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2005年7月

整体体験

昨夜は連れが帰ってきてから、「外を散歩してみるかい」と夜中に出かけて、ふと気付くと、終電過ぎてから東口のサウナからタクシーで帰ってきている自分たちが居た。や~、酒いっぱい飲んで1000円以上とられるバーとかに行くより、ミストサウナ+冷え冷えジュースのほうがコストパフォーマンス高いし。……ホントに洒落っ気もナニもない人たちですな。
今日は、連れと整体に行ってきた。連れが単に通りかかって 「ここは(・∀・)イイ!」と感じて行ってみたらアタリだったとのこと。医者の類はあまり誉めない連れが言うので、とりあえず行ってみることに。
「口べたな先生だからね」 と聞いてはいたが。受付に出てきた先生は 「こんにちは」 でも 「いらっしゃい」でもなく、「なんでしょう?」。なんでしょうってあんさん……_| ̄|○。
施術に入っても、ずーっと「ここがこう……で、こう入って、こちらに来て、はじく」とかとか一人つぶやき続けている。「ぎやああああ」と叫ぶ私にはおかまいなしである。まぁしかし、こーゆー「マイ・ワールド系」の人間のほうが技術者としては信用できるのはよくわかっているので、ともかく委せる。ぶつぶつの言葉に合わせて、意識を集中させたり、力を抜いたり、こちらも気持ちを合わせる。基本的にソフトな整体だと聞いていたが、それは連れのよーに身体柔軟な人間だけが思うことのようで、私はぐおおおおと呻き続けていた。
連れも施術を受けたあと、先生と三人で雑談になり、身体論について話し込む。なお、先生は野口整体の流れを汲む井本整体に学んでいる。ちなみに女性は目を悪くすると、てきめんに生殖器系に来るそうなので、ぱそこんの前に居る女性の皆様ご注意あれ。それと腕や肩を酷使して肩胛骨から肋骨にかけてコリがきてリンパの流れが悪くなると、乳ガンの遠因にもなるそーな。くわばらくわばら。
異様に商売がヘタだがいい先生なので書いておくと、相鉄線星川駅のホームから「インターネット喫茶」の看板が見える古びた雑居ビルの2階でやっている。初診6000円、一回5000円。潰れない程度に繁盛してほしい。たぶんご本人もあまりに多忙になるのはイヤだろうし。

へんなかんじ

どうもここ一、二週間ほど、周囲で変動の兆しがある。近いうちに、サナギマンからイナズマン!のごとく、少なからぬ人たちが何か「変心」するのではないだろうかという気がする。ただ、すべての人がざわざわしてるわけではないので、ごく身の回りの近しい人々や友好トライブの人だけに起きることだろうけどね……ごんごんと環境が変わってく人や自ら変えていく人が激増しそうなヨカーン。あ、でも本番は秋からだわな。きっと。
まぁ、生きていれば、何回かは生まれ変わる心地を経験するのは当たり前かと。しばらくの間はちと注意して、小さなできごとにも留意して観察していきたい。

そうそう、花火大会のチケットの件ですが。
「勝手に早引けしても無問題なトコみたい」 「そ、そうかい」 という次第で、結局当初の予定通り、“お笑い旅芸人夫婦”での観覧になりますた。
花火ってのも、盆の送り火みたいなもんだよねぃ? エキサイト&しみじみしてきます。

ご町内シュール

今日は家に帰って30分で晩ごはんの仕度だけして、お絵かき教室に向かう、というのが前日からの予定。んで、さくさくと帰ってきてポストに手をかける。いつも通りにチラシが入ってる。
(え゛?)
なんと、ご町内にフィットネスクラブができたというのだ。ヨガやピラティスもできるし、ゲルマニウム温浴もあるという。
(………)
一瞬、このゲットー地区とのそぐわなさのあまり、頭が飛んだが、まぁ、立地などを検討するにすごく狭そう。てか、体育室って感じなんではなかろうか。その代わりに会費も安いが。だがそもそも夜9時までのフィットネスってアンタ……(汗)。まぁ、フィットネスという触れ込みで、高齢者を取り込もうということだろう。シルバー会員優遇もあるし。フィットネスクラブじゃなくて御達者クラブというヤツだな。
一回体験券というのもついていたので、いちど怖いもの見たさで出かけようと思った。
んで、コレステロール対策で油少なめにしたカレー作って、お絵かきに出かける。こちらもご町内教室だが、どうも他の生徒さんたちは遠方から来ている人が結構多いようだ。たしかにセンセイのデッサンは巧いが……よくも遠くまで出張るものよのぅ。わたしだったらよう出来んよ。
今日は都合三回を費やして描いた石膏像を完成。あどけない美少女像のはずが、どす黒い新庄のように仕上がっているのは何故 _| ̄|○。

※そうそう、8月1日(月)の神奈川新聞花火大会の同行者を求めております……連れが行けなくなったので。平日18時に横浜に来れる人、先着1名。応募多数(ねぇよ)は抽選(笑)。観覧席は確保済み~。

