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「プチクリ」とヨノナカ

さらに。「プチクリ」(岡田斗司夫)という実用書?も読んだ。マイミクづたいにコミュを発見し「何だろう」と思い、買うことに。「プチ・クリエイターになろう」というふれこみの本で、「そんな力みかえってプロクリエイター目指さなくても、好きなことを好きなふーにプチ・クリエイトして、まいにちを楽しく彩ろうよ」といった感じの、読んでいて元気になる本でした。なんか昨日書いた記事の内容と合致しているような(笑)。
作者はオタクの王=オタキングとして有名な人らしいが、あまりよく知らない。いしかわじゅんも唐沢なをきも俊一も、マンガや著作のつまらなさゆえに好感を持てないので、一視同仁で敬遠してたし(笑)。でもこの本を読んでて「この作者は良い感じのヒトではないか」と思った。

んで。「経済的ヨユーがなくなったら、プチクリなど成り立たないのでは(これは同書がターゲティングしている“フリーターやニート層の存在そのもの”と置き換えてもいいね)」といった心配をする向きもあろうが……意外と、そんなに心配ないのかもしらん。
てか、これから先を考えると、かつてのヨーロッパ諸国が、国力は衰えながらも音楽やファッションで一種の『存在感』を保ったような方向へ、日本も舵切るしかなくなるだろし……。ま、国家が“コンテンツ”育成とか言い出す時点で、(国家の本来的責務である)“コンテナー”の標準化・国際標準化・保護で勝てる見込みはないってことが歴然としてるわけだし。
私も驚いたクチだが、ヤフオクなどで自作イラストを売っている人も事実いて、しかも失礼な言い方だが、?な作品でも数千円、時には万円台で落札されてるのも珍しくはない。このブログで紹介したよーに、アニメセルに数万払うよーなヒトもいる。もうモノは行き渡った以上、あとは「ユニークで点数のすくないもの」や「参加意識をかきたてるもの」(ほぼ日な商売だなぁ)といった分野でしか、ヒトは消費意欲をかきたてられないのかもしらんね。今後、国が傾いて大多数がビンボーになってしかも一生その階層からの出口が見えないよーな社会になったら、人間、好きなことに熱中するしか、生きていきつづける術はないしねぇ。
……とはいえ駄菓子屋で駄菓子を買って交換するよーなノリの、オクやフリマなどを使った「超ミニミニリテール」が一般人の消費常態になるんじゃ、国家にとっちゃ税収どころじゃない気もするけど。ソフトバンクは、GHz周波数(コンテナー)と国内最大のオクサイト(トランザクション)押さえてるんだね。羨ましいなぁ(笑)。

それに本筋としては。クリエイションにとっての真の問題はお金の多寡より、表現の自由ではなかろか。
プロのクリエイターになればクライアントから要望や規制もかかる。あるいはプロでなくとも、「こいつ才能ないよ ┐(´∀`)┌ヤレヤレ」や「イイ年してシュミに熱中ってイタいな( ´,_ゝ`)プッ」といった批評のための批評や白眼視や罵声などの“世間様基準による圧力”がかかる。さらに言うと、時代が非道くなればプロもアマも関係なく、本意でもないものを礼賛させられたりして筆を曲げるハメになったりもする。

みんなが「プチクリ」する時代に向かっていくうち、ニホンジン特有の“世間様基準による圧力”や“ねたみそねみ”がうす~くなって、『個人』というものが存在しうる社会につながっていけばいいな、とも思う。でないと戦後の豊かさって何だったのさ。企業が儲けました、モノがふえました、チャンチャン♪で終わりかよ(笑)。
ま、「ビジネスもできて恋愛も自分流、さらにオフ・タイムにもクリエイティビティを発揮しちゃえるのが、いま一番すてきな女性!」 みたいな安い方面に落とし込まれて、アメリカン・ウェイな 「さらに上へ上へ」の選抜条件にひとつ付け加えて終わるキケンもあるけど。

かなり異色の感想になりますたが、作者さん「才能を見抜くのが才能」ということなので、アジテーター(その気にさせるヒト)としても有能ということかと。そういうヒトは、だいたい遠視眼なので、この本も、国とか社会の未来図も視野に収めつつ、とっても身近なコトから楽しくさそっているのではないかと。もちろん誘いの半分以上は、「新しい才能の輝きをあちこちで見れたら楽しいな♪」という自分の楽しみからであり、またひそかに、消費に埋没して閉塞し絶望する「落ちこぼれオタ」へ投げかける“浮き輪”でもあるような気もする……そこらに勝手に「やさしさ」を感じました。はい。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

