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さくらと常若

ひろってきた桜の枝はぶじ開花し、おまけに雨が降る前にはいちいち部屋に取りこんでいるので、近くの公園の桜が散ってしまっても、花びら一枚かけることなく咲いている。
しかし、桜を用いた商品とか、お花見とかが、以前よりも隆盛な気がする。
桜についてのイメージだけれど、「ぱっと散る」はかなさもさることながら、気象庁の予想のせいか知らないが「桜前線」ということばがすっかり定着したように、「やってくるもの」、つまり「訪うもの」のイメージもあるのだろうなぁ。ある意味、思春期のいわゆる目覚めのようなもんで、「ダイモーン」同様、抗えないものというか。
人は退屈している。停滞して、先が読めて、手が届かない、そんな思いばかり抱いて生きていると、未知なる歓喜とおそれ(それは若さゆえの無知と未熟をも想わせる)を希求するようになるものだ。それでみんな、花見だのテーマパークだのに集っているのだろうかとも思ったりする。老いたる者の醜悪と悲哀、そしてやるせなさを感じつつ、花を眺める春。

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