だうなー

今後はできるだけ朝と晩をつくろう(一品か二品で何を大層に>自分)。んでもってこれを好機として、コレステロールおよび増えるばかりの体脂肪と戦おうではないか、とか前向きな思いもあったりはするのだが……。
体調がいまいちシャキッ!としないし、先日紹介の作者のマンガ取り寄せて読んだら吐きそうなほど重たかったしと、陰々滅々なことも多く、ただトホホ。そーいえば鏡リュウジ氏が二丁目の売りセンでお持ち帰りしたとかでFLASHに載ってたが……まぁ、彼がゲイというのは有名だったが、なぜ今。細木数子の陰謀かよと(笑)。しかし、(未成年相手でなきゃ)買春で騒がれることはまずないのに、相手が同性というだけでFLASHに載せられちゃうのも、気の毒だよなぁ。同学年として「有名になったらなったで、いろいろ大変だよなぁ」と、さらにさらに暗澹とした。生きてんのってしんどいですなぁ。……とはいえまぁ、下がればきっと、やがては上がるってことでひとつ。

それでコレかい

連れがしばらくの間、毎日家を空けることになった。つまり、晩ごはん製作者として、あてにできなくなるということだ。
なので今日は、こちらがつくることにした。さびしい感じもまぎれるしねぃ。ねぎらいの意味をこめ、駅ビルであれこれと買い出す。そして、こういう時に限って、ヘンなものに手を出してしまうというのは、やはり魔が差しやすい人間なのだろうか、自分。
衝動買いしたラム肉での炒めモノは我ながら……まずかった。_| ̄|○
不平を言う余裕もないほど消耗してた連れは無言で食べていた。だが途中で席を立ち、ソースを手にして戻ってきた。「ラムならばこうすべきではないか?」と味付けしなおす。すると、結構たべられるものになった。
疲れているときにまずいものを食べると、心が痛々しくなる。一流ホテルや旅館が味に気を配るのも当然のことである。「……すまぬ……」 と心で手を合わせて連れを拝んだ。いや、拝むより、もう少し何とか(汗)>自分

ショック……

もと漫画家の杉浦日向子が亡くなった。まだ46才だった。……すげーショック。
このヒトの描いた「百物語」は、1話わずかに6~8ページの掌編集だったが、もう……なんつーか「憑いてる」レベルに達してましたな。日本人にしかわからん、などと排外主義的な表現は好きくないが、そうとしか言えない、微妙で不可思議で、異様な……なつかしくもおそろしい雰囲気。江戸にたいして興味がない自分でさえ、ふと気づくとその空間で呼吸させられてしまってる、類を見ない作品でした。新潮文庫に収められてますが、いや、ヘタな純文学なんて束になってもかなわないって、アレは。
漫画家引退して江戸時代の考証家になって久しかったが、でもなぁ。ホントに。……哀しいなぁ。

エロとこども

きょうは旧き強敵(とも)のお伴で有隣堂のコミックコーナーに寄り、絵柄が好みでふと目に留めたマンガが古風にエロいとゆーので「ほほぅ」と買ってみたところ、私的にはアタリでした。「ラブ クラッシック」という本。木曜日生まれなら確実に(;´Д`)'`ァ'`ァ。エロではなく胸に迫るエロスです……誤解なきよう。
そうそう。そーゆー私が言うセリフではないのでつが、昨今のヨノナカはエロが氾濫しすぎですな。てゆーか、ネットの知己様の紹介記事で知った少女マンガのすげぇページ(←直リン)など見ると、こんなのーみそ腐ったマンガをガキに読ませんなー!!と絶叫したくなります(いや、ナイス解説に爆笑して死ぬかと思いますたが)。
てゆーか、これじゃ世の親御さん方も心配だわなぁ。ローティーン向きエロ作品ならば 「性愛が人間存在の一部として描かれている」 「登場人物のビジュアルを凡庸なものに変換しても読むに耐える設定」 「人間の他の関係性以上に物理的・精神的にリスクが伴うことが描かれている」 あたりを押さえたものを載せろよ、と思うのですが(違?)。
まぁ、想像世界でお人形たちを振り回して「全能者経験」を満たしておくのは、人間に必要といえるかもしれません。子供が虫とかを残酷に殺しまくって、やがて成長すると「ああ、悪いことをしたなぁ」 と自然に思えてくるよーなもんで。でも、想像と現実のあわいの時間で生きてるガキんちょたちを、追い立てるよーに煽って焚きつける風潮って……、なんかねぇ。たくさんの可能性を持ついきものを既成の想像の檻に閉じこめるよーなもんでしょ? 生命のエロスを性のエロに限定・卑小化すること、そのままだよね。 エロスが悲鳴をあげるストレス社会、ビョーキな高密度社会のあらわれだと思うぜぃ。

