読んだ本・借りた本

  • seiuchiの最近読んだ本

買い忘れないように

カレンダー

無料ブログはココログ

« あついあついねん | トップページ | もっとサティスファクション »

愛されれば幸福だし、愛すれば悔いはない

きょうは筋肉ミュージカルのプレ公演おでかけの話が流れ、だが代わりにもっと楽しい時間をすごした。おいしいものを飲み食いしながら、心からたのしく話せることは、とてつもなくすばらしい。ここのところ積もっていたトホホがずいぶんと雲散霧消したことだよ。

いろいろな性指向についての話などが出たものだが、同性が好きでも異性が好きでも何でもかんでも、やはりヒトは自分の外側とつながることを求め、でもなかなかそれができずに苦しかったり悲しかったりすることは、世界のどこに住んでいるどんな肌の色のどんな年齢のヒトでも同じことであったりするようだ。そう考えると滑稽なよーなセツナイよーな気がする。
んで。一部の方には既出であろーが、また、母方のばーちゃんの話をしてよいだろうか。

母方のばーちゃんは四国は讃岐のヒト、とても元気なヒトであった。うちの格闘技ファンの血はここらから伝来した気がする。80過ぎてから3才の曾孫の手を引いて気ままに東北一周旅行に出るよーなアクティブなヒトであったが、ちと足を悪くして動けなくなってからボケがきた。んでもって子だくさんで手が離せなかった同居の叔父夫婦は、ばーちゃんを老人ホームにあずけた。ばーちゃんは大部屋でも問題なく過ごせる温厚なヒトでもあり、同室の方からおすそわけなど頂けば、ちんまりと手をあわせて“ありがとう”と言える、いわゆる愛される老人でもあった。母によれば、若い時は相当キツイ人だったらしいが。
私が母といっしょに四国へ見舞いに行ったとき、私は二十代の初め頃であった。つまり昔々のことだ。たくさんいる孫の顔の判別がつくことなどもとより期待せず、ニコニコしているばーちゃんの枕元でただ心なごませていた。
するとそうこうするうち、ばーちゃんがベッドに起き直り、車椅子に乗り込んだ。介護のヒトに聞くに、なんでも「おとーさん(つまりmyおじーちゃん)がそろそろ帰ってくる時間なので迎えに行く」とのこと。毎日、そうなのだそうだ。ちなみにおじーちゃんは私が生まれる前に亡くなっている。
ホーム内の廊下をすすむ車椅子、横でのんびり歩いて、ひとまわり。何か微笑ましくて、ばーちゃんに「ばーちゃん、おじーちゃんと仲良かったんか?」と言った。するとばーちゃんはのんびりと 「ん、仲いいよぉ」 と返してきた。それからちょっと間を置いて。「……いまも、仲いいよ?」 とちょっと不満そうに言った。過去形で言ったのがお気に召さなかったらしい。
じーちゃんは復員してから、タイだのブラジルだのと長く海外を飛び回って、やっと四国の家に腰を落ち着けたと思った矢先に亡くなったと聞いている。ばーちゃんは一人で長く家を守りつづけ、一緒にいる時間は少なかったらしいが……、それでも、ね。

愛されることはたしかに幸福で素晴らしいことだ。でも、心から誰かを想う人のその姿も、直接的・間接的かは別に、誰かの心を暖かく照らす。それも事実だと思う。

« あついあついねん | トップページ | もっとサティスファクション »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

おばーちゃまの話、とても素敵ね・・・心あたたまるエピソードに感謝、感謝!そうなのよね、うちの祖父母も、80をいくつも越えても、ものすごい、こっちが恥ずかしくなるくらいラブラブなのよ・・・。もしかすると、祖父母の世代は、今よりもずっと1人の人を真剣に、底なしに愛するという人が多かったのかも知れない・・・なーんてふと思いました。せいさんのおばーちゃん、おじーちゃんに合掌。

おお、いらっしゃいませ~。お祖父さま&お祖母さま、ラブラブで何より! 世代ばかりではなく、お二人の素晴らしいお人柄ゆえでもあろうと思いますが……。月並みながら、伝説の美人女優グレタ・ガルボの 「私が人生で見た中で一番美しかったものは、夕暮れのなかを腕を組んで散歩する老夫婦です」 という言葉を思いますた。
いまのよーな『即時成果主義』 な時世になっても、人どうしの関わりまで近視眼的に決めつけちゃいかんのよねぇ~。萌えになったりトホホになったり、イロイロな気持ちを織りつつ、今後とものんびりと、よろしうお願いします♪

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17296/4986760

この記事へのトラックバック一覧です: 愛されれば幸福だし、愛すれば悔いはない:

« あついあついねん | トップページ | もっとサティスファクション »