね、サービスで組み立てして持ってきますから」
……このままじゃ寝る場所がないっ!! ということで、一気に部屋を模様替えすますた。スッキリさっくり。本ももうすこし処分するかな。

吉井さん、大阪城ホールで「薔薇色の日々」やったんだね。各所のファンスレは賛否両論、滝のように流れっぱなし。いい音楽聴かせてくれれば、それだけでOK。てか、「SADE JOPLIN」のためだけにでも LIVE盤を出してください。ブルージーなフォークっぽい感じから'70年代ハードロックな締めへ……血を吐くほどイイ感じのアレンジでした。聴けてよかった。しみじみ良かった。前回のツアーより良かったので、DVDもきぼん。

多々忙々で、アタマ煮えてるけど、今日・水曜はお絵かき。先週はおやすみしたので、ひさびさ。やー、ホント苦労するけど、モノをこつこつ創りあげてくのって、たのしいなぁ。……もっともっと時間がほしい(半ベソ)。

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