地震とかコレステロールとか。

ホントは家でじっとしていたかったのだが所用で渋谷まで出かける。だが用が済んだらサクサク戻ってきた。夕方からは連れと一緒に映画にいった。体調的にどうよだったが、来週以降は当分いそがしくなるとのことなので。んで待ち合わせのドトールに入ってたらグラグラ来た。震度4か5くらいだったようで。地下だったのにグラグラ来ているので客みな動揺。揺れがおさまったら皆そそくさと出て行った。生き埋めはやだもんなぁ。
しかし、家に居たらその方がコワかったかもしらん、ボロ家だからがんがん揺れるし。ご心配いただきましたが、てなことで全くもって大丈夫です>各位
“電気の剣のチャンバラ”ことスターウォーズを見たが……、あの美形夫婦からあのレイア姫が生まれたってことがなおも解けぬ謎だな(笑)。ダークフォースの報いなのだろうか。帰りにはそば食べたり牡蠣食べたり。
しかし今日の一番の衝撃は地震よりスターウォーズより何より、健康診断の結果 「コレステロールが高い」 と言われてしまったことだ。昨日「スーパーサイズミー」を見た矢先でこれかい(笑)。鶏肉やたまごが好きなせいもあろうが、何より、甘いもんを毎日のように食べてた報いだろうなぁ、トホホ……。

スーパーサイズ・ミー

連れが体調を悪くしているのだが、ひたすら横になっているのもタイクツだということで、レンタルビデオを借りてきて見た。一ヶ月の間、三食ともマクドナルドを……それもスーパーサイズで……食べ続けたらどうなるか、と監督みずから身をもって実験してみたドキュメンタリー映画だ。途中、食品業界による圧力や刷り込みの努力やら何やらとシビアな話も盛り込まれるのだが、けっこう軽妙な映画で、楽しくみられる。実験結果はまぁ当然、「カラダを壊す」だ。……アタリマエだろ。てゆーか量的にそもそも食い過ぎだって。
だがしかし、劇中にも出てくる監督のカノジョが熱心なベジタリアンでとてもヘルシー指向、そして監督も元気元気な健康体だったあたりに、こんなバカげた実験に走らせたものがあるのではないかと思ってしまった。「あまりに健康的な生活をしてると人間って飽きるからなー」と。
しかし「アメリカ人、何やらせても極端だなぁ」というのが偽らざる感想。1.5リットルのコーラを一カップとして売る方も飲む方もどうかしてるし、ファーストフードを非難する側も擁護する側も 「なにもそこまで言わんでも……」ってな感じ。コドモのパワーと善良さと革新性と臆病さと狂信がないまぜになって代わる代わる顔を出してくるよーに見えるんだな。

まぁ、でもそもそも、「貧乏人は世界のどこでも塩と油でメシ喰ってんだよ」とサイバラが喝破していたが(これに砂糖がオプションでつけば気分はお大尽ってレベルね)、問題はそこらではないのか? 「貧乏人は高い有機野菜買って、手間暇かけてスローフード作って食べるには、お金または心の力が乏しすぎますが、何か?」 という問題にはこの映画は応えられないんよ。“清貧の思想”とかいっても、「俺たちゃアンクル・トムになんかなりたかねーよ」と1960年代の黒人解放運動でうそぶかれたよーなセリフを言われてしまいさうだしさ。
それに、食べ物って栄養だけじゃなくて印象も摂取してるわけだからなぁ。あのコテコテしたファーストフードの濃い味というのは「娯楽」として提供されてるわけだし。単純作業で印象に乏しいシゴトに就いている人間は、キッツイ印象が欲しいんよ。昔のイギリスで炭鉱労働のコドモが安いジン飲んでぐでんぐでんになってたよーなもんか。いわゆる“ベジー”の大半が頭脳労働に就いていたり高学歴だったりすることは、「変化に富んだシゴトや知的活動で印象摂取をまかなえている」という面もあるんでないかな。タマゴが先かニワトリが先か知らんけど。

もっとシビアに言えば。誰もが同じ価値観もってるわけじゃないし、同じカタチを幸せと感じるわけでもない。自分を傷つけることや不幸にすることに幸福や安心を感じるように追いやられた連中……いわば回路ミスになっちゃってる人間は多々いるので、そこらをどうにかしない限り「からだに悪いからやめろ」といっても意味がない。
「健康は大切だよねぇ」 「手作りごはんの食卓を囲むのはたのしいねぇ」 といったアタリマエのはずのことが実はなかなか伝わらないのが、ヨノナカの実相というもんではなかろーか。

かきかき

こないだ行かなかったので振り替えでお絵かき教室。えんぴつでせこせこと描く。それにしても、陰影の調子をつけはじめて初めて、カタチを取り損ねていることに気付くのは何とかならないものか。
練りゴムで消し、消してはまた描く。むつかしいものだ。しかし気楽に描いているのでたのしい。精緻な鉛筆デッサンだと、それこそグレースケール256階調ですかー!みたいなレベルで描き分けてたりするが、いまの私ゃせいぜい5階調。
ただ、だからといって、「短期間にうまくなろう」 とは何だか思わない。負荷をかけない程度に楽しみ、その結果、すこしは上達したらもうけものというかんじ。もともと何をやらせても一心不乱型の自分としてはたいした心境の変化だが、これも老いというものか。……いや、描いてる間はよそみせずに一心不乱なんですけどね。おかげで他の生徒さんの顔、まったく知らないのだ。
しかし……今朝は朝から夏風邪ぽかったが(連れはすでにダウンしている)、おえかきに集中してた時には気にならなかった。その反動でか、帰ってきたら、むちゃくちゃだるい……(--;。ううう。

