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No Future

エミネムの熱狂的なファンである男性が、エミネムの代表曲の一つ「Stan」のシーンを思い起こさせる殺人事件を犯し、終身刑に直面している なにげにありそうな話だ。反社会的スタンスを取ってみせるスターはこういう事件のたびにここぞとばかりに弾劾されるのだが……「ボウリング・フォー・コロンバイン」でマリリン・マンソンが「彼らはスケープゴートが欲しいだけさ」とごく知的かつ冷静に語っていたことを思い出す。他ならぬスターたちは、こういうイカれた人間たちのギリギリまでの「魂の松葉杖」にはなってやれていたわけだし。少なくとも、訳知り顔に批判してみせる人々よりは。

子供が惨い目に遭う事件が増えているようにみえる。統計的な数値じゃないし、マスコミはここぞとばかりに類似犯罪だけ固め打ちして煽るようなゲス商売してるから、あくまで「みえる」に留めるが、あまり気持ちのいいものじゃない。たいそう厭な話だ。
ごく正直に自分の気持ちを見つめるなら。「残酷だが自分の子供ってワケでもなし、関係ねーや」とも思う部分はある。もちろん「自分の子供かなんて問題外だ! 可能性と未来いっぱいの生命を尊重しないようなヤツは人間じゃねーだろが、(゚Д゚)ゴルァ!!」という気持ちもある。
ただ、言い替えれば。人は持っていなくて欲しいものがあれば殺してでも奪おうとする。殺すことは無意識的に強奪=所有につながる。つまり「オマエには可能性も未来もない」と社会的に決めつけられた人間こそが、「可能性と未来いっぱいの生命」を殺すのだろう。

「誰にでも可能性や未来がある」と言うこともできるが……そしてそれを本当に信じていられるなら、「可能性と未来ある人間存在を殺すな」ということで、殺人事件に対してはもっともっと世間の耳目が集まっていいはずだが、そうではない。「誰にでも」可能性があるなら、アムネスティの「死刑反対論」にもっともっと支持があってもいいはずだがそうではない(私も別に支持はしてないが)。
人は人間の持つ可能性や未来を限定する。そして現在の神なき世界では人智のおよばぬはからいの余地など残そうとしないので、人の見積もりがそのままご託宣になる。マーケティングさながらに「未来」が見積もられる。んでもって“負け犬”は選挙の開票速報・当選予測なみに早々に決められ、水に落ちた犬さながらに叩かれる。他の人間も助けるなんて余裕はないし、助けたって、助けた分だけ自分のアドバンテージも下がるわ、“物好きなお人好し”としてナメられるわけだし。そうして結果的に仲間が喰われて死んでゆくのを興味津々に見つめる草食獣たちのよーな世間が成立する。

生きているのに未来を無くしたら、死んでるのと同じだ。
たけしの映画「キッズ・リターン」のラストのセリフ、「まだ俺たちは始まってもいねぇぜ(だっけ?)」は当時の日本では明るく前向きなものと受け取られたらしいが、ヨーロッパではアイロニカルな絶望のセリフと受け取られたそうだ。……今の日本なら、皆もそう思うんじゃないかな? そんなフランスでは未来なき移民たちの暴動が起きてたな。日本ではまだそこまでではない……と思いたい、が、今の経済的繁栄という蜘蛛の糸が切れたらわからんけど。
ゾンビとして生きるのか、人間として殺されるのか。そんなことを選ばされるような世の中になったら、たまらんなぁ。

……ん、ここ数日、情緒不安定ですが、まだ少し続いてますな。皆さんもそうだとしたら、ご自愛くだされ。

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