漫画好きとしても、いしかわ某はじめとした方々を見ていると「この人たちが漫画読みの代表みたいに思われるのかあ」と悲しくなることは多いですね。
愛を感じないのですよ。漫画嫌いならわざわざ読まんでも、という気がしてしまいますw

できる限り批判的なことは言いたくないのですが、批判的ことばかり言う方を批判したくなってしまう矛盾。この世は修羅道ですか。

前置き部分にのみ反応して恐縮です。

おおぅ、スズキさん。いらっしゃいませ!

>愛を感じないのですよ。
ハゲしく同意。

愛が余ってコキおろしてしまうならOKですが……愛のかけらも感じられないのですわ。酒の席で部下やその席にいない上司を毒舌放言でくさして悦に入る飲んだくれ中間管理職のようなイヤげさをやられても、ねぇ~。

そういえば全くの脱線ですが、最近発見した定理の検証にご協力を。
「アニメ好きとマンガ好きはよく混同されるが、見分け方は以下の通り。アニメ好きは声優にくわしいが、マンガ好きは声優にはうとい。」

よくアニメ好きのヒトと誤解され、「いやマンガが好きなんだけど」と言っても、一般の人にはよくわからないらしく。
それとも、何度おそわっても声優の区別がつかないのは私だけだろうか _| ̄|○。

あー! それはいえるかもしれません!>声優に詳しいかどうか

オタクさんは肯定的に言うと「ある分野に対しての知的好奇心の強い人」なので、かぶっていることも多いですけどね・・・。

漫画オタク兼、アニメオタク兼、声優オタク兼、パソコンオタク兼、恐竜オタク兼、ゲームオタク兼、アイドルオタクみたいな。

自分をとりつくろうわけではありませんが、僕はあんまり声優さんに詳しくはないですね。漫画もアニメもまったく見ない、っていう人よりは知っているかもしれませんが。
思えば中学生の頃、好きなアニメのヒロイン役の人を写真で見て吐血したので、それからはいい距離を置いています。声優さんに声以外を求めるのは、こちらのエゴですよね(我ながら失礼なこと言ってますなー)。

ちなみに、ドラえもんやドラゴンボールなど、メジャーな作品の声優を知っているだけで「オタクー」と言ってくる女性もいるので、仕事関係の場では声優さんを名前で呼ばず「クリリンの人」「ジャイアンの人」など「役名で言う」という擬態を使ったりすることはあります。
こういう気を使っているのって、結局はオタクなんでしょうな(笑)。

長文すまんでした。

たしかにオタク趣味は複数ジャンルがかぶってること多いですね~。

どちらかといえばマンガ好きなヒトは小説系が好きで、アニメ好きなヒトは映画系が好き、なようにも感じるのですが、これは何ともいえませんな。

私らマンガ好き世代が思春期の頃には、アニメといえばTVでやるもので、レンタルビデオ屋は少なく、ましてそんな小難しいアニメなど置いてる店などは皆無で。当時アニメファンというと、むしろセルビデオやLDが買えて、自分の部屋にTVがあって、家でビデオ録画(むろんベータ)できる『ぼんぼん』というイメージさえ抱いていました。いまは連載マンガを手にしてもほとんどTVアニメとタイアップになってるし、アニメの媒体はレンタルDVDからCSからBSからネットから、無数に増えてしかも格安なわけで。そりゃアニメ好きが増えて当然だわ、と思います。
とはいえ、ホントにアニメーションという「絵がうごく技法」に魅かれているヒトの数は、昔も今も差はないんじゃないか、とも思いますが。

ゲーム好きとアニメ好きも一緒にとらえてはいけないし、しかもゲーム好きでもジャンルによってまた部族がやや違ってくるような……とか細分化してこだわったり、イヤげな長文を書いてしまう辺り、やはり私も相当にオタクなヒトですねぇ(しみじみ)。

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爆笑問題のススメという僕の大好きな番組で10月くらいに出会い、手帳にメモしといてやっと読めた本。 というか、更新だだ遅れしてごめんなさい。 風邪とかいろいろありまして。 [続きを読む]

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