納涼だよ、おっかさん

なぜか、急遽、港の観光納涼船・食べ放題・飲み放題に乗るハメになった。職場の同僚さん、エライ人×2、私でしめて4名。観光船などは地元民に限って乗りゃしないものだが、乗ったら乗ったでたのしかった。キレイな船内で、宵の潮風に吹かれながら、万人満足な量と味の食べ物をぱくぱく食べる(呑めないので)。けっこう良いものだ。しかしディナーとかいった雰囲気ではなかったので、どのような客層に薦めるべきか見当がつかない。カップルではないだろうし、会社の宴会にしてもなぁ、うーん。
しかし同席したエライ人が、「こういう港の夜景などをひとりで見ていると、ふと初恋の人の顔など思い浮かべてしまうんですよね……こんなジジイですけどねぇ」などとおっしゃっていた。そのあと、渡辺淳一は純文学に見せかけただけのエロ小説だとか「阿寒に果つ」の思い出が彼を規定しているのではないか、などといった話に展開していったが、まぁ、つまりその、“思い出というものは年とともにヒシヒシと身に沁みてくる”ということがおっしゃりたかったのではなかろうかと愚考する。
海は何かを思い出させようとする。
なのに、わたしは何も思い出さない。
だから、何かを忘れているのかとも思う。
おかげでまいにち、海を眺めては思い出そうとする。
……みなさんは何を思いだしますかい?(笑)

キッコロ、万葉の湯へ

土曜に髪を切ったのだが、根性が足りない髪なので、モリゾーほどふさふさハリハリせず、キッコロになった。で、今日はみなとみらいにできた万葉の湯に行ってきた。何も混雑する連休に行かんでも……と思ったが、連れが行きたがったから行ってみた。それに連休にどこにも行かないのも、そこはかとなくさびしいし。
だが、いきなり脱衣所から風呂場に入る前の連絡部屋?にイヤな匂い。納豆の腐ったような悪臭に、コドモらが「くさーい」とわめいていた。何ゆえかずーっと悩んでいたが、おそらく空調の関係でか下水の関係でか、あかすりどころの臭気が廻っていたのだと思う。ほかにも、風向きのせいなのか、時折り何やら悪臭が漂っていた。混んでいたせいか掃除が行き届いていないせいか、公式サイトにデカデカと求人が出ていたので納得がいく。館内もちと広々しすぎて疲れるので、小田原のほうがむしろ良かった気がする。ただし付言するならば、売り物の露天風呂や展望足湯庭園からの眺めはさわやかで素晴らしい。気持ちよく茹だったすっぱだかで海を眺めつつ涼むのは、いきものとして快適だ。望遠での覗きも出るかもしらんが、覗いた方が不幸になるような年代の女性のほうが圧倒的に多かった。
んで、小田原万葉の湯でやりそこねたヨモギ蒸しにトライ。美容室で着るよーなビニールポンチョを着て、座った西洋便器の底がなく、代わりに火鉢があってよもぎを燻してると思いねぇ。血行がよくなるとの触れ込みでつたが、さいしょ局部が焼けるかと思いますた ヒィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 。 むろんアジュンマ(おばさん)が火鉢の高さを調整してくれるけど。ちなみにアジュンマは時折りやってきて冷たいタオルで汗を拭いてくれます。てるてるぼーずなスタイルで暑さに真っ赤な顔をしていると、カタコトな日本語で「こどもみたい、かわいい、かわいい」とアタマを撫でてくれますた。たしかに我ながら小僧ライクになっちゃってますが。年齢不詳と性別不詳の合わせ技って、イヤゲな中年だな、おい。
蒸されてる間はすることがないので一人一台の液晶TVを見てたら、アジュンマが気を使って「もっとほかの、おもしろいのにする?」と。「いや、おもしろいからこれでいい」と応えたけども、マグロ漁の番組を心から楽しんで観る人間は少ないのかもしれない。ん~、海もマグロも好きだから。
あと、食事どころでは、たくさんは期待しないように。てゆーか、アラカルトでテケトーに食べるよろし。また連れの話ではマッサージは当たりはずれ激しいので、マッサージ機でいいのではないかと。私もヨモギ蒸しより感動したのは、塩サウナですた。肌がつるりんになります。ふだん風呂でもスクラブ塩してますが、比較になりません。
ということで、全力を尽くして風呂はいってきました。疲労困憊と散財は休日の華(違)。

