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やきもの?の展覧会を見てきたよ

今日は、あたまリセットのため有給。連れが二、三日実家に戻るのを見送ったあと。職場に舞い込んで放置されていた招待状をもって、展覧会の取材?にいった。
「陶による大地の恵みを謳う 自然の息吹とかたち 杉浦康益」というもので、山下公園前の県民ホールギャラリーで開催。この県民ホール「ギャラリー」というのがくせもので、うっかり正面の噴水広場から入ると、見つからない。裏手に回れば、すぐの入り口がある。
もともと、チラシなどを見ていて「いいなぁ」と思っていた展覧会であったが、実物はもっと良かった。土肌の色、釉薬の色、彩りの金泥?等が、自然にまざりあい、おおきなおおきな(直径90cmくらい?)のひまわりになっていた。ただのつくりもののはずなのだが、ちゃんと「息づいている」ひまわりだった。
とはいえ、ただ感動しっぱなしではなく、技術面を考えてみると、「ど、どうやって作ったんだ!」と驚く。じーっと見て回ったが、すごい。きちんと一本一本の蕊まで作っている。写真など見るに、それを窯入れの前にきちんと形にして焼いているようだが……よく崩れたり割れたりしないもんだ!
信じがたい技巧と、また、ひたすらにひたすらに作っていく力に、思いを巡らすごとに感動が深くなった。
……だってさぁ、一日100個の石(焼き物製だよ)を、型取りとはいえ100日間つくりつづけたりとか(9999個まとめて展覧会に出品したんだそーな)、驚くほど見事な「(焼き物製の)蓮の咲き乱れる風景」を、その蕊ひとつひとつをちまちま作る緻密さを貫いて完成させてたりするんだよ~。それらが「なにげない」顔をしてるのがまたすごい。
こうすれば他人に嫌われないとか、こうすれば仕事をやらずにすむとか、その手のいじましくも計算高くもビンボくさい心根の浮世にいると、人間本来が持つ愚直なまでの「なにかを生み出す」力を、ともすれば忘れてしまう。
「アート」とかいうと教養やら品性の問題とカンチガイされがちだが、自分にとってはそういうもんではない。人間の「心の脈動」を人が人に伝えたり取り戻させたりする、楽しくも勇気のでてくるシロモノが、「アート」である。
※あ、「楽しさ」をお笑いやウケ方面で考えないよーに。鬱に沈んでも、ハイに飛んでも、「こころが動く」こと自体には「からだが動く」ような楽しさがある。ちびっこは無意味に走って笑って喜んでたりするが、そんな感じ。
閑話休題。
とても感心して展覧会をあとにして、タダ見にちと気がひけたので、県民ホールの「詩と音楽」なるコンサート?のチケットを買い求めた。これはこれでたのしみだなー。またレポートしま。

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