もっとサティスファクション

昨日は中年ヨガの集い。いや、ひさびさの運動にヒーヒーと音を上げて、途中からは中年指圧の集い。そこで年若の義兄に“本八幡のジャガー”なる人物の存在を教唆された。端的に言えば、本職は仕立て屋さんの社長さんだが、ミック・ジャガーを偏愛するあまりジャガーと名乗って、シュミで20年以上にわたって音楽活動を続けているヒトらしい。……しかし何故かコスチュームはデーモン木暮ばりで、楽曲は80年代ポップス+R&B歌唱のようなのだが。現在、千葉TVにてご活躍らしい……てか枠買い取って、怪獣と闘ってる番組流してたらしいし。ご本人の公式サイトに行くと、どうにも手製。しかしCGやFLASHやらオール自作。水準はどうあれ多才ではないか。たしかに感銘を受ける人物だ。

そういえば。誤解するむきもあろうが、私は決してイロモノ好きでもマイナー好きでもない。ましてや、そういう人々を見世物的に揶揄したり嘲笑して知識人ぶる’80年代サブカル的な卑しい品性の持ち合わせなどない。そこのとこは絶対に間違えてほしくない。
私がこーゆー“過剰なヒトたち”が好きなのは、単純にどうしても他人とは思えないからだ。
私も才智や機会、および意味不明なほどのスパーク魂に恵まれていたならば過剰な道へと踏み外したかったところが、器が足りずに毎日のほほんと生きている。あまり誉められたものではない。その一点においても、こーゆー過剰なヒトたちには心からのリスペクトを捧げたい。
つまり個人的な美意識として、 「YEAH!」 なスピリットで My Winding Road をカッ飛ばして生きてるヒトは、正義。だが、ちんけなモノサシでちまちまちまちまと他人様を見上げたり見下したりで愚痴や嫉妬で心をいっぱいにするような生き方は、美しくない。「いのちの時間」 をそんなふーに使うのは、もったいないを通り越して、馬鹿な成金が札ビラ撒き散らしてるよーなイヤげさ。

そう、決して「ミョーなもの好き」を取り繕っているわけではない(汗)。なに、人間が好きなことを一生懸命に追求する姿って、皆どこか滑稽なもんではないかい? 世間サマの評判や価値判断の後ろ盾があれば、「物好き」が「教養人」と呼ばれ、「仕切りたがり」が「政治家」と呼ばれたりもして、みんな真面目な顔でセンセイ、センセイと呼ぶ、というシクミになっているだけのこと。コドモのよーに真に受ける必要なんてないわな。

愛されれば幸福だし、愛すれば悔いはない

きょうは筋肉ミュージカルのプレ公演おでかけの話が流れ、だが代わりにもっと楽しい時間をすごした。おいしいものを飲み食いしながら、心からたのしく話せることは、とてつもなくすばらしい。ここのところ積もっていたトホホがずいぶんと雲散霧消したことだよ。

いろいろな性指向についての話などが出たものだが、同性が好きでも異性が好きでも何でもかんでも、やはりヒトは自分の外側とつながることを求め、でもなかなかそれができずに苦しかったり悲しかったりすることは、世界のどこに住んでいるどんな肌の色のどんな年齢のヒトでも同じことであったりするようだ。そう考えると滑稽なよーなセツナイよーな気がする。
んで。一部の方には既出であろーが、また、母方のばーちゃんの話をしてよいだろうか。

母方のばーちゃんは四国は讃岐のヒト、とても元気なヒトであった。うちの格闘技ファンの血はここらから伝来した気がする。80過ぎてから3才の曾孫の手を引いて気ままに東北一周旅行に出るよーなアクティブなヒトであったが、ちと足を悪くして動けなくなってからボケがきた。んでもって子だくさんで手が離せなかった同居の叔父夫婦は、ばーちゃんを老人ホームにあずけた。ばーちゃんは大部屋でも問題なく過ごせる温厚なヒトでもあり、同室の方からおすそわけなど頂けば、ちんまりと手をあわせて“ありがとう”と言える、いわゆる愛される老人でもあった。母によれば、若い時は相当キツイ人だったらしいが。
私が母といっしょに四国へ見舞いに行ったとき、私は二十代の初め頃であった。つまり昔々のことだ。たくさんいる孫の顔の判別がつくことなどもとより期待せず、ニコニコしているばーちゃんの枕元でただ心なごませていた。
するとそうこうするうち、ばーちゃんがベッドに起き直り、車椅子に乗り込んだ。介護のヒトに聞くに、なんでも「おとーさん(つまりmyおじーちゃん)がそろそろ帰ってくる時間なので迎えに行く」とのこと。毎日、そうなのだそうだ。ちなみにおじーちゃんは私が生まれる前に亡くなっている。
ホーム内の廊下をすすむ車椅子、横でのんびり歩いて、ひとまわり。何か微笑ましくて、ばーちゃんに「ばーちゃん、おじーちゃんと仲良かったんか?」と言った。するとばーちゃんはのんびりと 「ん、仲いいよぉ」 と返してきた。それからちょっと間を置いて。「……いまも、仲いいよ?」 とちょっと不満そうに言った。過去形で言ったのがお気に召さなかったらしい。
じーちゃんは復員してから、タイだのブラジルだのと長く海外を飛び回って、やっと四国の家に腰を落ち着けたと思った矢先に亡くなったと聞いている。ばーちゃんは一人で長く家を守りつづけ、一緒にいる時間は少なかったらしいが……、それでも、ね。

愛されることはたしかに幸福で素晴らしいことだ。でも、心から誰かを想う人のその姿も、直接的・間接的かは別に、誰かの心を暖かく照らす。それも事実だと思う。

あついあついねん

暑いので、やや涼しげなテンプレートに変えてみました。cool!なイメージでデザインされたものなのでせうが、こんなページで使われるとデンパ出てそうな感じにも見えますな。

それにしても暑い。あまりに暑いので、いまの「エアコンを切られて息たえだえのチャウチャウ犬」のような髪型ではなく、「すこし刈り込んでみたモリゾー」な髪型にしようかと検討中。しかしこんな指示を美容師さんに真顔で言うつもりなのか>自分

海にほど近い職場なので、磯の匂いはスゴイし、潮風べたべた。いや、それはそれでなんつーか土地柄ってことで諦めてはいるのですが。たまに東京あたりに出かけた時など、横浜駅に降り立つと、海のなまぐさい匂いがいっぱい。ま、ヨコハマは何だかんだいって実のところは全体が下町、そいでもって海の街なのです。

いもむしのたのた

水泳。くろーると背泳ぎの復習……ってマトモに泳げてないんですが。てか、水の中で息を吐くことが未だに慣れず、力ワザで進んでます。
その点、バタフライ……(・∀・)イイ!  イヤでも一動作ごとに呼吸しろ!ってな感じで、まったくリズムがとれない私にもぴったり。最近は、教室の講習の前や後の自由時間は主にこれでちゃぷちゃぷします。ただし。
ざばーんと水しぶきを上げ、ざあああっと水から跳ね上がり、ダイナミックに、蝶のように泳ぐ……なんてことはなく。ぽちゃりと潜り、ぷかあっと浮かび、ぷはと息をしてまた潜る。そんないもむし泳ぎをしています。ざぶざぶ。誰にということもなくご報告。
時計は「クレジットカードじゃだめだ、為替で送れ」と言われ、為替を郵送してみたらテロの影響でいつもよりさらに遅れるとのこと。夏の間に手もとに来ればいいのだが。まぁ、のんびりいこう。日時計のような生活。

む、むぅ

橋本の遺作は「クロ高」だったのか……。なんか、なんかすごいぞ(笑)。 クロ高もなぜか今ごろクロマティがイチャモンをつけてきて裁判になってしまっているというが……ちゃんと公開されてほしいものです。いや、映画館ではなくDVD待ちだと思いますけども(笑)。 蒸すからと扇風機つけて寝れば風邪気味。ううう。

べっくら

プロレスラーの橋本が急死したと聞いてべっくら。つまりトシを取るということは、(直接にせよメディア上にせよ)「知人」の訃報にあうことが増えるということなのだな、と改めて思う。もっとトシを取ると、生き残っているヤツを数えるほうが早くなるのだろう。ふむ。

不条理感

土曜日、健康診断。アンプル3本分の血を抜かれると話に聞いていた。待ち時間はちゅーいんがむ(iPod Shuffle)を下げたまま受診。採血の際は、ひたすらボリュームを上げ、見ないよーにしていた。昔はむしろ 「ほほ~」 って感じで見入っていたのだがなぁ。
実はなんか熱っぽいので(書いてる今もだが)、どんなもんかと思っていたが、待ち時間やおざなり系問診まで含め、健康診断はしめて30分程度で終わってしまった。去年の手術前の診断を除けば、十年以上は受けていなかったので、イロイロやるのを楽しみにしてたのだが……。ま、ただのエクスキューズとして実施されてるもんだから、こんなもんだろなぁ。悪評高いバリウムをまだ飲んだことないのが残念だ。

んで。夜になって寝たら、血圧さがったせいか、血ぃ抜いた左腕が痺れた感じに痛くて目が醒めてしまった。この肩から肘にかけての鈍痛で眠れないんですけど……(汗)。大昔に一度だけ献血した時にも、これで一晩うんうん言ってたことを思い出す。ブログでも書いて気晴らし。微熱だし腕も痛いけど、眠たくなれば眠れるはずだとは思うし。しかし……健康診断で健康悪化させるのって何か哀しい。

さらに。なぜか身長が伸びていた。電子機器での非接触測定なのでアヤシイ気もしたが、体重はスポーツクラブの風呂上がりに測ってるのと変わらなかったので正しいのかもしらん。……このトシになっても伸びるものなのだろうか。去年の手術前測定で「いつのまにか1cmのびてる!」と思っていたら、一年でさらに1cmのびている。このペースでいけば170cm台も夢ではないね(違)。

Sunshine!

暗そげな話題を出してはいても、厭世的なコトばかり考えているわけではない。というより、今日はとてもはっぴーなこともあった。

先日、腕時計が自失状態になってしまったので、連れに「代わりの腕時計を買ってくれ~」とねだったところ、タイミング良かったのでOKが出た。ので、ついでにデザインも選定してくれるよう頼んだ。自分で選ぶとこの上なくヘンになるようだから(←自分でよく判ってない辺りが決定的)。
まぁ、紆余曲折あったが、ついに!! THE BEST のデザインをネットの海から見つけ出してきてくれた。なんというか、あらゆる意味ですごい。「これを普段遣いにしようなんてヤツはまず居ねェ」ってデザインだが(いやマジで。賭けてもいい)。……私的には材質からデザインまで、すべてが好み。すばらしい、すばらしい、ただ……。

懐中時計じゃんかよ、これ…… _| ̄|○

とはいえオーダー。やがて空を越えてやってくる予定。あー、やっぱ旧知の仲の腕時計も修理に出さねば。

不幸な時代

今日は「戦中派天才老人・山田風太郎」(関川夏央によるインタビュー)を読んだ。軽めの本ならまだまだ一時間程度で読めることがわかってホッとしたりして(笑)。しかし戦時中というのはマトモな時代ではなかったよーだなぁ。賢い人間、リッパな人間がたくさん居ても、どうしようもない組織ができ、どうしようもない流れになり、どうしようもない破局にいたることはままある。なんでだろうかねぇ。
こんな記事も見かける→NYタイムズ記者を収監…CIA情報漏えい疑惑 。しかし、こーゆー言論弾圧的なケースではいつも女性のほうがよほどリッパだよな。金子文子とか引き合いに出す必要はない。
んで、ロンドンでは爆発テロ。反テロ法を緩めた矢先に……って、ジサクジエーンくさいんだが。てかCIAの所行かよ、って感じだよねぇ。
すばらしい人たち、賢くて善良で、愛し愛され、生きることを歓ぶひとたち。その賢さが処世に向けられ、善良ゆえの寛容が見て見ぬふりにすりかえられ、排他思想に染まっていく人々にも好かれようと努力し、良好な関係を保とうと腐心し、自分一人の弱さを人間全般の弱さとうそぶき、身内だけの生を喜ぶ、そんな時だって訪れたりもする。「誰も悪くないのに誰もが犯罪者」というニホン的な息苦しさが、また空を覆う時もそう遠くはないんだろうな。

×××!!

ほーむぺーじ、ほーむぺーじ、というコトバを、エライ人たちが口にするのを聞くたびにこんな気持ちに。てゆーか、おまいら、使ってんのかよ。見もしない、使いもしないのに、得たりとばかりに言い立てられても、ねぇ。字面がそんなに大事か、数字がそんなに大事か、ツラ突き合わせる範囲の人間へのエクスキューズばかりがそんなに大事か、などなどなど。……まぁいい。不平を言うより、できることを前向きにこつこつと。

帰りは、読みかけの本を読破しがてら、少し駅を乗り越してドトールへ。連れから又貸しの「カラヤンの帝王学」……って一枚くらい聴いてから読めよ>自分。読み終えて閉館まぎわの図書館に寄ると持ち帰り自由のリサイクル文庫のとこに初版復刻版の三好達治の処女詩集「測量船」が!!(はぁと)  いつも寄贈していた返礼かしらん、とばかりにとっとと持ち去る。「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。……」の詩、「雪」なんかは皆さんご存じであろうかと。「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」(郷愁)なども有名。なんというか……心が癒されますだよ、うんうん。

またそれとは別に、山田風太郎の「人間臨終図巻」を借りてくる(まだ読んでなかったんかい、とは言わないで♪)。山田風太郎というと、エロエログログロの忍法帖とかで有名で、んで決して波長が合うタイプの物語作者ではないんですが……しかし、このヒトの描く「戦国時代のお姫様」ほど、「お姫様らしいお姫様」は見たことも読んだこともない気が。武家らしく凛々しく気高く、乙女らしく可愛く初々しく、その上で戦国の世らしい無情の刹那さがつきまとうて、愛(かな)しい限りです。最初に読んだ「風来忍法帖」のせいだな……エログロ乱舞系の物語を背景に進んでく、昨今の純愛とやらのよーには甘くない超プラトニックな想いが哀しい。硬派好きにオススメ。

とほほシリーズ in July

朝から定期券を紛失。なくした場所もわかっている。みなとみらい線の婦人用トイレ。ポケットから床におっこって、(このままポケットに戻すのもナニな気がするから、あとで洗うかい)と棚に置いて、それきり忘れた。通勤の駅に着いて、(あ゛っ!)と思いだしたが、引き返すのもナニなのでそのまま駅に届け出て、出勤。帰り道に聞いてみたが、届け出は、なかった。
残期限はあと7日くらいだったが……でも通勤の交通費、まいにち約700えんかかるんだよな。交通費は出ない身だから余計に哀しい。まいにち昼ご飯を二人前たべてしまった、と思って我慢するか。……思えない気もするが。

話は前後するが、ライブ二日目の時、気がつくと、昵懇の腕時計がまた気絶していた。電池が減ったと考えるには期間が短すぎる。つまりは故障だろう。……修理代のほうがきっと買った時よりも高くつくな。代わりを買うのも物色が面倒だなぁ……。う゛う゛む。

さらに。孤立系な我が家にもお中元が届いたのはいいが、心行き交わぬ仲での贈答なもんだから、ビール(それもアサヒ)よこしてきた。トホホ。うちは飲まないっつーのに。それでもとりあえずお返しはせねばならない。やり場のない憤懣ゆえ、極力安くて、さらにヘンなものにしておいたが……、虚礼は廃止してほすいものだ。

とまぁ、トホホが続いて厄払いになったと思おう。七月がよい一ヶ月になりますよーに☆

今日もらいぶ

アップした時間の都合で、昨日のらいぶ記事も今日付になっているが……二日連続でライブいってきました。あ、昨日書き落としてたけど、入って正面には、美輪明宏さんとオノヨーコさんからの花輪がありますた。
今日は若い人が多めでした。隣はどうやら会話で行くと高校生。通路はさんで反対隣は元気なカップル。今日は土曜ということもあってか、シングルしか知らずに来たのではないかというお客さんもいて、最初は昨日より盛り上がりに欠けてましたが……途中からはヒートアップ。私のとこは、通路隣の男のコが壊れ系ノリが好きなよーで、腕ぶんまわしてモンキーダンス乱発。私も元気に壊れました。てか、身動きとれないアリーナのスタンディングよりもスタンド席のほーが好き放題にできるのだな、と知りました。
で、今日は高性能双眼鏡を持って行きました。吉井さん、やっぱ役者顔です。色気オーラが違うな~と感動しました。あ、ちなみに今は田舎に住んで筋トレと音楽制作にだけ励んでいるそーなので、もうロックスター時代の不健康なジャンキー系二の腕たぷたぷではないぞ>強敵(とも)へ。(……ここまで書いたところで、最近めっきり中年らしく二の腕が太くなった自分を思って鬱 _| ̄|○)
毒々しさやけれん味を求めるムキには物足りなくなったかもしらんが、「素顔の歌」 というのもいいものです。うんうん。

もろもろ

極道姉夫婦のとこで、お子さんが初勝利をおさめた。……というと何が何やらだろうが、姉夫婦が一口馬主になったお馬さんがレースに勝ったのだ。サラブレッドの世界は超シビアなので気を揉んでいたが、まがりなりにも一勝したのは、「親戚」としても嬉しい。何せ筋金入りのギャンブラーな姉夫婦が、そのお子を迎えてからは、自宅に専門チャンネルをひいたほどの競輪や競馬をなおざりにし、ひたすらお子のレースの応援に熱中するという変わりよう。子はかすがいとはよく言ったものだ。よかったね、ゴーちゃん。セロ弾きのごとき狂乱パワーで次走もがんばれ。

Illustrator をいじり続けていたが疲れたので、成果物をいいかげん投下。ベジェ曲線にだけは慣れたが、他の機能はやっぱり謎のままだった。そのうち再チャレンジしよう。前には Flash をいじったりもしたが既に忘れかけている。てか何でも、続けなければ、忘れる上にスキルも上がらない。ううむ。

らいぶ

今日は YOSHII LOVINSON ライブ。てか、ギリギリまでもお台場と勘違いしていたが、NKベイホールって舞浜やん…… _| ̄|○。
そのため一時間早退して行ったのだが、オールスタンディングのアリーナの入場で手間取ってて、二階指定席の入場ははるかあとに。開演も10分遅れ。早退する必要なかったやん……_| ̄|○。
しかしそれにしても、お客さん、年齢層もファッションもばらばら。初老の女性や中学生のボーズ、むちゃくちゃオシャレな兄ちゃんからTシャツの体育会系女子まで。それが何か感動的だった。いかに吉井さんが皆に愛されているか改めて感じる。ちなみに隣席は40代とおぼしき地味な中年女性。
一曲目から場内総立ち。ステージは初めて見たわけだが……とてもとてもチャーミングなヒトだった。ノリノリなアリーナに比べ、ためらいもある二階スタンド。隣席の中年女性も 「い、いいのかしらん……」 という感じでおどおど腕を振ってたりする。
だが、私はライブでは常に全面没入が身上。いや、さすがに「脊髄にアブナイ注射でも打たれたよーな(旧き強敵(とも)が「追憶のマーメイド」のクリップでの吉井さんのモンキー・ダンスを評したコトバ。的確だ)」レベルまでは行きません(年齢的にもムリだな)でしたが。そして、こーゆー壊れたヒトが隣にいると、周囲のヒトも安心して自制心をなくせるよーである。くだんの隣席の方もいつしか安心して叫び、大きく腕を振り、手拍子をして、スパークしはじめた。
たのしい、あっという間のステージが終わって。退席するとき、隣席の方と目が合って、どちらからともなく、にっこり笑った。 「いいコンサートでしたねぇ」と言ったら、相手の方も笑顔でうなずいた。
「いろんなヒトがそのまんまで集って、みんなそのまんまで楽しんでいいんだ」というフリースタイルがOKな場って、実は意外に貴重なんだよね(特に音楽ではね)。

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